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死にかけの奴隷2

 とにかく死ぬ危険は遠退いた。


「さて、ではでは」


 この意識の無い体をどう弄んで……………ではなく、綺麗にしたい。弟と妹がいたのだ、世話好きな性分がウズウズする。


 桶に熱めの湯を張り、何枚もタオルを用意してそれで湿らせ手足と上半身を拭く。汚れたら違うタオルで拭き、洗面所で湯を入れ替えて、まとめてタオルも洗う。

 ろくに食べてないのだろう。あばらが浮いているのが痛々しい。戦争捕虜と聞いている通り、元は鍛えられていたのだろう。体格はしっかりとして長身なだけに憐れだった。


 何度も繰り返して顔の汚れを拭き取ると思ったよりも整った顔立ちが現れた。


 まだ若い、二十代半ばだろう。すっと通った鼻筋に、気が強そうなきりりとした目と眉。引き結ばれた唇には品のようなものがあった。肩まで雑に伸びた髪を、浅い桶に付け入れて丁寧に櫛梳りながら固まった血を落としていけば、深い赤をした髪色だと気付いた。眉や睫毛の色からしてそうかと思っていたが、予想よりも濃い色合い。


 こんなに鮮やかな赤髪、日本人で田舎に住んでいた私には珍しくしげしげと眺めてしまう。この世界でも人種や国によって金髪や黒髪や茶髪は一般だが、赤はあまり見かけない。それに彼に良く似合っていた。


「………………ベリティス(きれい)


 この世界で最上級の美を表現する言葉を呟く。

 ピクリと彼が肩を小さく揺らした。まだ快楽の名残が抜けてないようだ。


「こんにちは!マナちゃん、いる?」

「あ、入って入って」


 もう夕方か。この時間に配達してくれる近所の食料品店のお兄さんの声に、ちょうど良かったと思って呼んだら、何度か入ってもいいのかと確認して遠慮がちに部屋へ入ってきた。


「うわっ、何これ」


 髪を少しだけ切り調整して、ドライヤーぽいもので風を送り乾かしているところに近付き、お兄さん…………ジャックは茶色の瞳を細い目蓋から精一杯ちらつかせ、驚きとも怖がっているともつかぬ声を上げた。


「ちょうど良かった。奴隷を買ったから、体を綺麗にしたいんだけど手伝ってもらえる?」

「え、待って奴隷?え、マナちゃんが、奴隷を?!」

「あ、えと、買いたくて買ったわけじゃなくて、奴隷にしたいわけじゃなくて」


 ジャックの『マナちゃんはそんな子じゃない』という眼差しを受け慌てて弁解している間に、彼が首輪に目を移した。


「マジかあ」


 不自然に語尾を上げて、ジャックが顔を覆う。


「ジャックさん………………ジャックさん、この人の……………下半身の着替え手伝って欲しくて」

「なんてこと…………!マナちゃんが!」


 何で!?

 私は悪いことしてないはず。


「ごめんね、僕にはできない!」


 ふらりと帰ろうとするのを、腕をガシッと掴まえる。


「待ってよ、私じゃムリだからお願い」


 150センチ代の身長の小柄な20歳娘の力では、そこのところもだし、いくら痩せているとはいえ脱力した長身の男性を着替えさせるのは大変な労力だ。さっきの治療でも体を横向きにするのも大変だったのに。


「僕もムリ」

「どうして」

「こんな光景を見るはめになるなんて。ま、マナちゃん、僕信じられない。ごめん」


 私より年上のお兄さんが涙をちょちょ切れさせながら、現実から顔を背けようとする。


「ねえジャックさん、どこか痛いところある?」

「え」


 こんなことで釣りたくはなかったけれど、やはりジャックは私の言葉に出ていこうとする足を止めた。


「……………ただとは言わないよ、ね」

「そ、そう?実は指……………荒れててさ。ほら、水仕事するから」

「それは痛いね…………」

「うん、痛いなあ」


 ぽっ、と頬を染めて恥じらうジャックが指をそろそろと差し出してきた。これは仕事だと自分に言い聞かせながら、彼の喘ぎを遠くに聴いた。








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― 新着の感想 ―
[良い点] イケメンのあらぬ声や姿がたくさん出てきそうで、ワクワクしちゃいます! [一言] 更新、楽しみにしてます!
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