雨と魔物と追っ手4
森に入ってから急に雨が降りだした。朝は快晴だったのに天候の急激な変化は、まるで私達に警告でもするかのようだ。
「寒いか?」
「少し、でも大丈夫」
レインコートのようなものを頭からすっぽり被った私はノアの後ろを付いていく。道も整備されていない森なので馬は逃がしていた。
「足も痛いだろうが我慢してくれ。ここらは止まると魔物が集まる」
「うん、いたっ」
言ってるそばから木の根に引っ掛かり転んでしまうとか恥ずかしい。しばらくこのまま倒れ臥していたかったが顔や手足が濡れて気持ち悪い。
「マナ」
後ろから私を起こそうとしていた彼だが急に周りへ視線を投げた。
「な、なに?」
「魔物だ。そこを動くな」
へたったままの私の傍で、ノアがサッと剣を抜き払った。その途端に彼の周りの空気が変わったのを感じた。
雨が枝葉を打ち、水溜まりを跳ねる音に混じり「キキッ」と鳴き声が聴こえた。それが次第に近づき、鳴き声も数を増す。
「うわ」
頭上の枝が大きく揺れて目を向けた。猿かと思う黒い影があちこちから私達を見下ろしている。
だがその目は白目を向いたようで黒い部分はなく、長く鋭い爪をして尾は二股に分かれていた。全身は黒く固そうな毛で覆われていて口は異様に大きかった。遅まきながらゾクッとする。私は魔物と遭遇するのは、これが初めてだった。想像していたよりも気持ち悪い。
二人だけ……………いや、ノアだけで相手にするには数が多い。
リーダーとおぼしき魔物が一際高く鳴くと木々から一斉に魔物が飛び降りてきた。
「きゃああ」
思わず目を瞑ると、私と魔物の悲鳴が同時に上がった。次に目を開けた時には、私を囲む形で魔物の死体が重なっていた。
さっきよりノアのいる位置が私の前にきている。
その手に持つ剣先から緑色の血が雨と共にポタポタと伝う。
驚いたのはあとの魔物も同じだったらしく、一度遠退いて様子を窺うようにしていた。ノアは微動だにしない。しばらく膠着状態が続くかと思いきや、痺れを切らした魔物達が再び一斉に襲いかかってきた。
スウッとノアが動いた。私の目が動きを捉えたのは最初だけ。大きな音も立てずに次々魔物が斬り伏せられていく。
深追いはせず、相手が退けばまた私の傍で彼は待つ。相手が襲いかかれば、それよりも速く迎え撃つ。
ジベルと戦っていた時よりも動きがめざましく素早い。体力の回復でこうも違うとは。
私は彼の異名である『紅蓮の盾』の意味がやっと腑に落ちた気がした。
侵入を阻む強固な『盾』。私の傍を離れないノアの戦い方は正にそれだった。彼は私を守る盾の役割を担ってくれている。




