13話 フォルティア大森林
視界の一面が、白に覆われていた。
みずみずしい緑色であったはずの若葉も、青空を写しこんでいるはずの小池の水面も、土さえも。
ティアの上で吐く息は白く、それがこの場所の気温が非常に低いことを示していた。
初めて見るフォルティア大森林は、一面の雪化粧に包まれていた。
『さっむ!? 何ここ!? 本当に緑豊かって噂の大森林!?』
「そのはずですが、いかんせん真っ白ですね」
ティアの上に騎乗し、俺の後ろに座るミユが「はー、はー」と暖かな息を手に吹きかけていた。
防寒具の類は持っていないので、今はティアの空間調整系の魔術で周囲の気温を若干上げてやり過ごしている状態だ。
それでも若干の肌寒さはあった。
「この辺の気候は年中温暖なのに、どうしてこんなことになってるんだか」
依頼地の情報を前もって調べるのは冒険の基本、とはミユの言葉だ。
それに則り、俺はフォルティア大森林についてギルドの蔵書室で一通り調べてきていた。
書物には、フォルティア大森林はその土地自体に強い力を持ち、年中温暖だと書いてあった。
俺はその強い力と言うのを、この土地が持つ自然エネルギーこと妖力だと踏んでいた。
だが今の大森林からは妖力をそこまで強く感じないし、それがこの雪国状態につながっているのだろうか。
「ティア、一旦降りよう。実際に森に入らないことには何も分からない」
『おっけ〜! 降下するから、カイルたちも下に魔物が居ないか見ててね』
俺は視界を切り替え「妖力を視る」ようにした。
生物がいればその意思を反映し、大気中の妖力に動きがあるはずだ。
けれど驚くことに、動きは一切ない。
これはつまり魔物どころか、大森林に小動物すらいないことを示していた。
「魔力の気配もないですし、奇妙ですね……」
魔力を操る魔導師であるミユも、似た感想を抱いたらしい。
ティアは地上に降り立つと、俺たちを下ろして人間の姿になった。
『うう〜っ、寒い寒い〜!! 私、寒いの苦手なんだよね〜』
「だったらこれを着ていてくれ」
外套を渡すと、ティアは嬉しそうに包まった。
『カイルの匂いがして暖かい〜』
「くんくん嗅ぐな。微妙に恥ずかしいだろ」
そう言いつつ、俺は周囲を警戒しつつあちこち見る。
本当に何もない、誰もいないのか。
そもそも依頼してきた大精霊ローゼはどこにいる。
そう思った時、心の中に響くような声がした。
『ふむ、人間だけでなくドラゴンまで訪れてくるとは。メビウスの子らと見受けるが、如何か?』
メビウス、俺たちのマスターの名前を知っているのか。
声のした方を振り向けば、地面が輝きを放ち、そこから新緑色の髪をした薄着の女性が現れた。
外見は二十歳ほどだが、この人から感じるのは魔力ではなく妖力だ。
魔力が生物の生成するエネルギーなら、妖力は自然エネルギーそのもの。
ならば妖力を宿しているのは、自然の化身に他ならない。
「確かに俺たちはマスター、メビウスから依頼書を受け取ってここに来た冒険者です。そう言うあなたは大精霊ローゼで合っていますか?」
『左様。妾こそローゼ・フォルティア。このフォルティア大森林そのものである』
『なるほどね。精霊が概念が姿を得たものなら、ローゼはこの大森林の精霊なんだ』
ティアの言葉を受け、ローゼが首肯した。
ローゼがこの大森林そのものなら、大森林の異変を受けて俺たちに依頼を出してきたのも道理か。
「詳しい依頼の概要は、ローゼ本人に聞くようにとマスターから言われています。魔王討伐としか依頼書にはありませんでしたが、それが意味するところは?」
問いかけると、ローゼは表情を曇らせた。
それから両手を胸のあたりに掲げ、そこに妖力を集めて陣を展開する。
いや、妖力による展開なので正確には妖力陣といったところか。
俺以外の誰かが妖力を扱うのを見るのは初めてなので、少しだけ見入ってしまった。
「カイル。この方、魔力なしで魔法陣を展開しましたが何者ですか?」
「魔導師のミユにはそう感じたのか。あれは妖力だよ。妖力使いの俺が魔力についてうまく感じ取れないように、魔導師のミユは妖力をうまく感じ取れないんじゃないか?」
「確かに、そういうことですか……」
ミユは興味深そうにふむふむと唸る。
その間にローゼは妖力陣に映像を映し出す。
これはローゼの記憶だろうか。
そこには緑豊かな大森林が映されていた。
『先日まで、この大森林は静かな緑に閉ざされた地だった。他の精霊たちも活発に動き回り、少数ながらエルフとの生活も営んでいた。だが……』
映像が移り変わり、大森林に強い吹雪が吹き荒れている。
そこでは逃げ遅れたエルフや精霊たちが氷漬けにされていて、ミユが両手で顔を覆った。
「なんて非道な……」
『……ああ。妾もこの吹雪の主、銀雹の魔王を討伐すべく奴を探そうとした。されど大地と緑を司る妾では、この世を死の白で包み込むあやつには相性が悪すぎた……』
それからローゼは魔力陣を消失させ、俺たちに両手を見せる。
ローゼの手は部分的に凍りつき、映像にあった精霊たちのようになっていた。
『森を彷徨ううちに妾もこの始末よ。されどこの森で動ける精霊は最早、妾一人。メビウスの子らよ。どうかあの銀雹の魔王を討伐してはくれぬか。報酬は望みのままに』
「でもその前に、二点ほど聞かせてください」
『よかろう。情報は命だ』
俺は頭の中を整理しつつ、ローゼに問いかける。
「一点目に、精霊が凍っているってところです。精霊は概念が形を得た存在。けれど元が概念ゆえに物理および魔力による干渉をほぼ受けないと聞きました。なのに凍っているとなれば……この雪も氷も精霊と同じ自然エネルギー、妖力による力ですか?」
俺の質問に、今まで表情を変えなかったローゼが少しだけ驚いたように見えた。
『ほう、聡いな。その通りだ。銀雹の魔王は妖力を扱う。そうしてこの森を凍てつかせた』
「では次の質問です。さっきの映像、銀雹の魔王の姿がありませんでしたがそいつは何者ですか? そもそも魔王とは……?」
まさかおとぎ話とかに出てくる邪悪な魔王とかじゃないだろうが。
とは言えこれだけの力を持つなら、相当高位の妖力使いなのは間違いない。
『魔王とは、言ってしまえば元精霊の外道どもだな。魔に堕ちた精霊を、妾たちは魔王と呼ぶ。古にいた原初の魔王も元大精霊ゆえに。なお、銀雹の魔王の姿は妾にも見ることはできなかった。気配から魔王と分かったが、雪に阻まれてな……』
「ってことはこの広い大森林のどこにいるかも不明だと?」
『その通りだ』
ローゼの答えに、ティアは頭を抱えた。
『それ、探しようがないじゃん!? こんなに広い大森林のどこにいるかくらい、把握しておいて欲しかったなー』
ぶーぶー言うティアに、ローゼは素直に謝るように会釈した。
『すまぬ。だがあのまま奴を無闇に探して彷徨えば、依頼を出す前に妾も氷漬けだった』
『この大森林の雪や氷には、自然エネルギーや精霊を凍らせるって特性もあるなら仕方ないか〜。……ってことはカイルもそのうち凍っちゃう!? えっ、やめてよね!?』
俺を温めようとしているのか、ティアは全身を使って俺を温めようとする。
ティアに言われて自分の体を確認したが、特になんともなかった。
「俺は人間だから大丈夫なのかもな。ここの雪や氷には自然エネルギーを凍らせるってより、精霊を凍らせるって概念が宿っているのかもしれない。だから精霊や、精霊の血が流れるエルフたちも凍ってしまった」
「そう考えると、人間のカイルだけ無事なことにも説明がつきますね。でも何か異常が合ったらすぐに言ってくださいね? 私の魔術でどうにかします」
ミユはそう言いつつ、ローゼの方を向いた。
それから魔法陣を展開し、ローゼに言う。
「その、凍っている部分ですが私の魔術でなんとか……」
『無理だな。カイルが説明したように、精霊は物理的干渉も魔術的感情も受けにくい。つまり治癒の魔術すら受けないということだ』
「そんな……」
『だからこそ、そなたたちには一刻も早く銀雹の魔王を倒してもらう必要がある。やってくれるな?』
俺はローゼに首肯した。
「ここまで事情を聞いたんですから、当然です。何より依頼ですからちゃんと仕事はします」
『では頼んだぞ、メビウスの子らよ……』
ローゼは現れた時のように、地面の輝きの中に戻ってゆく。
俺たちはそれから、大森林のどこから魔王を探すかといった話を始めた。
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