エピローグ
前回のあらすじ
ハッピーエンド!
魔界の空は分厚い雲に覆われ、いつもどんよりとしている。薄暗い空の下、見渡す限りの荒野を魔王は歩いていた。照り付ける日差しもなければ、冷たい風が吹くでもない、しかし、微妙な湿度が不快感を煽る。
準備を整えて行使した異世界送還魔法。その結果は、結局ハナコを送還することができなかった。魔王は自分が構築した魔法が失敗作であったことが気に入らず、魔法を完成させるべく魔王城を発ったのだ。
魔王は去ったが、魔王城には娘であり、次期魔王となるロザリクシアがいる。まだ実力が伴わないので、伯母であり魔界一の賢者であるアンネが師匠として修行をつけるようにお願いしてきた。
魔界を動かす内政は魔王城に帰ってきた母親が担当し、ロザリクシアの夫であるジューディアは外交の要として精を出している。アングリフ、ケラヴス、ヴァルストの四天王もロザリクシアを支えてくれるだろう。
クーデターを起こした反人間側の魔族は再教育を行っている最中である。主犯であるエレジア、シュトゥルム、フレデリカ、トルエノは更生として城内の掃除から始めさせている。
後顧の憂いを断った魔王は魔法の完成に集中することができるのであった。
古い文献を調べるうちに、異世界の口伝を伝承しているという部族の存在を知った魔王は、この広大な荒野を抜けた先にある隠れ里を目指していた。
「どこ見ても、荒地だけ。もう荒野は嫌だよ」
魔王の後ろから勇者ハナコのぼやきが聞こえてくる。
ハナコの言う通り、砂っぽい地面には草一本も生えていない。どこを見回しても、あるのは小石程度である。そんな行軍に嫌気が差しているようだった。
異世界に通ずる者として、魔王はハナコの同行をお願いした。魔法を完成させるには、どんな情報でも欲しかったからである。異世界側から、魔界側から、それぞれの観点からの意見が必要だと考えていた。
「魔王様、勇者は無視して先に進みましょう。この旅に勇者は必要ないかと」
さらにハナコの後ろに控えていた大臣が進言してくる。疲れ果てたハナコとは違い、汗ひとつかくことなく、平静を保ったまま魔王に付き従ている。
策略とはいえ、魔王を裏切り、魔王城を差し出した大臣は、その職を辞していた。行く宛てのない彼女は、魔王の出立を知り、勝手についてきたのだ。その姿は魔王のいない魔王城に用はないと言わんばかりだった。
文句を言って屈みこんだハナコに、水筒が差し出される。
「ほら、水でも飲みなさい。まだ先は長いんだから、この先が大変よ」
ナディスから水筒を受け取ったハナコは喉をならしながら、水を呑み込んでいく。
ハナコと魔王が二人になることを心配したナディスもこの旅に加わっていた。魔王がハナコをどうにかするとは思えないが、どこか危なっかしいハナコを一人にさせることはできなかった。大臣が来ることを知っていたら、わざわざ参加する必要はないと、少々後悔している節がある。
「ハナコよ。今まで世界を股にかける旅をしてきた割には情けないな」
魔王は久しぶりに自分が優位に立つことができて調子に乗り始めた。
ハナコの道中は、ジューディアの過剰なほどの世話があって特に苦労することはなく、アンネの魔法によって常に快適な環境が整えられていた。
「ちょっと甘やかし過ぎたかもしれないわね」
ナディスは今までを顧みて苦笑いを浮かべた。
「ナディスも何言ってるのさ、全然甘やかされてないし! いつも勇者として先頭に立ってきたし!」
「いや、今の疲れ切った様子を見れば、誰もがそう思うだろ」
魔王はマウントを取ったとばかりにハナコを煽る。こんな機会はほとんどなかったために、力の加減も解らずにおちょくった。
「フン! 魔王さんが魔法を完成させようとしているのって、あたしがいたら最強を名乗れないからじゃない?」
魔王はかつてない意趣返しを受けて、目を見開いて歯を噛み締める。ハナコの言うことなど、大したことはないと、概ね受け流していたが、今回ばかりは許すことができなかった。それでも精一杯の強がりで、平然な風を装った。
「はぁ? 別にそんなことないし」
「……いえ、魔王様は勇者に勝ったことはありませんね」
間髪入れない唐突な大臣からの裏切り。大臣を睨みつけるが、涼しい様子で顔を背けた。さすがの魔王もこの扱いには堪忍袋の緒が切れそうになる。肩をぷるぷると震わせて、その屈辱に耐えようとするが――耐えられる訳がなかった。
「何を言うか! 魔王である我が、たかが勇者などに負けたわけがないだろうが!」
魔王の渾身の叫びがただっぴろい荒野に響き渡った。
「いや、いつも負けてたじゃん」
ナディスがため息まじりに呟いた。
おしまい
ご愛読ありがとうございました!
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