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越境3

「桜を見に行こう」と友達に誘われたのだ。


 高校の裏には山があり、途中に神社があるそうだ。そこには湖があって湖岸には桜がひしめくように咲いて現実じゃないと思うほど綺麗なのだと。

 電車通学の私は知らなかったが、地元で高校に徒歩で通う友達は、知る人ぞ知る穴場だと鼻息荒く誘ってきた。

 茶道部が休みの放課後に、私は友達三人で神社に行くことにした。

 階段があり道も整備されていて足を取られることはなかったが、思ったよりも歩いた。白い鳥居を抜けると本殿を回った先で急に視界が開け、確かに湖と多くの桜があった。


 時間帯のせいか自分達以外人はいなかった。春霞の薄白い空に薄紅が舞い、空を映した水面に落ちていく。湖を回りながら、桜ではあるが桃源郷とはこういう光景なんだろうかと思った。


 友達が湖の一ヶ所を指差し「何かある」と言い出して、どこだろうと一歩足を水面に近付けた時だった。

 ぬかるんだ地面で滑って湖に落ちてしまった。


 驚いたというより不思議だった。岸辺で浅いはずなのに、どんどん沈んでいく。泳ぎはそこそこできたのに、全く浮かび上がることはできなかった。何より水の中にいるはずなのに呼吸ができた。


 頭上の光が遠退き真っ暗になった。足に固い物が触れたのを感じた時には、この世界にいた。


 ああ、この感じ似ている。未知の場所に踏み込む不安、恐れ、戻れないかもしれない悲しみ。今と一緒だ。


「……………わ」


 目を覚ますと、いきなり赤い瞳とかち合った。


「あ………悪いな」


 気まずそうに離れるノアを見て、私は目を擦って起き上がった。

 途中で仮眠する為に小川の近くで横になっていたのだった。野宿なんて眠れないだろうなと思っていたが、ふかふかの苔が布団がわりに敷き詰められた地面は案外快適で眠っていたようだ。


 それにしてもあんな昔の夢を見るなんて、小川のせせらぎのせいだろう。最初に来た頃は何度か見たけれど随分見なくなっていた。あの時花見に誘ってくれた友達の顔も思い出せなくなってきている。

 たぶん、ここでの暮らしに順応しようと必死だったからだ。


 ところで…………ノアは私の寝顔を観察していたのだろうか?

 毛布を畳みながら、小川で顔を洗う彼をチラッと見る。

 恥ずかしすぎる。どんな間抜けな寝顔を晒してたんだろう。


「目の色、茶色なんだな」

「え」

「珍しいなと思って」


 頬を掻く赤い瞳のお兄さん?あなたの方がかなり珍しいと思いますよ。ここでは私の平凡な色合いが意外に少ないのは確かだけど、闇夜でも妖しく光って見えるし、やけに目力あるし、二つ名の『紅蓮』の由来だよね。


「私はノアの目の色が珍しく思うよ」

「北国の方では割りといるらしいが、まあこの辺りでは少ないな」

「そっか」


 母方の先祖は北国の人だと話す彼に、私はふと気になった。さっき私の目を観察しようとしてたの?え、半目だった?それとも目蓋を抉じ開けようとしてたの?気まずくて聞けない。

 でもそんな好奇心があるなんて意外だな。


「昨日はその……………醜態を晒してしまったな」

「え、ああ。気にしないで」


 神聖力をかけた時のことだと察しがついた。正気になると恥ずかしいだろうな。あんなあられもなく悶えて自分の声じゃないような艶声とかだだ漏れしちゃうとか、あー、私聖女じゃなくて性女なんだろうか。


「仕事で慣れてるから」

「いや、そうじゃなく」

「もう4回目なんだからいいじゃない。少しずつ異なるパターンだったけど」

「いや…………え、数えてたのか」


 自分の両手を前に出しかけて、ノアは何とも言えない顔をして手を下ろした。


「ノアも慣れた方がいいよ。機会がないのが良いに決まってるけど、私はノアが怪我をしたらまた治療するから快感ぐらい気にしないで」

「そ、そうか。感謝する」


 背を向け気味に言う彼の姿は、どこか痛々しかった。


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