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蒼穹の剣2

「はあん、あっ、こ、すご、ひん」


 いい声で啼く、さすが蒼穹の剣…………じゃなく火傷は治ったようだ。


「ロイドさん、しっかりして下さい」

「あひ、ひん……………あん………」


 初めての人は意識が浮上するのに時間がかかるので、私はじっくり…………ではなく、ゆっくりと正気を取り戻すのを待っていた。


「ロイドさん」

「あ………」


 潤む青い瞳から生理的な涙が溢れた。それを慌てたように手で擦り、ロイドは自分の腕を確かめた。


「ハハ、ん………凄い……………予想以上だよ」

「え?」


 快感が? 

 立ち上がろうとするが、やはり足はガクガクしているので手を差し出すと手首を掴まれた。


「君は、聖女だね」

「はい、あ、でも内緒にしていてもらえませんか?本当はノアに力を使っちゃいけないと言われているんです」

「うーん、いいんじゃないかな。僕も君が聖女か確める為に来たんだしね。聖女なら治癒の力を持っているかと思って試させてもらった」

「わざとお茶を溢したんですね」


 火傷の心配をしたのに最初から試していたんだ。何とか椅子に座ったロイドは、まだ火照った顔をしてムッとする私を見た。


「悪いね。でも君の力の善さ……………ゴホン、凄さは良く分かったよ」


 何か言いかけたよね。


「……………ノアに聞いたんですか?」

「いいや」


 椅子にぐったりと背を預けて、彼は内に籠った熱を吐き出すように深く呼吸を繰り返した。まるで事後のようだ、経験はないけど。


「今朝皇宮に行ったら書簡を見せられた。昨日リランジュールから届いたもので『聖女マナの返還と求婚』に関するものだった」

「え、返還、求婚?!」


 ロイドは肘掛けに立てた片腕で横に傾けた頭を支えた。気だるいのだろう。


「リランジュールは異世界から人間を呼び寄せる技術を持っている。これまで何かの拍子に落ちてくる異世界人は稀にいたが、その仕組みと理論を意図的に構築しようと長年試みていた」

「え…………」

「ただ未完成で実験段階だったはずだ。密偵の調査によれば、三年前実験で人間を呼び寄せることに成功したのは分かっていたが、その人間はリランジュールの所定の場所には現れなかった」


 とっても嫌な予感がしたので、私は視線を彼から外し取り敢えず何喰わぬ顔をして実はまだガクガクしている彼の足を見ることにした。


「リランジュールは、この国に間違えて聖女が落ちたのだと結論付けてきて返すように要求してきた。だがこちらとしてはそんな人物は覚えもなく、その要求を突っぱねた」

「はあ………」

「以前から領土を巡り小競り合いや小さな衝突が続いていたが、その頃からだな、リランジュールの聖女を隠したと両国間が更に険悪になったのは」

「へ…………へえ」


 私が最初にこの世界の何処に落ちてきたか、そう言えばノアに一度尋ねられたことがあった気がする。そうか、あの時からノアは気付いていたんだね。


「君は三年前どこにいたんだい?」


 そして彼と同じ質問をするロイド。


「ラグナです」

「なるほど。ハッ、リランジュールめ、ラグナを疑いもせずに真っ先に我が国に目を向けるとは、こちらへの当て擦りか……………よほど戦争を吹っ掛けたかったらしい」


 ぶつぶつと呟くロイドをよそに、私はそうっと立ち上がった。


「袖、濡れてますよね。タオルを」

「構わない、座って」


 有無を言わさない強めの口調に、おどおどと挙動不審な動きで椅子に座り直す私。ロイドはそんな私をじっと見ているが、青い瞳はもう笑っていなかった。


「君がリランジュールの実験で落ちてきた聖女だね?」

「そんなの、し、知りません」


 国家プロジェクトだなんて初耳だった。私はたまたま落ちたのだと思っていたのは本当だ。


「でも時期も合っているし、この世界で現在聖女は、俺が知っている限り君しかいない」

「私、そんな聖女なんてたいそうなものではなく」

「さっき認めたよね、それに僕の火傷を瞬時に治したのが神聖力でなければ何なの?」

「うっ」


 ああ、詰んだ。


 膝に置いた手でスカートを握り、私は俯いた。

 ロイドはそこでようやく一旦口を閉ざした。


 さっきのロイドの喘ぎ声、使用人には聴かれなかったのかな。でも聴こえてたら驚いて駆け付けてくるよね。もしかして気を利かせて知らないふりとかされてたらどうしよう。


 私の頭の中では現実逃避により、どうでもいい考えが渦巻いていた。


 彼によりポットがテーブルに戻されて、拍子に蓋がカチャンと音を立てた。硬質な音が頭から余計な思考を追い払い、私は言葉を絞り出した。


「………………私は、ただ間違ってこの世界に落ちたと思ってました。まさか意図的に呼ばれたなんてちっとも知らなくて」

「分かっているよ、君は何も知らなかった。それに君自身は故郷から誘拐された被害者のようなものだとも理解している。責めているわけじゃないんだ」


 俯く私に視線を合わせようしたのか、彼は近付き私の椅子の背に手を掛け膝をついた。


「僕は君にお願いに来たんだ」

「え?」

「僕の親友であるノアの為に…………」


 青い瞳は小さく揺れたが、私から視線を離すことはなかった。


「『快楽の聖女』、君には神殿に行くか『鷹』の求婚を受け入れるか選んで欲しい」

「ち…………」


 気になるワードが急に色々と飛び出て、ぐっと唇を噛んだ。そこじゃないだろうと思ったのだが、混乱している頭は即否定を下した。


「違います、『快楽の聖女』NO!」





 

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