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自分が生きる世界のために2

 小麦の芽はすくすくと伸びて平地を緑に染めている。風が吹くたびに揺れる穂は、さざ波のようだ。


 養父が土に深く差し込んだ鍬をグイと持ち上げると、地中に隠れていたジャガイモが顔を出した。


「わわ、豊作だ」


 手で根から外すと大きな籠に次々と入れていく。大きなものから小指の先ぐらいの小さなものもある。


「よく実ったねえ」


 おっとりした声は養母だ。振り向くと、いつものようにふくよかな顔をにこにこさせて「昼御飯だよ」と提げた籠を見せた。


「おじいちゃん、休憩しよう」

「だなあ」


 鍬を地面に寝かせ、布巾で念入りに手を拭き畑沿いの平らな石に三人並んで腰掛ける。

 籠からサンドイッチと野菜の酢漬け、それに苺まで出てきた。


「やっぱりマナちゃんがいるとはかどるのう」

「へへ、ありがとう」


 養父が額の汗を首に巻いた手拭いで拭きながら話す。


「明日、本当に行っちゃうの?」


 粒マスタード入りの卵サンドイッチを頬張っていると、養母が寂しそうに問うが私は頷いた。


「うん、もう行かないと」


 ノア達と別れて一ヶ月。その間いろんなことがあった。まずはジベルと取引をした。

 婚姻の解消。その後の私に一切干渉しないこと。それを公式文書にして両国に知らしめること。


「もう止めろ」と言わせて勝負に勝ったとはいえ、ジベルが知らないふりや強情を張ったらどうしようかと思っていた。もしそうだったらまた喘がすかと考えながら彼を起こしたら、彼は違うジベルになっていた。


 目を開いた瞬間から『快楽の聖女』から『快楽の女王様』と私を呼び、いきなり足に縋ってきたのだ。つまり下僕と化した。

「女王様、もっと!もっと罰をお与えください!」と懇願するジベルに、じゃあ私の言うこと聞いてねと手続きを頼むと即効でしてくれた。だからご褒美も与えるのは忘れなかった。

 そして彼が足腰立たなくなったところで用済み…………ではなく、城を後にしてリランジュールの皇宮に赴いた。ジベルが「捨てないで下さい、女王様!」とガクガクしながら這って来ようとしたのはもう本当に怖かった。

 私は改めて神聖力の恐ろしさを痛感したものだ。


 何はともあれ皇宮での交渉の末、国所有の聖女ではなく、マナという一人の人間としての自由を勝ち得ることができた。

 取引材料は農作物の実りを確保すること。


 植物の種を神聖力で茎が伸びて花が咲くところまで一気に実演してみせると皆反対することはなかった。


 私が元気でいる間は、リランジュールは農作物の病以外の原因で不作に見舞われることはない。収穫量に不安があるなど必要な時は年に一回、秋に呼び出すという制約付きにはなったが、他は好きにしていいと言われた。どこの国でも食糧確保は最優先事項だから、私を名ばかりの聖女として置いておくよりはずっといいだろう。


 それに国に影響力のあったジベルが私を手放した以上、リランジュールも私を強く引き留める意味を失ったように思えた。


 ただ一般の人々の間では聖女の話が飛び交っていて、一部神聖視した熱狂的な信者のような人達もいるそうだし下僕ジベルが怖かったので、私は密かにほとぼりが冷めるまでラグナの養父母の元に帰って来ていた。

 しかし私のような、人をアンアン言わすしか能の無い聖女のどこに熱狂するのだろう。


「マナちゃんは、都会は楽しいかね?」

「うん」


 穏やかな養父母はいたって元気だ。私が定期的に帰っては膝や肩の痛みは治している。少しだけ養父に物忘れがあるのは心配だが、しっかり者の養母と仲良く支え合って暮らしている。近所には実の娘が住んで毎日顔を出しているから、これからもここでのんびり過ごせるだろう。


「あんたの好きにしたらええよ。たまに帰って来てくれるんだもの、それだけで嬉しいよ」

「ありがとう。私色々中途半端にしてることがあるから、ちゃんと終わらせないといけないの」

「そうかい」


 養母と私の会話を聞いていた養父が、うんうんと頷いた。


「マナちゃんが幸せならええ」


 詳しく話していないのに、二人は全てを悟っているように優しい。思えばこの世界に墜ちた私を拾ってくれた時から、彼らはこんな感じだった。だからこそ私は救われたし、強く生きていきたいと思ったのだ。


「うん、私は幸せだよ」



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― 新着の感想 ―
[良い点] ジベルがだんだん可愛く思えてきて、愛着がわいてきてしまいました(笑) ペットでいいから飼ってあげて、マナちゃん! とはいえ、彼がそれを許すはずがないですね。 続きを読むのが楽しみです(о…
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