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雨と魔物と追っ手5

 剣を鞘に収める音で我に返った。ノアは大半の魔物を倒し残りは逃げてしまっていた。

 彼の剣を振るう様に目を奪われていた。暴力的なはずの光景なのに美しい舞を見ているかのように感じてしまった。そしてその分彼を遠くに見ていた。静溢にして何者も寄せ付けない威圧感を纏う彼の姿なんて初めて見た。

 ノアのことを分かっているつもりでいるなんて浅はかだった。知らない部分が大半だというのに、私は勝手に彼へ親近感を抱いていた。


 大きな手が下りてきて顔を上げると、髪を濡らしたノアが心配そうに私の前にかがみこんでいた。


「怖い思いをさせたな、歩けるか?」

「…………うん、大丈夫だよ」


 おずおずと手を上げるとギュッと握られ、引っ張り立たされた。冷たいだろうとハンカチで彼の髪を拭こうとしたら、目を瞬かせた彼は、手が届くようにと顔を傾けた。


「ノアは強いんだね」


 目を閉じて私に拭かれていた彼だが、くすぐったそうに口元を緩めた。


「いや、本当に強ければ奴隷になどならなかった。昔の俺は自分の強さを過信して傲慢だった。誰の助けもいらない、頼れるのは己の力だけだと」


 ノアはハンカチを取り上げると、今度は私の顔と手を拭い始めた。


「マナは、そんな俺を助けていろんなことに気付かせてくれた。俺はあんたに買われて良かったと思っている」

「そ…………う」


 ハンカチを渡されたのでポケットにしまい、また顔を上げても彼は私を見つめたままだった。柔らかい表情なのに緊張が漂う奇妙さに、私は落ち着かない気分がしてきた。


「ノア?」

「あ、ああ。行こう」


 また私の手を掴むと、彼はそのまま繋いで歩き出した。当たり前のように手を繋がれて驚いたが、また転ばないようにとの彼の配慮だと気付いて、やや前を行く広い背中を見た。顔は見えないが、彼の暖かな手に安心してしまう自分がいる。


 しばらくは何事もなく雨も止んだ。


「今日はここで休もう」


 ノアが辺りを確認して休む場所に決めたのは、木々が少なく拓けた草地だった。焚き火をし、敷いた防水シートの上に座って保存食を取り出していたら、ノアが上着を脱いでいた。


「ぎゃあ」

「見慣れてるだろ」

「い、いきなりだったから」


 枝に濡れた服を引っ掛け焚き火のそばに立てかけ、彼は上着を着替えた。私の反応に照れたのか顔が赤い。そっちこそ今さらだ。


 幸いにも近くにあった岩の裏で私も着替えることができた。串にパンやチーズやソーセージを刺したものを炙って食べると、ちょっとしたキャンプみたいで面白い。

 食べたあとは、彼が私の前の世界について知りたいというのでポツポツと話した。学校のこと家族のこと、どうやってここに来てしまったか、こことの違いについて。

 皆どうしているだろう。考えても仕方のないことだけど、三年も経てばきっと私のことも忘れて生活してるよね。


「……………マナ」

「何でもないよ」


 久し振りに込み上げてしまった涙を慌てて拭い笑うと、ノアが痛そうな顔をする。


 ああ、そんな風に見ないで。同情は嫌い、憐れまれるのも嫌だ。私はこの世界でしっかり生きていける。それなのに…………


「マナ」

「………………」


 感傷的になってしまうのは普段と違う状況で場所だからか、それともノアといるから?


「冷えるな」


 肩に毛布が掛けられて、その直後半ば強引に体を横倒しにされてしまう。


「ノ、ア?」


 同じように私の後ろに寝そべった彼が、毛布ごと私を腕に収めた。


「寒いだろ?」


 つむじの辺りで声がして、私は目を閉じた。


「……………寒い」


 背中に触れる温もりを拒むことはできなかった。肩が震えると、もっと強く抱き締められた。


 何もかも知らない世界で知らないふりして生きてきた。だから誰かに温もりを与えられるなんて思いもしなかった。


「寒いね」

「ああ、俺も寒い」


 温かくて辛いほどだ。







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