快楽と箍3
それはたいした時間じゃなかったと思う。チュッチュッと重なった唇が角度を変える度リップ音がして、長く息を溢して離れていった。しばらく互いの呼吸をする音がやけに響いた。
ゆっくりと目蓋を開けたノアが、驚いて涙も止まった私の顔を見て『しまった』という表情をする。
「……………マナ、これは」
続く言葉が見つからない彼に、ああそうかと思う。
「き……………気にしてないよ。神聖力で興奮してやっちゃったんだよね」
「違う。確かに普通じゃなかったが…………」
「うん、普通じゃない状況だったから」
まともに目を合わせられない。心臓がまだ跳ねて、顔に熱が溜まったままだ。どんな顔になっているか分からなくて自分の両手で覆い隠した。
「マナ」
頭を引き寄せられて、彼の胸にこめかみがコツンと当たった。ギュッと私の肩を抱き、彼は溜め息をついた。
「だから止めろと言ったんだ。こうやって誤解すると思ったから」
よく分からないが、ポンポンとあやすように肩を軽く叩かれて力が抜けてきた。彼の腕から抜け出そうと思えばできるが、そのまま凭れていたい気分だった。さっきまで血を吐いていた彼が会話をして、私を慰めでもする仕草がかけがえのないように感じた。
「あんな状態で、マナにあんなことをするべきじゃなかった。気分に流されてしまえば傷付けると分かっていたのに箍が外れて…………だが俺はマナだからしたかった。それは分かって欲しい」
苦痛からか快楽からかノアは気だるげに窪みの壁に背を預けて話す。顔を隠すことも気にならなくなって、彼の言葉を頭の中で反芻する。
ここまでされて彼の好意が分からないほど鈍くはない。浮き足立つような気分が湧いたが『吊り橋効果』だろうなとも思い至る。
「ノア、それはたぶん…………」
「いや………………この状況では何を言っても本当には伝わらないよな。だから一度止めてくれと言ったのに」
何か言う前に彼は遮るように続けて、また溜め息を溢した。
「だって死ぬかと思って」
「ああ、心配してくれたんだな」
髪を撫でてくれる手は優しくて次第に落ち着いてきた。キスで治療は中断していて、まだ完全に塞がっていない傷口から血が滲んでいるのに目を止め私は傷に手を伸ばした。
「うっ」
「もう少し治させて」
「待て、マナ怒ってるのか?」
慌てて私の手を掴んだ彼が問うが、神聖力を拷問だとでも思っているのだろうか。
「ううん、怒ってないよ」
「強引にしてしまって……………悪かった。嫌だったよな?」
嫌?そんなわけはなかった。あ、ちょっと舌入れてきたのは衝撃だったけど。
「ううん、びっくりしたけど、い…………嫌じゃなか………った、よ」
何を言ってるのだろう。言ってる途中に、これでは告白しているのと変わらないと気付いて言葉尻を濁すが手遅れだった。
「マナ」
「と、とにかく治療を」
恥ずかしくて俯きながら胸に手を置こうとすると、こめかみに一つキスをされた。
「治療の間、俺がまた何かしでかさないようにこうしていてもいいか?」
私の肩を抱き締めたままノアが弾んだ声で聞く。私達の間には隙間はあるけど、これではまるで彼に縋りついているようだ。
「………………ノアがそれでいいなら」
そう言って、スルスルと彼の胸へと手を滑らす。
「っあ」
触れただけで息を弾ませた彼が、私の耳元で素早く囁いた。
「今度は、っ、噛んでもいいか?」
「え、あ」
返事も待たずに、私の肩の柔らかい部分に顔を埋めると本当に歯を立てた。
「は……………んっんんん、ふ、は」
「あ!」
少し痛いが、歯先が肌を突き破ることはなかった。だが肩にノアの荒くなる息と抑えた喘ぎ声が直接伝わると、ふるりと体が震えた。




