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日常からの逸脱

 またからかわれている。そう思ったのだが、額を付き合わすように見ている彼は笑ってなんていなかった。


「……………ノア、こういうのはやめて」

「あんたは人が良すぎる。だから」

「私が!ノアを襲いたくなるからやめて」

「そっちか」


 よく考えましょう。色気を振り撒いて煽っていたのはノアの方だから。


 顔が離れていきホッとしたのも束の間。両肩を大きな手で掴まれた。そして右の首筋にピリッとした痛み。


「んっ、ノ…………ア?!」


 彼の唇が私の首を食んでいる。


「男除けだ。それに悔しいからな」


 スルリと身を起こし、彼は何事も無かったように部屋を出て行った。


「え…………」


 吸われた。多分痕を付けられた。


 もしもし、男除けって、あなたも男だってさっき言ったじゃないですか?というか、これ見せながら働くのムリだからね。悔しいって何ですかね?!


 唇が触れたところがジンジンと熱い。指を触れて確かめて、長い間固まっていた。


 ****************************************


 寝不足なのは誰のせいでしょう。


「あああ、効くわああ」


 子育て中のお母さんの肩と腰の痛みに神聖力を掛ける。いつもご苦労様です。


「うはあ、ううう」


 今日はジャックも来店。


「あ、お客様、腹痛は治せません」


 お腹を押さえた子供連れには病院をお勧めしておく。私は病気は治せない。骨や筋肉、皮膚や血管の修復………つまり怪我全般の治療はできるのだが、内臓疾患や風邪などのウイルス系はできなかったりする。

 考えたら微妙な力だ。でもこの力のおかげで生活できているのだから感謝せねば。


 休憩時に、ぴっちりとした立て襟を弛めて鏡で首をチェックすると、キスマークは依然くっきりと残っていた。


「……………うわあ」


 こんなん付けられたの生まれて初めてです。

 ぺちぺちと首を叩いて正気を保つ。

 誤解してはダメだ。彼は私のためにわざと付けたんだ。深い意味はないから、ないない。


「居るか、マナ」


 自分だけだと油断していたから、掛けられた声にビクッとなって、振り向いてげんなりした。


「い、いらっしゃいませ」


 あの貴族の敏感体質男が、入り口に立っていた。


「あの、まだ開いてないのですが」


 午後の治療時間開始には30分以上ある。


「好都合だ、今から頼む」

「え」


 話聞いてます?


 スタスタと奥に入って行くのを呆気に取られて見ていたら、早く来いと促される。

 今日は従者は外に待たせているのか一人だった。


 気分を害されては困るので仕方無く治療室に入ると、寝台に座った男がいそいそと上半身裸になった。


「どうしたんです」

「うっかり怪我をしてしまってな、早く治療してくれ」


 胸の辺りに巻かれた包帯に驚いていると、男が包帯をさっさと取り去った。


「……………うっかりですか」

「うっかりだ」


 刃物で左右縦一文字に浅く付けられた傷は、どうやってつくのだろう。漫画か?


「あの、ご自分で傷を作ったとかではないですよね?」

「そんなことはいい。早く、早くしてくれ」


 真正の変態だったか!


 期待に満ち満ちた顔は、それでも造作がいいもんだから絵になる。


「早く、マナ」

「う……………分かりました」


 胸の傷に手を当てると、興奮からか息が既に乱れていた。


「もう怪我しないで下さいね」

「は、はや、はやく」

「分かりましたか?」

「マナ、はやっ、くう」

「返事は?」


 モゾモゾと足を擦り合わせながら男は、こくこくとキツツキみたいに首を素早く縦に振った。


「わざとこしらえた傷は分かりますからね」

「もう、もうっ」

「いいですね?」

「お、まえっ」


 たっぷりと焦らすと、震えながら涙を湛えている。


「わか…………った、許せ、だから、お願いだから」


 これで快楽を前にしては、私の立場が上だと認識しただろう。


「マ…………ナ、はやく、し……ああああ!ひっ、ああっ、うくうう!こ、これ、あ、はああっ、これ、まって、ああ」

「ふふ、イイようですね」

「い、イイ!いいーっ」


 ここは癒しのお店。SM倶楽部ではありません。












サブタイトルはシリアスです。

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