雨と魔物と追っ手2
足が軽くなった。昨日マッサージしてもらったお陰だ。でも何か腑に落ちない。
「………………ノア」
朝食のクロワッサンらしきパンを食べつつ、向かいの彼を窺う。窓の外の様子を眺めていた視線が「何だ?」とこちらへ向く。
「昨日は足揉んでくれてありがと」
「ああ、楽になったか?」
「うん、あの…………私途中で寝ちゃったけど…………」
何かした?とは聞けない。気持ちが良かったのだけは覚えているが、その後エロイ夢見たとか言えない。
太腿にキスされたり、脹ら脛の柔い部分を吸われたりとか。ちょっと舐められた気もする。
「私、寝言うるさかった?」
夢で喘ぎ声出しちゃったような気がする。あれは夢の中でだったのか、寝ながら声出しちゃったのか、そもそもどこから夢だったのか。
「いや、気にならなかったが」
「そ、そう」
特段変わりなく、珈琲らしき琥珀色した飲み物を優雅に嗜む彼。
自らのこめかみ辺りをペシッと叩いておく。
「何してる?」
「別に」
もう忘れよう。気のせい、いや妄想だ。私も成人女性だからイケナイこと考えたりとかありますよ。
雑念を振り払いがてら、目の前のオムレツを頬張ることに集中する。
「く…………」
喉を鳴らすような声に目を上げれば、また窓の外を見ながらノアが肩を震わしている。
「なあに?笑ってるの?」
「いや」
笑うのを我慢しているようだ。口許を腕で隠し、チラッと私を見るのにムッとする。
「私がどうかした?」
「いや、かわ………面白いと思って」
一人百面相をしていただろうか。
ノアは笑いを噛み殺し、詫び代わりに自分のヨーグルトを差し出してきた。
上手く丸め込まれた気がするが、私自身後ろめたい気分があり墓穴を掘りそうで深く追及しないことにした。ヨーグルトを食べ、荷物をまとめて宿を出たら快晴だった。
私だけを馬に乗せてノアが手綱を牽き人通りが多い道を通っていく。冷えを含む空気と眩しい陽気が心地好く胸いっぱい呼吸をする。もう淫夢は忘れよう。
途中で立て札のような物が設置してあり、何人も足を止めて眺めている場面に出会った。
よく時代劇に出てくる立て札に似ていて、文字と二人の男女の似顔絵が描かれていた。
「凄い不細工な絵」
子供の落書きだろうか。鉤鼻、つり目、裂けた唇、ボサボサの髪の男女は人間じゃないのかもしれない。
「何て書いてあるの?」
「……………………離れよう」
馬の首を横に促し、ノアは早足でその場から遠ざかろうとする。
「ノア?」
人の波が途切れ、喧騒から離れた町外れまで来ると、彼はようやく私を見上げた。
「既に手配されている。あれは俺たちを捜しているものだった」
「嘘」
あんな不細工な顔じゃない!
私の動揺を見て、真摯な顔をしたノアが「落ち着いて聞いてくれ」と念を押した。
「あれに書いてあったことはこうだ。『赤い目で赤い髪を黒に染めている可能性のあるノアと名乗る若い男と、茶色の髪と目のマナという女を捜している。尚、女は神聖力を使う。その力は快楽に特化しており、仮に快楽の聖女と名付けておく』」
「そんな!」
「大丈夫だ。日付を見る限り今朝手配されたばかりのようだから、まだ気づかれないだろう。急いで離れよう」
青ざめる私に彼は冷静に語りかける。
「ノア、私違うから」
「え?」
涙目の私に、彼は瞠目する。
「私、快楽に特化してないから!快楽の聖女じゃないから!」
「それは……………いや、まあ」
言葉を濁し、彼の視線がさ迷う。
「違うの、快楽が主ではなく治療が主で」
「その、マナの力はスゴいからな」
褒める方向が違う気がする。
項垂れる私を宥めるように片手で支えながら、ノアは馬を進めた。
「快楽は付属だから。たまに私も分からなくなるけど神聖力で治療して悦んで、ちがっ、喜んで、私が楽しむんじゃないから」
自らの名誉の為に、ぶつぶつと言い訳がましく墓穴を掘っていたら、ノアが「くくっ」と喉を鳴らしてまた笑う。
「俺はマナといると、どんな状況も大したことない気がする」