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越境2

 抑えきれず漏れ出ていた声が聞こえなくなり、荒い息遣いだけが暗い森に残った。

 傷が塞がったのを見て神聖力を流していた手を放すと、ノアの頭がくたりと私の肩に寄り掛かってきた。


「ノア」

「は…………はあ、ん、は………」


 快楽に悶えてかき回された私の髪はボサボサになってしまった。背に回した手で落ち着かせるようにトントンと叩くと、ノアはその度にピクピクと体を震わせる。

 余韻の波を感じたままの彼は、目元を紅潮させ目蓋を閉じている。

 あんなに切なく何度も名前を呼ばれて、私も雰囲気に酔ったようになっている。


 吸い込まれるように、彼の小さく開いて濡れた唇を見つめる。時折わなないては熱い息を吐き出すそこに、キスをしたいと欲が湧いていた。


 あー、チュ―したい。


 試しに頬を撫でて、偶然触れてしまったように親指で唇をつつくように押さえてみた。ふにふにしていた。


「ん…………」


 眉根を寄せて呻く様子に、こっちが悶えそうだ。

 ふお、可愛い!どうしてくれよう!


 悪戯心が加速しそうになっていたら、ノアが薄く目を開けた。


「マナ…………すまないな」

「へ?」


 ぐったりとしたまま、彼は罪を犯したように一度苦しげに目を瞑る。


「俺のせいで、こんなことになって恨んでるだろ」

「え?そんなわけないでしょ!」


 ノアをおかずに不埒なことを想像していた矢先、後ろめたさで勢いよく首を振っておく。


「ノアは助けてくれたでしょう。そりゃあ、お店のこととか予約してくれてたお客さんのこととか、残してきた売上金とか家のローンの支払いとか、保冷庫の生鮮食品は終わったとか、洗濯し忘れた下着………」

「悪かった。あんたが今まで培ってきたものを台無しにしてしまった」


 謝りながらもノアの手は私を囲ったままで、それが幼子がすがり付くように思えると、私はゆっくりと平常心を取り戻した。


 さっきのは、強烈で強制的にもたらされた快楽の感覚に高揚して私を抱きしめてきたに過ぎない。名前を呼んだのは喘ぎ声を誤魔化す為だし、その声が切なく甘く聴こえたのは快感を逃すためだ。

 私に向けられたものじゃない。誤解してはいけない。


「もういいから。私はノアを恨んでいないし、これは仕方ないことだよ」

「そうか」


 怪我をしてまで私を守ってくれた彼を責めるはずがない。ノアがいなければ今頃ジベルをアンアン言わせていたはずだ。私がではなく。


「この力を使って仕事をしてたから、いつかは誰かの目に止まってしまう危険は何となく感じてたんだよね」


 今まで客が私の力を怪しまなかったのは、気持ちが善すぎるからだ。わざわざ吹聴して私が力を使えない状況に陥ったら自分達が困るから。もしかしたら禁断症状が出たりするだろうか。


「それは神聖力だな」

「うん、やっぱり分かるよね」


 動けるようになったノアが凭れていた私から離れ、近くの木に背中を預けた。


「……………聖女」


 思わずビクッとしたら、彼はやはりと言ったふうに私を見る。


「違う世界から招かれた人だけに授かる神聖力…………ギフト。マナは聖女なのだろう?」


 否定はしない。『聖女』と呼ばれる者だとは知っていたが呼ばれたくなかった。特別はいらなかったから。


「そうだとしたら、どうするの?」

「あんたは尊ばれて守られるべき存在だ。きっと俺の国で保護してもらえる」

「…………………」


 嬉しくはない。望むのは平穏だから。


「マナ、俺を見てくれ」


 俯いてしまう私へと手が伸びてきて乱れた髪を整えるように漉いた。その手が私の手を掬うように上げる。


「約束しよう、あんたの日常を俺が取り戻す。だから信じて付いてきて欲しい」


 手の甲に唇を落とし、ノアは誓ってくれた。


 私へと向ける真摯な赤い瞳にドキリとした。まるで傍にいて欲しいと懇願されたように錯覚したから。


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