新天地2
馬車に揺られること2日、私達は首都に着いた。
その間私はエルサという女性兵士に付き添われてお世話になっていて、ノアとは違う馬車だった。彼はロイドと一緒にいて今までのことを話していたのだと思う。
馬車を下りようとしたら、扉を開けたノアが手を取ってくれた。
「一緒にいられなくてすまない。色々と処理しないといけない手続きがあったんだ」
夕食の時は隣にいたし、彼が謝ることが分からない。
「ううん、私はエルサさんにこの国のことを色々と教えてもらってて結構楽しかったよ」
「…………そうか」
「ノア、私なら大丈夫だよ。いい大人なんだし自分のことは自分で何とかする。子供じゃないから、ノアばかりに頼ってられないよ」
きっとこれから忙しくなるはずだ。淋しくないと言えば嘘になるけど、足を引っ張るような真似はしたくない………と思ったのだけど。
「俺の家だ」
デーン、と大きなお屋敷を目の当たりにし口を半開きにして固まる。傍らで満足そうに彼が呟く。
「ようやく恩を返せるな」
一年不在だったので、よく見れば庭は荒れている。出迎えてくれた使用人は三人で急いで派遣されたようだ。でも内部はよく掃除されていて埃っぽさは全く感じない。
「あとで迎えに行くから」とノアに言われて、彼から指示を受けたメイドに部屋に案内された。そこにはバスタブが用意されていて、私は久し振りに入浴することができた。髪を乾かしてもらい、腰からふわりと広がる青地のドレスを着せられた。
高そうなドレス。ミントブルーの壁に、磨かれたように光沢のある木目調の床。調度品は殆ど無いが広い部屋。
彼は、この屋敷に住んでいるような身分の人だったんだ。もう奴隷じゃないし、本来私なんかと知り合うような立場でもないんだ。
紅茶と焼き菓子が部屋のテーブルに用意され「休んでいて下さい」とメイドは出ていった。
一人になると菓子を一つと茶を一口飲んでから、クイーンサイズのベッドにダイブした。
柔らかすぎず硬すぎないそこで仰向けになると、天蓋が目に入った。馬車に揺られていたのも楽ではなく、体が重だるくて仕方なかった。
「…………淋しいのかな」
彼は、やはり遠い人だった。まあ今更だ。元々世界が真の意味で違う人なのだから。だから親しくなるのは怖かったのに。
「分かってたでしょう」
重い目蓋を下ろし、横になったまま膝を抱くようにして丸まった。疲労感が急に押し寄せてきた。
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横髪を撫でられているのを感じて目蓋を上げたら夜だった。小さな灯りの下、ベッドに腰を掛けたノアの大きな手が私の髪に触れていた。
彼は染料を落とした元の赤い髪をして、黒を基調とした品のよい服に着替えている。
「起きたか?一緒に夕食をと思ったのだが、よく眠っていたな」
「私、だいぶ寝て」
知らぬ間に掛けられていた布団を剥ぐりベッドから下りようとしたら、肩をやんわりと押された。
「楽にしてろ、夕食を持ってきたから」
銀のトレーを膝の上に置いてくれ、私は礼を述べてトレーの上の皿に乗ったスープやパンを口にした。
「疲れているようだな、大丈夫か?」
「うん、よく眠ったから」
「そうか」
どこか言い出しにくそうに話すのを感じて、私もついよそよそしくなってしまう。
「明日皇宮に行ってくる」
「うん、分かった。皆びっくりするね」
帰還した挨拶だろう。一年どうしていたか聞かれたらロイド達にも話した通り『奴隷にされていた』とだけ答えるのだろうな。
「その間、マナはここにいて欲しい。決して外に出ず、神聖力を使わないでくれ」
「でもノア、いつまでもここにお世話になるわけにはいかないし、自分で」
いきなりノアが私をギュッと抱き締めてきて話せなくなった。
「ノ、むぐっ」
言わせないとばかりに、私の頭を自分の胸へと押し付ける彼の様子に驚いた。
「………………頼むから」
消え入りそうな声。でも身動きできない程の腕の力に、彼の必死さを感じた私は呼吸もままならなかった。




