8話 等級審査
散々飲み食いして騒いだ後、イグドラシルの大半の面々は酒で酔い潰れて机に突っ伏していた。
「うおお、立てねぇ……」
「頭ふらっふら〜〜」
S級とA級のみの冒険者ギルドとは思えない光景だった。
その様子にマスターが鼻を鳴らす。
「全く。飲むのは構わんが片付ける元気くらい残しておかんかい! カイル、初仕事がこんなので悪いが完全に寝てる連中を隅に放り投げておいてくれ。ミユたちが後片付けできん」
「わ、分かった」
放り投げるってそれでいいのかと思ったが、冒険者は頑丈なので言われた通りに放り投げておく。
後片付けを考えて俺は酒に手をつけなかったが、それで正解だったらしい。
その一方、無事に酔い潰れていないミユ姫と、セシリアと名乗った金髪の少女が後片付けを始めていた。
『あれっ、あの二人ってさっきまで飲み比べしてたよね?』
そう言うティアは人間の姿で、未だに大ジョッキを片手に酒を飲んでいる。
体の強いドラゴンは酒にも強いのか。
「このギルドで酒が強いのは女性陣の二人らしいな。男の方は大体潰れてるけど……」
「おいおい、新人。俺を忘れるなよ。悲しいだろうが」
ギルドの端の席から立ち上がったのは、宴の最中でもその場で静かに酒を飲んでいた大男だった。
身長は二メートル近くあるだろうか。
だがその鍛え抜かれた肉体は膨れた筋肉の塊というより、狩人のような機能美を感じさせる細身も持ち合わせていた。
「あなたは確か……」
「アルベリクスだ」
そう短く名乗って、アルベリクスは立ち上がる。
強面も相まって強い威圧感があり、思わずティアが身構えたほどだった。
アルベリクスはマスターの方を向いて言う。
「マスター。そういやこいつの等級審査、明日の予定だったな?」
「ああ。今日は騒ぐだけ騒いで、他の可愛い馬鹿どもと一緒に酔潰れると思っていたからな。もっとも想像以上に大人しい奴だったが」
「ははは……」
一応貴族の子息なのもあって、所作もそこそこ落ち着いていると自覚している。
あまり堅苦しいのは俺も好きではないけれど。
「だがよマスター。このギルドは大人しいだけじゃやってられないのは事実だろ? ここはひとつ、イグドラシルの作法ってやつを教えてやりてーんだが構わないか?」
『作法って?』
ティアが問いかけるとアルベリクスは拳を鳴らした。
「突発的なトラブルと、それを解決する力。要は喧嘩やカチコミの対処の練習もあるんだが、どうだ。今この場で等級審査ってのは? ちょうど等級審査員の資格を持ったミユの奴も酔っちゃいねーしなァ」
魔力の稲妻を迸らせるアルベリクスに、マスターはやれやれとため息をついた。
「アルベリクス。カチコミ対処の練習なんて建前はいい。本音で話してみろ」
「そりゃもう。妖力使いのドラゴンライダーなんて一発ぶつかり合ってみたいに決まってんだろ! これから仲間になるんだ、強さくらい把握してたってバチは当たりやしねぇさ!!」
アルベリクスは狂犬めいた笑みを浮かべ、犬歯を輝かせた。
「全く……。だがカイル、覚えておけ。このイグドラシルに所属する馬鹿どもは、男も女もこんな感じだ。こいつのペースについていけないなら抜けた方が賢明だぞ」
冗談めかして言うマスターに、俺もまた笑いながら口を開く。
「いいえ。俺のイメージしていた冒険者そのものです。生まれや出自なんて関係ない。重要なのは自分が高めた力と信頼。俺の力を見たいと言うなら是非もない」
「ははっ! 育ちが良さそうなツラしてる割に物分かりがいいじゃねーか! いいねぇ、ノリが良い奴は嫌いじゃあない」
「……んっ?」
アルベリクスと俺の話を聞いてか、ギルドの隅に放り投げていた冒険者たちが起き上がってくる。
「おいおい。新人とアルベリクスの一騎打ちか?」
「アルベリクス、新人なんかに伸されるんじゃねーぞ!!」
「そこはカイルの方を応援してやれよ!」
「ドラゴンライダー、力を見せてくれー!!」
あっという間に囲まれる俺とアルベリクス。
その最前列にいるティアはこっちを見て手を振っている。
『カイルにも雰囲気に乗っかる日があるんだねー。あまり怪我しないでね〜?』
「カイルもアルベリクスも、私は等級審査の立ち会い人として許可を出していないのですが……」
ティアの横にいる姫様は苦笑いしていた。
けれどそう言った途端、ギルドメンバーからブーイングが飛ぶ。
「おいおい、そりゃないってミユ!」
「そうだぜミユ! こんな面白いこと止めんなよ」
ギルドの面々の反応から、ここではミユ姫も姫様ではなく、一人の魔導師として溶け込んでいるらしい。
皆に合わせ、俺も今後はミユと呼んだ方がいいだろう。
ミユは苦笑しながら宣言する。
「では、これよりカイルの等級審査を始めます! マスター、開始前に一言を」
ミユに促され、ジョッキの中の酒を一気に呷ったマスターが語り出す。
「冒険者たる者、力の象徴たる剣は常に己が心に持て。されど時に、大樹の如き思慮深さと忍耐も持ち合わせよ。それが我がギルド【イグドラシル】のギルドマーク、聖剣と大樹の意味でもある! 双方、我がギルドの可愛い馬鹿二人。遺憾無く暴れよ!」
「では、はじめっ!!」
ミユの合図と同時にアルベリクスが床を蹴った。
全身に雷撃の魔力を纏わせ突っ込んでくる。
「《打ち崩せ・雷鳴のもとに》!!」
アルベリクスが唱えたのはサンダーボルテックスの短縮詠唱版だ。
熟練の魔導師は魔術詠唱を我流に改変して短縮し、出を早くできる。
魔術の基本は三節から五節だが、二節詠唱となれば超熟練者だ。
さらに魔術の等級にもS~Fがあるが、サンダーボルテックスはAランク相当の強力な魔術だ。
ギルドの床を破壊しない調整をされつつ、雷撃の竜巻が横薙ぎになって放たれた。
「《地精の加護・穿たれぬ防壁にて・我を守護せよ》──巌竜壁!」
とっさに周囲の妖力を消費し、大岩の盾を作成する。
ギルドは地下にあるので、地の術が使いやすいのだ。
サンダーボルテックスは巌竜壁に衝突するが、貫通することは叶わず霧散した。
「すげぇ、アルベリクスの魔術を簡単にいなしやがった……!」
ギルド内から感嘆の声が上がる。
アルベリクスは「へぇ」と感心したように言った。
「鈍重そうな技なのにな、やるじゃねーか。こいつを初見で止められたのは久しぶりだ!」
「お褒めに預かり恐悦至極ってな! 《真紅の帳・爆炎となりて・舞い降りよ》──煌炎降!」
空間内の妖力を再度消費し、爆炎を降らせにかかる。
だがアルベリクスは臆さず突進し、爆炎を稲妻で斬り裂いた。
「技は悪かない。接近戦はどうだァ!」
「受けて立つ! 《輝ける閃光・我が身に宿りて・力と成せ》──堅光拳!」
アルベリクスは稲妻の魔力で強化した拳で連撃を放つ。
それに対し、俺も身体強化の術で対抗する。
「真っ向勝負だぜ!!」
「うおおおおっ!!」
頭を狙ってきた右拳を首の動きで回避。
左のラリアットを右腕で捌く。
さらに拳の打ち合いとなり、互いに魔力と妖力の余波で火花を散らしながら拳を衝突させた。
次いでアルベリクスが放ってきた回し蹴りをバク転で回避し、直後に飛び上がってアッパーをアルベリクスに叩き込む。
「ぐっ、こいつめ……!?」
アルベリクスは回避が間に合わず、俺の拳がアルベリクスの顎に届いた。
顎は人間の弱点の一つで、強打されるとよろめいてしまう。
たたらを踏んだアルベリクスへ、俺は追撃の拳を放つべく前傾姿勢になった。
けれどアルベリクスはニィと犬歯を見せて笑った。
「その体勢から、回避が間に合うか? 《雷轟爆鱗》!!!」
アルベリクスがまたも短縮詠唱で放ったのは、A級魔術のサンダーボムだ。
周囲に鱗のような稲妻を散らし、爆発を起こす魔術。
まさか自分へのダメージも覚悟で使ってくるとは。
ギルド内だからと威力は絞っているようだが、こうなっては俺も回避は難しい。
「ならば……!」
俺はとっさに周囲の妖力を全て消費し、ドーム状にして固める。
即興の技なので詠唱はないが、ダメージの軽減には十分。
ゴウ! と爆音がして衝撃に襲われるが、どうにか耐え切った。
……そして俺の足元には、自身の魔術を一部食らったアルベリクスの姿もあった。
「お前、どうして俺をかばった?」
「そりゃ死なない威力に調整してたのは分かるけど、仲間が自爆しかかってたら庇うだろ? あくまで等級審査だし」
そう言うと、アルベリクスは「はっはっは、参った!」と快く笑った。
「勝負を挑まれたってのに、そこまで男気見せられちゃな。ここまででいいぜ。……そんでミユ。結果はどうだ?」
「当然S級です。S 級のアルベリクスといい勝負でしたから。互いに本気だったらこの街が半分無くなってますよ」
肩をすくめたミユがそう言うと、ギルドメンバーもどっと沸いた。
何よりアルベリクスの奴、やっぱりS級冒険者だったか。
「カイルがS級、これでこのギルドのS級も6人目だ!」
「そういえばティアちゃんはどうなるんだ? ドラゴンだけど等級は?」
全員の視線がティアに向く。
するとミユもティアを見つめた。
「S級になると少々目立つこともありますから。ティアがドラゴンだと隠しているならA級に留めておいた方がいいかと思いますが……」
『うーん。そっか、目立っちゃうんだ』
ティアは腕を組んで唸り『よし』と言った。
『私、やっぱり冒険者登録はいいや。今A級で登録してもS級に上がっちゃって、有名になって目立っても面倒くさいし。そもそも登録しなくても、カイルと一緒に冒険者できるでしょ?』
「でも登録しないと一人で依頼は受けられませんよ?」
『冒険もカイルと一緒じゃなきゃ意味ないもん。相棒が冒険者ならそれでオッケー!』
ティアの言葉に、ミユは小さく胸を撫で下ろした。
「ではカイル。あなたは本日より正式な冒険者となりました。等級審査員のミユが証人です。冒険者証はのちほどお渡しします。これからの冒険者生活、一緒に楽しみましょう!」
ミユがそう言うと、誰かが「カイルの等級が決まったところで飲み直しだー!」とか言い出した。
そこからはまた宴が再開され、マスターも酒を飲みながら「可愛らしい馬鹿ども! あまり飲みすぎて明日からの依頼に支障を出すんじゃないぞ?」と笑いつつ注意していた。
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