9話 ナヌル幽谷
「うっ、頭が重い……」
ベッドで体を起こし、ぐっと伸びをする。
昨日は結局、等級審査後にアルベリクスたちギルドの仲間と勢いで夜まで飲んでいたから、ここに来るまでの記憶が曖昧だ。
でもここがイグドラシルから充てがわれた借り上げの住居だと分かる。
最初から最低限の家具も揃っていて、生活に困らなさそうなのが何よりだった。
「でも一人分しかないから、ティアの分も買い足さなきゃな……あれっ、ティアは?」
部屋を見回しても姿がない。
昨日の晩、ティアはどうしたんだったか。
酔っていたせいで記憶が曖昧だが、まさかドラゴンの姿で外で寝ていないだろうな?
「ティアは酒には強いみたいだったし、流石にそんなヘマはないと思うが……」
『……うにゃっ? カイル、起きたの〜?』
心配していると、腹までかけていた毛布が小さく動いた。
するとその中からもそもそと寝ぼけた顔をティアが出て来た。
ちゃんと人間の姿で寝ていたらしい。
灯台下暗しとはよく言ったものだ。
「おはよう、ティア。ベッドも一つしかないから一緒に寝たんだな」
『もう、そんなことも忘れちゃったのー? あんなにぎゅーってしたのに。昨日の夜のカイルの抱き心地、結構良かったよ?』
一瞬ティアにそう言われてドキリと固まったが、多分抱き枕的な意味だろう。
ティアは若干服が乱れているが、流石にティアに手を出してはいまい。
こんなに可愛い女の子でも相棒はドラゴン、それを忘れちゃいけない。
「俺の抱き心地はともかく。今日からイグドラシルで仕事だ。冒険者証も昼前までには仕上げるってミユも言ってたし。それを受け取ったら出発しよう」
『うんうん、やっと私とカイルの冒険が始まるんだね! そうと決まったら朝食、速く食べちゃお!』
ティアは昨日いつの間に買っていたのか、棚から堅焼きパンを出してきた。
バターの匂いがよく香る、歯ごたえのあるパンだった。
それを二人で分けて食べ、身支度を整えてからギルドへ向かう。
また、道中の魔道具店で最低限の装備を整えておくことにした。
店に入った途端、ティアは歓声をあげた。
『ここが魔道具店かぁ。瓶がいっぱいだね!』
「そこの棚は大半はポーション類だな。治癒のポーションに魔力回復系のポーション」
『おお、カイルってやっぱり物知りさんだ』
「魔力はないけど、独学で魔力やそれに類する魔道具の勉強はしてたからな」
いつか魔力を授かれるようにと、屋敷にいた頃は魔力に関する勉強を続けていたものだ。
その時に「魔力を回復したり増やすポーションがある」と知り、研究してがぶ飲みしてみたが、元々ゼロだった俺の魔力は増えなかった。
「体力回復系ポーションは効くけど、それ以外は効き目が俺にはほぼなかったっけな。ティアは欲しいポーションとか魔道具ってあるか?」
『あんまりかな〜。いざとなったらミユにしたみたいにカイルが回復してくれるし。それより私、あっちの剣とか気になる!』
ティアが駆けて行った先には、魔道具の剣や杖が置いてあった。
どれも魔力が通った宝玉をはめ込み、一振りするだけで擬似的な魔術を放てたり、魔術の補助をする機能が備わっている。
値段も相当なものだが……。
「ティアが持っていても仕方ないだろ? 戦うときは元の姿に戻るんだし、人間の姿でもとんでもない魔力で魔術を連打できるだろ?」
『そりゃそうだけど、冒険と言ったら剣でしょ! シャキーンって!!』
剣を振りかざすポーズをしたティア。
それを見て微笑ましく思っていると、店主がティアを見て苦笑した。
「可愛いお嬢ちゃん。そっちにある剣は嬢ちゃんには大きすぎるよ。嬢ちゃんくらいの体格なら、これくらいのダガーでどうかな?」
店主が机の下から引っ張り出してきたのは、二本の小ぶりなダガーだった。
護身用にも、道を塞ぐ蔓を切るのにも使えそうな手頃なサイズ。
けれどダガーにもしっかりと赤い宝玉がはめ込まれ、魔道具であるとすぐに分かった。
「赤の宝玉は物体の強化が主な能力でね。切れ味や強度の向上が見込めるよ」
『う〜ん。小さいけど、取り回しはこっちの方が便利かなぁ。値段はいくらくらい?』
「嬢ちゃんとそこの兄ちゃんの分、計二本でこれくらいかな。中古だからおまけしとくよ」
店主が手で示した金額と、路銀の残りやティアが大食い大会で稼いでいた金の残りを差し引きしてみる。
……よし、ポーションと一緒に買ってもギリギリ許容範囲内だ。
「分かりました。じゃあそのダガー二本と治癒のポーションを二本で」
「はいよっ! 毎度あり〜!」
店主に金を渡すと、手早く購入したものをまとめてくれた。
「また冒険から帰ってきたら顔を出してくだせぇ。次もお安くするんでね!」
「ええ。そうさせてもらいますよ」
『店主さん、ありがとね〜!』
俺とティアは購入したものを手に店を出た。
鞘に入ったダガーを一本渡すと、ティアは上機嫌になった。
『私の初めての武器! カイルありがと、大切にするねー!』
「俺もティアと一緒に買ったダガーは大切にするよ」
『同じ武器を一本づつ持ってると、相棒っぽさが増してなんだかいいねっ! 次に買う武器とかもそうしよー!』
はしゃぐティアと談笑しつつ歩いていると、イグドラシルのある路地裏に差し掛かった。
真っ白な壁の中に突っ込むと幻影の魔術が解け、地下へ向かう階段に入れる。
けれど今日は昨日と違い、妙に騒がしい気がした。
『あれっ、今日も宴なのかな?』
「その割には声が張りすぎてる気がするな」
足早に階段を降りて鉄扉を開く。
するとギルド内はマスターがギルドメンバーの話を聞いているところだった。
「……そんな訳で、一刻を争う事態だマスター。レイナの奴、もうかなり危ないぜ!」
「マスター、今すぐ救援に向かわせてくれ!!」
「待て、可愛い馬鹿ども。お前たちはA級。レイナの向かった幽谷に入ろうとしても許可が降りん……ぬっ?」
マスターの視線が俺の方を向くと、他の面々の視線もこっちを向いた。
それからマスターと話していた一人、A 級冒険者のユリウスがこっちを向く。
「カイル、いいところに来てくれたぜ! いきなりで悪いが力を貸してくれ、仲間の命がかかってるんだ!!」
ユリウスは険しい顔で俺の両肩を掴み、頭を下げてきた。
そんなユリウスに、俺は言う。
「仲間の命がかかっているって言われたら力を貸す。すぐに状況を説明してくれ」
マスターはふむ、と髭を揉んで言った。
「そうさな。カイルはナヌル幽谷ってとこを知っとるか?」
「それはもちろん。霧の深い魔物の群生地で、間違えて入れば二度と生きて出られないって場所だと」
「そこに自生する薬草、ナヌル草はあらゆる病を癒すとされる霊薬でな。貴族の子息が重い病にかかって余命半年とかで、一週間以上前にナヌル草採取の依頼が舞い込んできた。だが幽谷に向かったうちのS級、レイナの奴が一向に帰ってこなくてな」
マスターは腕を組みながら難しい顔をする。
ユリウスは懐から小さなランプを取り出した。
それは魔道具の一種「命の灯火」だった。
「こいつはカイルも知ってると思うが、人間の髪と魔力で燃える灯火だ。そんで今はレイナの髪と魔力で燃やしてて、もしあいつに何かあれば火も小さくなっちまうんだけど……」
「もう消える寸前か」
命の灯火は小さく揺れ、今にも消え入りそうだった。
つまりはこの灯火の主であるレイナに何かあったということだ。
「頼むカイル、幽谷に行ってレイナを連れ戻してくれ! あいつは幼馴染で、いつか俺もS級になったら一緒になる約束もしてんだ。でも俺はA級だから、S級指定区域の幽谷には入れねぇ……!!」
冒険者が等級で分けられている理由の一つに、指定区域への立ち入り制限がある。
S級指定区域とはすなわち、S級でなければ入れない超危険地帯を意味する。
それにその指定区域への立ち入り制限を破ればギルドに厳重なペナルティも課されてしまう。
「もっと言えば、もう人間の足で幽谷まで行っても間に合わない可能性が高いか」
仮にユリウスがどんなに急いで行っても、幽谷に到着するのに丸一日以上かかる。
だが俺なら、相棒の翼を頼れるドラゴンライダーならあるいは。
「ティア。王都から幽谷までどれくらいだ?」
『頑張って飛べば、ざっと二時間くらいかな〜。あそこには前、カイルと会う前に行ったことあるし。土地勘も少しはあるよ?』
「決まりだ。俺とティアでそのレイナを迎えに行く」
そう言うと、ユリウスが拝むように頭を下げてきた。
「すまねぇカイル! 無事にレイナを連れ戻してくれたらどんなお礼でもする!」
「俺とティアに一杯ずつ奢ってくれればそれでいいさ」
「儂からも頼むぞカイル。入って早々すまないが、アルベリクスたち他のS級は別の依頼で今朝出張ってしまってな。残っているのはカイルと……」
「あら、私をお忘れなく」
マスターの話を遮ってふらりと現れたのは、ミユだった。
いつから話を聞いていたのか、流石はS級の気配の隠し方か。
「ミユ。お前も行ってくれるか?」
「当然です。レイナとは親しい仲ですし。ここで助けなければ皇女は名乗れません」
マスターの問いかけに、ミユは力強く応じた。
「ティア、俺とミユを乗せて飛べるな?」
『もっちろん! 私を誰だと思ってるの? カイルの相棒はドラゴンなんだから!』
拳を真上に突き上げたティアは、気合十分だった。
それから俺たちは王都から足早に出て、透明化してドラゴンの姿に戻ったティアの背に乗り、幽谷へと向かった。
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