快楽と箍2
「ノア!」
一際大きな木の根元に大人が何人か入れる窪みを見つけ、そこに彼を押し込めるようにする。矢が刺さったままの服を脱がすこともままならず、裾から手を滑り込ませると彼が小さく呻いた。
「は………」
矢を動かさないように手探りで胸に触れる私を、ノアは細く目蓋を開けて見たが、すぐに固く閉じてしまった。
傷口に、そっと神聖力を流す。
「ノア、ごめん、ごめんね。私のせいで」
私を庇って怪我をした。それが酷く辛かった。痛いだろうに、苦しいだろうに。
「は………あ………ああ」
「ごめんなさい」
絶えず神聖力を流しながら矢を片手で握る。力を入れて引こうとするが、急に指が震え出してうまくいかない。
「あれ、どうして………ノア、死な、死なないで、死んじゃやだ」
気が動転して視界まで曇って息が詰まる。
ノアがいなくなったらと思うと、震えは余計止まらなくなった。
自分の中で、こんなにも彼の存在が大きくなっているなんて。
矢を握ったまま動けずにいた私の手が、そっと覆われる感触に濡れたままの目を凝らすと彼の手が重なっていた。
「の、ノア」
目を閉じたまま頷いた彼が息をぐっと止める。
同時に手に痛いほど力が込められて震えを忘れて目を瞑り矢を引き抜いた。
「っーーー!!」
悲鳴を堪えフウフウと速く息を繰り返して痛みを逃そうとする彼の傷口を手で塞ぐようにすれば、溢れ出す血が指の間から幾筋も伝う。
「すぐに、楽にするから」
「あ………っ」
神聖力を流すことに無我夢中で、この時ばかりは彼の声に艶が混じってきても気にする余裕はなかった。
「あっ、んん、あああ」
「うう、ごめんね、ぐすっ」
「ん、ん、はあ」
「ひっく、うく」
両手で傷口を塞ぎながら、ピクピクと震えて仰け反る首に額を押し当てる。
彼がいなくなったら…………考えただけでこんなにも怖い。
「ノア……………ノア、ぐすっ、いなくなったら嫌だ、嫌だよ」
「あ、まな、はっ、あ、も………だめ、だ」
取り乱したままの私の顎をノアの手が上向かせた。
「ノアあ、ひっく」
「や、やめっ、抑え、られないから、止めっ」
何を言っているのだろう。まだ血が止まっていないのに苦しいのに止めることなんてできない。
「ま、ナ、はあっ、一度とめ」
見上げたままボロボロに泣きじゃくる私を、いつの間にか真っ赤になった顔をした彼が辛そうに見ては左右に首を振る。
今更前回のように声を抑えたいとでもいうのだろうか。そんなこと気にしている場合じゃないのに。
「だって、こんなに深い傷……………血も出て、死ぬかもしれないと思ったら、わ、私怖くて」
「うっ、マナ、くうっ」
しゃっくり上げながら彼の頬に片手で触れ、耳へと滑らすと電流でも走ったようにビクンと彼の体が跳ねる。
その手を後頭部に回し、彼を自分の方へと引き寄せた。
「声、辛かったら本当に噛んでいいから」
「あ…………はあはあ、ぐっ」
乱れた吐息が肩を掠め、迷うように首へとかかる。髪が顎を擽り、肩を上下させて苦しそうに息を繰り返していると思ったら、赤い瞳が動き彼の両手が伸びてきて私の頬を挟んだ。
「んっ!」
何をされたのか分からなかった。ただ唇が熱かった。
熱くて目が回る。唇の隙間から熱い吐息が入ってきて侵入してきた柔らかさに、今度は私がビクリと揺れた。
すると焦ったように柔らかさは口内の蹂躙を諦め、代わりに唇をチュッと吸われた。
「は…………はあ、ん、ふう」
「ノ……………んん」
一度された時は感じなかったのに、今は胸の奥が疼いて痺れるようだった。
これは現実なんだろうか。
私、キスをされている。




