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第56戦・大団円

前回のあらすじ

魔王、魔王城を奪還する。

 恋人の聖地『ラスト』にある由緒正しき『邪神社じゃじんじゃ

 いつもは恋人や観光客でごった返す境内は、いつもと客層が違う。魔界の重鎮に地上の重役が集う、魔界でも類を見ない面子である。

 今日という特別な日を祝福するかのように、魔界では珍しい明るく晴れ渡る空。青空に誘われるように白い小鳥が鳴きながら宙を舞う。


 邪神像の前には背を向けるように人間の神父が、それに向かい合うようにして二人が立っていた。一人は白いウェディングドレスを着た女性。もう一人は白いタキシードを着た男性。

 この『邪神社』では新たな夫婦が生まれる結婚式の真っ最中であった。


「新郎、汝は病めるときも健やかなるときも、愛をもって互いに支えあうことを誓いますか?」

「はい、誓います」


 神父の問いに、男は答える。


「新婦、汝は病めるときも健やかなるときも、愛をもって互いに支えあうことを誓いますか?」

「はい、誓います」


 神父の問いに、女は答える。


「よろしい。では、指輪の交換を……」


 男は赤い宝石の指輪を女の薬指に嵌める。女も男の薬指に嵌めた。

 今ここに、新たな夫婦が誕生した。




「うおおん、うおおん、ロザリー! ロザリー! うおおん、うおおん」


 恥も外聞も捨てて魔王は大声をあげながら泣きわめく。その様は娘を送り出す父親には見えず、子供のように駄々をこねているようにしか見えない。

 涙は滝のように流れ、顔がくしゃくしゃに汚れきっていた。そんな魔王にそっと、ハンカチが差し出された。


「はい、魔王さん、ハンカチだよ。これで顔を拭いて」

「おお、すまんな……ずびずばー」


 ハナコより受け取ったハンカチで鼻をかむ魔王。その隣にはいつものように澄ました顔の大臣が立っていた。


「魔王様、娘の結婚式で泣き過ぎです。見ているこっちが恥ずかしいです」


 平静を装っていても少し気になっていたのか、横目で魔王を眺める大臣は少し恥ずかしそうだ。感極まることはあるだろうが、それでも大泣きのし過ぎである。


「大臣殿、娘の嫁入りという一大事です。泣かせてあげてください」


 いかつい竜の顔面をしたアングリフの目尻が少し濡れている。この目出度い日に心揺さぶられるのは、魔王ひとりだけではない。ロザリクシアと同齢であるアングリフも思うところがあったようだ。


「……そうですな。とても目出たいことです……ぐす……いや、歳をとると涙もろくていけませんな」


 歳が離れて孫に近しいロザリクシアの婚姻という門出は、ケラヴスにも特別な意味を持っていた。百戦錬磨のケラヴスも子供をもつことはないが、まるで我が子の門出を見たといった感じで感情が昂っている。


「ナディスにもこの晴れ舞台を見せてやりたかったのじゃ」


 魔王の伯母、ロザリクシアの大伯母となるアンネことアンネリーゼは、魔王城での戦いを思い起こしていた。あの戦いは壮絶であり、少なからず犠牲者が出た。ナディスもその一人である。


「あの後……亡くなったんだよね」


 ハナコがぽつりと呟いた。


「いやいや、死んでないし! 勝手に殺すな! 確かに死にかけたけど、アンネが治療してくれたじゃない」


 犠牲者には違いないナディスが大声をあげる。

 DDDとの戦いで重傷を負ったが、アンネの法術で無事に完治していた。それは、魔王城で戦った者全員にいえた話ではあるのだが……


「ははは、冗談じゃ。ただの戯れじゃよ」


 ナディスは、はぁ、と溜息する。


「まったく、娘が嫁入りしたぐらいで泣くんじゃないわよ、みっともない」


 同胞の数々の結婚を見てきたナディスは慣れたものだった。本人は未婚のため、その重要性にピンと来ないだけのようだ。


「相手があの筋肉ダルマだぞ、あんなのにロザリーが奪われるとは……これが泣かずにいられようか」


 一同は、そこが問題だったのかと内心で納得していた。


「まぁまぁ、ロザリクシア様は嬉しそうだし、いいじゃないですか」

「……誰?」

「僕です、錬戦ヴァルストですよ!」


 魔王はどうでもいいと、彼のことを意識から外した。


 今日の『邪神社』は魔族と人間という異種族の結婚ということもあって、人間も入り混じって今日という日を祝っていた。国王という国の主は来てないにせよ、将軍、大臣などの重役も参加している。ハナコが旅の途中で出会った人々もこれを祝い、集合していた。


 しかも、ただの異種族というわけではない。魔界を統べる魔王の娘、元ではあるが王国の神官を務めたことのある僧侶との結婚である。魔族と人間が手を取り合うことのできる、世界の第一歩になることは間違いないだろう。


「ハロー、息子ちゃん。相変わらずのようね」


 突如現れた女性が魔王に話しかけてくる


「お、お母様!」

『お母様!?』


 魔王の母親の登場に、一同が驚き叫んだ。

 アンネを除く全員が魔王の母親とは初対面であり、予想より気さくな人柄に動揺を隠しきれない様子だ。


「いやー、息子の結婚式より先に、孫の結婚式を見ることになるなんてね。人生って本当に解らないわね」


 気楽に笑う母親とともに今日の主役もついて来ていた。


「パパー! それに、みんなも!」

「お義父様も参加していただきありがとうございます」


 気楽に手を振る新婦のロザリクシアと、緊張してガチガチになった新郎のジューディアが現れた。皆が拍手して受け入れる中、一人だけふんぞり返って歓迎しない人物がいた。


「誰が父親だ! 貴様なんぞに娘を! ロザリーを……」


 ドゴォ、という無言の腹パンを受けた魔王はその場に倒れ込み、泡を吹いて動かなくなった。

 腹パンをかました母親に、さすがは魔王の血族だ、と誰もが思った。


「あらあら、早くひ孫の顔が見たいわね」

「任せてよ、おばーちゃん。きっとすぐにみられるよ!」


 二人がじゃれつく姿を見る皆の表情は柔らかで幸せそうであった。


「二人とも、おめでとう! よかったね、ジューディア」

「ははは、さすがに照れるな」

「そう赤くなるな、タコみたいじゃぞ」


 新たな伴侶を得たジューディアは恥ずかしがりながらも嬉しそうな笑顔を見せる。その表情は頭と同じく光り輝いていた。勇者一行はジューディアを囲みながら、賑やかに笑い合う。


「ロザリクシア様、おめでとうございます」

「もー、グリっちはいつも通りの話し方でいいよ」

「いいえ、貴殿は魔王の娘、次期魔王ですからな。ここは畏まらなければなりませぬ」


 四天王一同は、勇者一行にも負けず劣らず賑やかに騒ぎ合う。


 その様子を遠くから見つめる二人がいた。


「……ねぇ、本当に人間と魔族が一緒に暮らせると思う?」


 壁にもたれかかり、腕を組むナディスがぽつりと漏らす。表向きには笑顔を見せているものの、胸中は複雑であるようだった。それは、自問しているようにも見えた。


「それは、これから判ることです」


 同じように壁にもたれかかる大臣が平静な様子で応える。お互いに独り言を呟いたようなものであったが、二人とも同じような疑問を懐いていたようである。



 賑わい騒ぐ『邪神社』内で、気絶して動かなくなった魔王を、唯一母親だけが眺めていた。腹パン一発で気絶するほどの軟弱な息子を見て軽く溜息をついた。


「さて、息子ちゃんの結婚式はいつになるのかしらね」


 母親は呟くと、ぐるりと辺りを見渡す。

 ジューディアとじゃれ合うハナコに、壁にもたれかかって騒動を外から見つめるナディスと大臣。この三人を眺めていた。


「まだまだ先になりそうね」



 この度の結婚で、地上と魔界は事実上の同盟を成立させていた。地上と魔界にはまだわだかまりがあるとはいえ、一旦の終結を迎えた。それが悪い結果になるのか、良い結果を招くのか、それはまだ誰にも解らない。それでも、唯一はっきりとしたことがある。

 魔王と勇者が戦う理由がなくなったのだ。

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