1話 魔力0の少年
カイルは魔導貴族、グランシア家の嫡子だった。
アーリアス王国にて「優秀な魔導師の家系」とされる魔導貴族はたったの三家。
その一角であるグランシア家に生まれたカイルもまた、将来は優秀な魔導師になるだろうと期待を寄せられていた。
けれど三才の時に行われた、精密な魔力測定によってカイルの立場は危うくなった。
「ご当主様。カイル様の魔力は、ゼ……ゼロでございます」
グランシア家に仕える初老の神官が、青ざめた顔でグランシア家当主のダグラスにそう報告したのだ。
この世に生きる生物は皆、多かれ少なかれ魔力をその身に帯びる。
魔力は生命エネルギーそのものであり、魔力が体に循環していない者とは即ち、死人に他ならない。
「どういうことだ。我が息子カイルは亡者であるとでも言いたいのか」
ダグラスは憤った感情を皺の深い顔に表しながら、神官に詰め寄った。
けれどダグラスは先ほどまで「カイルの魔力はいかほどか。三歳児の平均値を大きく上回り、十歳ほどの平均値である500MPか」と期待に胸を膨らませていたのだから、この反応も仕方がないと言える。
神官は顔を伏せて告げた。
「これは私たちにも、どういうことなのか……。私の鑑定魔法が失敗したのかと何度もカイル様を鑑定しましたが、結果は変わらずでして。他の神官にも試させたのですが、やはりカイル様の魔力は……」
「くっ……もうよいわ!」
ダグラスは肩を怒らせ、カイルの自室へと向かう。
そこでは退屈な魔力鑑定を終えて竜のぬいぐるみで遊ぶ、カイルの姿があった。
ダグラスはその呑気さに怒りを覚え、相手が幼子であると忘れて手をあげた。
パチン! と乾いた音が響き、ダグラスの平手がカイルの柔らかな頬を打った。
「カイル! お前は本当に俺の子か! アイナがそこいらの平民と浮気をした訳ではあるまいな!!」
アイナは一年前に病死した、ダグラスの先妻だ。
東洋の血を引く、美しく流れる黒髪の女性だった。
ダグラスは先妻のアイナが浮気をする訳がないと頭では理解していた。
けれど心はそれで整理がつかなかった。
魔導貴族グランシア家の者は代々優秀な魔術師の家系ゆえに、その血を引く者は例外なく強い魔力を受け継ぐ。
だからこそ魔力ゼロのカイルは本当に己の息子かと、ダグラスの心中では疑心が鎌首をもたげていたのだ。
「ち、父上……?」
頬を殴られたカイルは涙目で父親のダグラスを見上げる。
自分がなぜ怒られているのか理解できない、頬を腫らした顔でそう表していた。
今にも溢れ出しそうな大粒の涙を見た途端、ダグラスはバツの悪い顔になった。
長年続くグランシア家の名に我が子が泥を塗った、そこから来る怒りに任せて幼子に手をあげてしまったことを、ダグラスは今更ながらに恥じた。
けれど、ダグラスの心中とカイルの今後とは、また別の話だった。
「カイル。お前は今後、魔力を持つまでは我が子とは認めん。我がグランシア家は王国最強の魔導貴族家の一角である。その嫡男が魔力ゼロの無能とは、笑い者にされるばかりだ」
貴族とは時に、命以上に体面を重要視する生き物だ。
他家に舐められることは、己がプライドと血統に大きな傷を付ける。
だからこそ魔導貴族グランシア家の当主であるダグラスは、幼いカイルにそう言い、突き放した。
ダグラスが去った後、カイルはすすり泣き、何がいけなかったのかと幼子なりの頭で考えていた。
けれどカイルがいくら考えても、幼い心と頭では父の暴挙の理由をよく理解できなかった。
それからカイルは、今まで受けていた稽古から外されるようになった。
グランシア家に仕える魔導師からの魔導講義もなくなり、カイルは生まれて初めて自由な時間を手に入れた。
魔導貴族たるグランシア家の嫡男は幼い頃から英才教育を施される。
けれど魔力ゼロの非才に学を授けても仕方がないと言う、ダグラスの判断だった。
それからダグラスが後妻を娶り、魔力の才に優れた次期当主を産ませようと日々子作りに励んでいた頃。
カイルは自由時間を持て余し、屋敷の裏側の森へとやってきていた。
この場所はヒカゲノソウと呼ばれる背の高い草が覆い茂っていて、幼いカイルがしゃがめば誰にも見つからなかった。
「僕が生まれつき魔力ゼロだったから、父上もあんなに怒ったのかな?」
思い出すと涙が出そうになった。
しかもカイルは幼いなりに、父親から勘当されたことも理解していた。
けれど父は言っていた。
「お前は今後、魔力を持つまでは我が子とは認めん」と。
それはつまり、魔力さえあれば息子として認めてもらえるということ。
「よーし。がんばるぞー!」
カイルは最近、毎日この場所で『カイル自身が魔力だと思っている力』の訓練を行なっていた。
前にカイルを教えていた魔導師は、魔力は自身の体内から生み出すもの、と言っていた。
けれどカイルにはその感覚はいまいち分からなかった。
「魔力なんて、そのあたりに漂ってるのになぁ」
カイルはその辺に漂っていた、淡い燐光を放つものを小さな手で掴む。
前にその燐光を指してを魔導師に「あれは何?」と言ったら「何かあるのですか?」と言われたのをカイルは思い出す。
他の人には見えないのかな? と思いつつ、カイルはそれを胸に当てて体に押し込み、ふぅ! と息を吐く。
するとカイルの吐息で正面のヒカゲノソウがすぱりと切れ、地面に落ちていく。
「絵本で見たドラゴンのブレス、なんちゃって!」
カイルは幼い三歳児らしい無邪気さではしゃぐ。
けれどダグラスどころか、カイル自身も知らなかった。
カイルの使うその力は生物が体内から生み出す生命エネルギー『魔力』ではなく、自然界から無尽蔵に生み出される自然エネルギー『妖力』であることを。
カイルが「自分の扱える力は魔力ではなく妖力で、それが東洋出身の母親譲りの力だった」だと理解するのは、まだ十年以上先の話であった。
……そして、そんなカイルを遥か空の彼方から見つめる者が一体。
『あの力、まだ扱える人がこの世にいたんだね。面白そうだし、ちょっと近づいてみようかな〜?』
声の主は透明化の魔術を使って人知れず天から降下し、カイルへ近づいていった。
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