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染まらないもの

 首輪の残骸は解体屋に回収してもらった。


「ありがとうございました。このことは内密にお願いできますか。彼も訳ありみたいですし」

「ああ、分かってるって。ところで店はいつ開けるんだい?腰痛がぶり返したら困るんでね」

「明日にでも開けますよ。割引しますからいらして下さいね。予約します?」

「ああ夕方でとっといてくれるかい」


 そうして私が支払いを済ますと、解体屋は帰っていった。

 左手がベタベタするようで、ふと目を下ろすと手の甲から血が流れていた。


「わわ」


 ペンチが掠めたのだろう。真っ赤な手に、床を汚したら面倒だと急いでタオルで押さえたら痛みを覚えた。自分の怪我は神聖力で治せないので洗面台で血を落とすと簡単にハンカチで覆って、その足で彼の様子を見に戻った。


 まだ俯せに倒れていた。目と口の濡れそぼったタオルは私が取った後だ。


「大丈夫ですか?」

「は…………はあはあ」


 赤い髪が乱れ、汗が流れるうなじに色気が漂う。


 少し眺めながらチェストから彼の着替えを取り出し、投げ出した手の横に置いた。


「動けますか?」

「ああっ」


 肩に触れただけなのに、彼はビクンと体を跳ねさせて濡れた声を漏らした。


「動けるようになったら、部屋を出た左側にお風呂があるんで使ってください。これ着替えです。私ご飯作ってるんで」

「う……………ん」


 目を瞑ったままだが、こくこくと頭が動いたので、その場を離れる。

 何十分も彼の悶えているのを見ていたせいで、興奮…………変に頭がくらくらした。ずっといたらそのまま不埒なことをしちゃいそうな気分だったので、側にいたらダメだ。


 冷蔵庫は無いけど、温度を一定に保つ保冷庫からサイダーを取り出し、青い瓶の蓋を抜き口につける。キンキンとはいかないが、ほんのり冷えて結構強めの炭酸がシュワシュワと喉を過ぎ、頭も冷えてきた。


 あの人の色気は犯罪だな、うん?私が犯罪か、いやいやそんなことはないはずだよね。


 どうでもいいことを思いながら台所で鍋に水を汲んでいたら、「ハア…………ハア…………」と弱い息遣いとよろめく足音がして風呂場の戸が閉まる音がした。シャワーの水音がすぐに聴こえた。

 体力精神力共にゴリゴリ削った彼の為に、消化の良いうどんを作り、テーブルに運んだところで彼が顔を出した。


「こっち入ってきて」

「………………ああ」


 さっぱりして彼も落ち着きを取り戻したのだろう。白いシャツに着替えて髪も整えている理知的な雰囲気に、さっきのは私の淫夢かと思えてしまう。


「どうしたの?」


 私が椅子に座っても、彼は突っ立っていた。


「ノアだ」

「え?」

「名前」


 前髪の間から覗く目が所在なさげにも私を見ていた。


「ノア!へえ、良い名前だね」

「もう奴隷じゃないからな」

「うん」

「名前を呼んでもらうほうが………」


 やっぱり乱れきった姿を晒したのが恥かしいのだろうな。会話がたどたどしくて硬い。もう三度目だし、今さらだよ。

 うどん冷めちゃうな、とテーブルに視線を移した途端、彼がいきなり膝をついた。


「すまない」

「へっ?!」

「俺は、てっきりまた奴隷扱いを受けるかと思って、あんたに酷い態度をとった」


 謝られるとは思わなくて驚いた。偉そうなのが通常かと思ったのに。


「いいよ、もう」


 片膝をついて騎士みたいだ。でも一般平民の地味な『見目は悪くないしな』程度の私が相手では恥ずかしい。


「怪我をしたのか?」


 ハンカチを巻いた手に気付いたノアが、思わずといった風にその手を掴んだ。


「いたっ」

「あ、すまん。さっきの工具だな。なぜ治さないんだ」

「自分の傷は治せなくて」


 もし治せたらそれなりにヤバい光景だ。自分で自分を乱れさすとか正に痴女。ハハッと笑ったら、逆に彼は整った顔を歪ませるようにした。


「あんた馬鹿か!なぜそうまでして…………」


 痛む手をそっと両手で包まれながら言われたから、本当に馬鹿にされたわけじゃないと分かった。いや、そう思いたい。


「なんで他の奴じゃなく、死にかけの俺を買った?」

「えっと、安かったから?半額だったし」

「は、半額…………」


「この俺が半額だと?」と呟いてるのを見ると、やっぱり安売りされたのはショックだったようだ。


「私なら怪我を治せるしね」

「そうだとしても俺を奴隷から解放したら買った意味無いだろう?それなのに俺のためにどんだけ金使ったんだよ、何の得にもならない。怪我までして…………どうしてこんなことをする?」


 この世界の人達の価値観では理解できないだろう。訳のわからない善意なんて気持ちが悪いだけだ。警戒して当然だ。


 見上げる赤い瞳は戸惑いに揺れている。そこに私が映っていて、そして手を包む優しい暖かさも感じられた。


 私はそれで満足だった。

 だから笑った。


「私馬鹿だから」



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