蒼穹の剣3
私はここで気付いたことがあった。
主に治癒に神聖力を用いることが多くて、副作用的に対象者に快感をもたらす為に『快楽の聖女』などと18禁的な背徳の薫りのする二つ名で呼ばれるのだ。
でも私の力は本来、あらゆる自然に真逆の効果を働きかける力。
それを詳しく説明したことがない。だからあんな堕落したような名を付けられるのだ。そもそも『治癒の聖女』じゃないんかい?って思うけれど、『快楽の聖女』の方がそそるとかで付けられた気がする。これはジベルが面白がって付けたんだろうか。
治癒以外の神聖力を目の当たりにしたのは、養父母を除けばノアとジベルしかいない。彼らなら私の力の本来の効果に察しがついているかもしれないが。
「呼び名がそんなに気になるかい?僕はそれ以上に重要なことを話したつもりだったが?」
「求婚のことなら、びっくりしたけど納得もしています」
ジベルがあの時「また会おう」と言ったのは、こういうことだったのか。ロイドが話を始めた時に予想はついていたから、ジベルしつこいな、そんなに気持ち良かったんだと呆れはしたが腑に落ちた感じだ。
そして、これはもう外交問題で色んな人を巻き込んじゃうなと少し怖くなった。
「納得?」
「あなたはノアを、どこの馬の骨か分からない聖女から守るために来たんでしょう?」
つい棘のある言い方になり、ロイドが目を丸くして私も自分に驚いた。
私がどんな選択をしてもノアが傷付くと分かってしまったから…………腹立たしいんだ。
「マナ、そんな風には思っていない。むしろ君に無理強いさせることをすまないと思っている」
唇を結んだままの私に、ロイドは金の睫毛を下向かせて話した。
「…………あいつは何ともないように言っていたが、本当は一年間酷い目に遭っていたんだろう。君に買われたと聞いているが無傷じゃなかった。君の神聖力でなければ救えなかった…………そうだろう?」
黙ったまま頷くと、ロイドはくしゃりと顔を歪ませた。
「やはりか…………」
彼は想像がついたのか、片手で両の目蓋を覆い言葉を詰まらせた。濡れたままの袖を見て、さっきから腹に鉛が落ちていくような気分がますます加速していく。
「戦争時、僕とノアの隊は『鷹』の策略で敵に包囲されたんだ。援軍も呼べず部下達が次々と倒れていくのを見て初めて死を覚悟したよ。戦友と共に戦って死ねるなら悪くないかなとも思ったんだが……………」
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「お前、意外に諦めがいいんだな!」
「は?何言ってる!」
互いを背中合わせにして二人は声を張り上げていた。悲鳴や怒号、絶え間ない剣戟。押し寄せる敵によって絶望に染まりつつある中では普段の話し声では掻き消されてしまうからだ。
「ノア、もうこれでは…………」
動きやすいように肩や胸など急所を最低限防御した鎧のみを装着した二人だが、既に至るところに傷を作っていた。まだ動けるだけ幸いだが、それも時間の問題だろう。
「お前はシュランバインの剣だろ。剣は敵と戦うには最後まで必要だ。たとえ盾を失ってもな」
「ノア?」
「活路を開く、お前は引け」
敵を斬り伏せたロイドが振り向いた時には、包囲網に斬り込んでいくノアがあった。
「俺に続け!」
一度剣を掲げて叫ぶと、彼の隊が続いた。
「ダメだ、ノア!!」
白い鎧を纏ったリランジュールの軍勢の中へと吸い込まれるように彼らは見えなくなった。統率されたそれが、それでも左右に揺れて乱れているのは、ノアがまだ抗っている証だ。敵の目がそちらに向いているのに、ロイドは歯を食い縛ると背を向けて駆け出した。
「………今だ、引け!」
手薄になった方角へ隊の生き残った者達と懸命に剣を振るって走った。追っ手を振り切り生き延びたロイドは、ノアが戻ってくるのを何日も待った。間もなくシュランバインに不利な条件で休戦協定が結ばれ、捕虜交換も行われたが彼はいなかった。リランジュールに回答を求めれば、彼を捕虜としたことは認めたが捕らえた時の傷が原因で直ぐに死亡したので火葬したという。
国を挙げて葬儀も為されたが、ロイドは参列しなかった。死んだところを見ていないし死体もない友人の死を受け入れられるわけがなかった。
だからといって生存を信じるには確証はなく、それでも死を否定したかったのはロイド自身の罪の意識からだった。
友人を犠牲にして生き残ったことへの罪悪感。
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「マナ、本当なら奴隷になっていたのは僕であるはずだったんだ。だから償えるなら、どんなことをしてもノアを助けたいんだよ」
私の手を両手で握り、ロイドは絞り出すように懇願した。
「あいつを危険にさらすようなことは二度としたくない。だからノアの前から消えて欲しい」