紅蓮の盾の誤算だらけの顛末10
ロイドの合図は主寝室の方。ざわざわと胸が騒ぐの堪えて駆けて行くと、部屋の前には今しがた出てきた様子のマナがいた。
「マナ?」
さっと彼女の全身を見渡す。寝衣に乱れは無い、怪我もなさそうだ。
「…………ノア!」
だが俺を目を丸くして見たマナは、次に気まずそうに視線をさ迷わせる。やはり何かあったのだろうか。
「あいつに何もされなかったか?酷いことは?」
「何も……………大丈夫」
掴んだ肩を揺すって聞くが、マナは小さく頷き言葉少ない。するとロイドが無言で部屋の戸を開けて促す素振りを見せるので、不吉な気持ちで中を覗いた。
整然と調度品や家具があるが、ベッドの寝具だけが激しく乱れている。そこにはぐったりと精魂尽き果てた様子のジベルが横たわっていた。余韻なのだろう、時折ピクリピクリと体が痙攣したように動いているが意識はないようだ。紅潮した顔、悩ましい吐息、汗ばんだ背中……………俺は全てを悟ったと同時に、羽をことごとく毟り取られた哀れな鷹の幻を見た。
そして少し淋しくなった。もっと俺を頼ってくれたらいいのに、マナは自分でやってのける。本当はマナが誰かに神聖力を使う度に秘かに嫉妬していたというのに、ぐちゃぐちゃに乱れたジベルを目の当たりにした時、嫉妬ではなく淋しさの方が勝った。
マナは俺がいなくてもいいのか?
彼女が何を考えているか俺は時折わからなくなる。
今だって何かを言おうとするマナの手を半ば強引に引き走っている。しかし、あと少しのところで待ち構えていた兵に行く手を遮られてしまった。
そこでマナが神聖力を振るい、彼らが一同に倒れ伏す姿に戦慄しなかったといえば嘘になるだろう。
「ノア、聞いて」
「ダメだ」
決意を固めたマナが、グッと見上げてくる。一緒には来てくれないのだと俺は分かっていた。
「いいえ、聞いて。ノアが言ったこと、そのままノアに返す。勝手に決めないで私の意思を蔑ろにしないで」
毅然とした物言い、揺らがない意思に俺は彼女が『聖女』なのだと思い知った。
「マナをこんなところに一人にさせておけない。俺はマナを守りたい」
「だったら、私にも守らせて。今も、これから先の私とノアのことも守らせて欲しい」
弱くないのだとマナは笑う。守りたいと思う俺の気持ちは所詮自己満足なのだと分かっていた。分かっていたが不満は抑えられない。
「心配しないで、ちゃんと自分でジベルとこの国にケリをつけるから。自分の生き方ぐらい自分で決めるから」
「……………マナが戻らなければ、ここまで来た意味がないじゃないか」
なんだ、俺はガキみたいだ。こんなことを口走ってただの当て擦りだ。俺は……………そうだ、マナにか弱い守られる女でいて欲しかっただけだ。
「また会えるよな?」
「勿論」
にっこりと笑う彼女には、先のことでも見えているかのような自信が浮かんでいた。だから信じてみようと思った。それがたまらなく歯痒いことでも。