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紅蓮の盾の誤算だらけの顛末2

 マナとかいう女は俺が性奴隷だと知るや、家を飛び出して行った。黒目が零れんばかりの衝撃を受けたあの顔、本当に知らなかったようだ。


 淡い色合いで揃えた小さな部屋に残された俺は、さてどうするかと寝台から離れて歩いてみた。

 不思議な力だ。酷い痛みに苦しんだ足は嘘のようで、栄養不良でふらつきはするものの引き摺りもせずに歩けた。

 逃げるか?


 余程慌てたのだろう、玄関の戸は半分開いたままだ。だが首を動かすたびにカチャカチャと主張する首輪に俺は苦く嗤う。主から長距離離れると、またこの首輪に罰を受ける。

 それにあの女の帰って来た時の反応が気になる。奴隷商にクレーム言っても何ら解決にならないことは容易に想像できる。

 困った女は、俺を棄てるのだろうか?


 そんなことを考えながら寝台に寝そべっていたら、とぼとぼと女が帰って来て俺と目が合った。


「…………逃げなかったんだ」


 心底困惑している。逃げたくても逃げられないのを知らないのか?

 いや、知らないのか。


 どこまでも奴隷からは解放されないということに、俺はもう疲弊し切っていた。

 女の顎を乱雑に掴む。あっさりとした平凡な顔立ちだ。醜いわけじゃない、やや幼さを残した丸い顔は可愛らしいと言える類だ。

 まあ、どうでもいいことだ。


 唇を押し付けたら、「んん」と息を呑んでたちまち固まっている。意外にも柔らかく弾力のある魅惑的な唇だった。お試しのつもりだったが嫌悪感は湧かないので、すぐ離すつもりだった唇をしばらく味見していたら、誰かが来て女の方から離れた。


 いかつい男が部屋に入ってきた時は状況が呑み込めなかった。淡々と工具を取り出している男と、無表情になりそれを手伝いながら話し合う女。ジャキッと馬鹿でかいペンチを俺に向けるのを見て、理解すると同時に危機を感じた。


「私がいるのに、奴隷さんに傷付けると思いますか?」


 そう言う女の目は笑っていない。むしろ怒ったままだ。大丈夫だと言われても安心できるはずがない。首輪が外せるなら死んでも構わないと思っていたのに、なぜか怖い。

 覚悟を決めて目を隠し口を縛る。知らない男に恥ずかしく喘ぐ姿を見せるなど無理だ。


「ん!んんんー!ん、ふうっ、ん、んっふ」


 ああダメだ。これ逆にまずくないか?抑えぎみの声が余計恥ずかしくないか。

 しかも二人がどういう目で俺を見ているかも分からないのは辛い。辛くて気持ち善すぎるとか訳がわからない。


 俺はただただ早く首輪が外れるのを願った。実際にはすぐに真っ白になった頭では悶えることしかできなかったのだが。


 女に目隠しと猿轡を外された。着替えを用意した女が動けない俺にシャワーを勧めてその場を去った。だいぶ経ってから、ピクピクと小刻みに震える手に力を込めて体を起こす。近くに置かれたきちんと畳まれた着替えを目にして、ふいに喉が震えた。


 申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 首元の軽さは、彼女が俺をただ助ける為だけに大金と力を使ったことを如実に表していた。使い物にならない俺を、いくら治療できるから買ったとしても、彼女は損しているはずだ。分かっていたのに信じられなかっただけ。


 俺は何てことを。


「……………変な、女」


 言った途端、じわりと苦いものが胸に滲むようだった。


 体を清めて身支度を済ませ、気まずい思いで居間らしき部屋に入る。とにかく一言謝らねばと椅子に座る彼女に膝をついて向き直れば、テーブルには見たことのない昼食がほわほわと湯気を立てていて、彼女は片手に布を巻いている。


「自分の傷は治せなくて」と苦笑する彼女に、カッとなって大声を出してしまった。


「あんた馬鹿か!」


 こんなこと言うつもりじゃないのに、やるせない思いで彼女の怪我をした手をそっと包むしかできない。

 俺を助けた理由を聞いても、馬鹿だからと返されてしまった。


 奇異な女、マナ。そしてあの力。

 彼女はきっとあらゆる意味で得難い女性。


 首輪が無い今なら俺はどこへでも行ける。マナも喜んで送り出すだろう。あれほど自由になりたいと願ったのに、その気持ちは掻き消えていた。


 マナの傍にいたい。彼女をもっと知りたい。そして守らせて欲しいと、彼女の小さな手を包み願った。


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