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雨と魔物と追っ手3

「ここまでしなくてもいいと思う」


 さっきの立て札の件。ジベルの領地外で手配書が回っているということは、リランジュール全体で私達を捜しているということだとノアは言う。事が大きくなりすぎていないだろうか。


「既に死んでいると思っていた俺が自国に戻ったとなれば、褒賞ももらっている手前、奴の沽券に関わるのだろう。それにマナが聖女だと気付いていることを考えれば、その国に存在するというだけで大きな意味を為すからな」

「意味?」


「聖女は神の加護を受けた別世界の人間。つまり神聖なる聖女のいる国は神に守られた国だから他国から一目置かれ権威が増す。そして神聖力の使いようによっては国益に叶う。そういうことでは、マナの力はとても…………魅力的だろう」


 快楽を感じることではなく、治療が魅力的だと言っていると思いたい。


「つまり国に利用されてしまうってこと?」

「ああ、少なくともリランジュールはそうだろう。一年前の戦争だって向こうが先に仕掛けてきて…………」

「何?」


 不自然に黙った彼だが、私のすぐ背後で馬に乗っている為に表情は窺えない。


「……………マナは、この世界に初めてやって来た時、どこにいたんだ?」

「ラグナだけど」


 ラグナは、リランジュールとシュランバインの端に挟まれた小さな国だ。一度地図を見たことがあるが、二つの国は、ちょうど北側がチューリップのように花開いた形で南側がくっていている。ラグナは北側の両国の間にあり雌しべのような形をしている。


「そうか」

「え、何?」

「いや」


 ポン、と私の頭に一度手を置いた彼が、その手で先に広がる森の入り口を指差した。


「町や主要な道を通るのは危険だ。この森を抜けようと思う」

「うん、分かった」


 話を変えられた?

 気になったが、ノアは私に必要な時に必要な情報を与えてくれる。彼が話さないことは今は必要じゃないということだ。

 常に守られているせいか、いつの間にか彼を信じきってしまっている。

 悪い傾向だ。私を恩人として接してくれている彼を保護者のように頼っている。

 自立して一人だけで生きるって決めたはずだ。彼も国に戻ればすべきことがある。その時は迷惑をかけないように、また小さな家とお店を持って以前のように暮らせたらいいな。


「マナ」


 後ろから、指が私の頬を軽く撫でて驚いた。


「あ、ぼうっとしてて………」

「………………いいんだ。もう一度言うが、この森は国境を跨いでいる上に警備も薄い。距離はあるが、突っ切って行こう」


 ノアは僅かに沈黙したが問い質すことなく話した。


「だいぶ広いの?」

「おそらく3日ほどかかる。迷いやすいし昼間でも暗い。その上、獣や魔物が出る」

「ふうん、え?!」

「だからこの森を通過する者は滅多にいないし、警備も手薄だ」


 魔物は獣とは違う。風や光の届かない場所に滞留した気を瘴気といい、その瘴気が年月を経て魔物に変化するという。様々な形をとるが、血や肉を好み狂暴なのは共通だ。


「ノア」

「俺は何度も魔物討伐の経験がある。マナには掠り傷一つ負わせないから大丈夫だ」


 さすがに心配になる。ゲートでの鮮やかな剣さばき

 を目にしたし、『紅蓮の盾』というからにはきっと強い。私が足手まといにならなければいいが。


「ノアも怪我しないで、気を付けて」

「ああ、だが俺は少々の傷ぐらい平気だ。それに怪我しても……………い、いや何でもない」


 ノアの声にうっすら期待が滲むのは、私の気のせいではなさそうだが聞き流しておく。不謹慎ながら私も内心『また拝めるかも、きひひ』と思っちゃったから。










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