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第54戦・魔王、失敗する

前回のあらすじ

意気揚々と新魔王に挑む魔王だったが、無様に返り討ちにあう。

 宝剣『魔開まかい

 魔界創世の神話に出てくる剣であり、由来は何もない地下を魔神が斬り開いたことで魔界が生まれたと謳われるのもだ。

 この宝剣は魔神が使用したものであるという信憑性はほとんどないとはいえ、魔力を無効化するという特性を有している。この宝剣の魔力を完全に無効化する力は、勇者の異常な筋力を除き、この世界で唯一魔王の『絶対結界』を破ることができる。

 その宝剣『魔開』は今、新魔王エレジアの手にある。


 エレジアは魔王の腹に突き刺さった宝剣『魔開』に力を込めて傷口を広げていく。今までの屈辱を晴らした歓喜によって破顔するエレジアは何度も剣を抜き差しした。その度に、魔王の口から血が零れる。


「人を散々雑魚扱いしてくれましたが、この宝剣『魔開』が私に力を与え、こうして貴方を追いつめることができました」


 魔王は傷を抉られる不快感に顔を歪めエレジアを睨みつける。その様がさぞ気分がよかったのか、エレジアはさらに剣を持つ力を強めると、魔王の口から呻きが漏れた。


「雑魚にいたぶられる気分はどうですか? プライドの高い貴方にとって、これ以上の屈辱はないですよね」

「なに、どうということはない。貴様のような武器によって力を得ただけの奴に、このわれが負けるわけがない」


 気丈に言う魔王であったが、実のところギリギリの状況まで追いつめられていた。『絶対結界』により、肉体的ダメージをほぼ受けてこなかった魔王にとって、剣を刺された腹部の痛みは耐え難いものだった。

 悪寒による冷や汗も止まらず、痛みに耐えるだけでも体力を消耗していく。魔力が枯渇したせいで、肉体がまったく回復しない。軽口を叩くのも限界が近い。それでも、弱みを見せるわけにはいかなかった。


「馬鹿な人。自分の弱点であるこの宝剣を、よりによってこの城の宝物庫で大切に飾っているなんて、とんだ間抜けな魔王だわ」


 エレジアの嘲笑ちょうしょうを魔王は失笑で返す。


「馬鹿は貴様だ。魔界の神話に由来する歴史的な価値のあるモノを、自らの命惜しさに破壊するなど愚の骨頂。魔王としては下の下だぞ」


 魔王のあざけりに、エレジアの顔が激高に変わっていく。見下ろしていたはずの相手に、いつの間にか見下されている。それがエレジアの怒りを増幅させる。


「黙れ!」


 魔王に刺さっていた『魔開』を横に凪ぎ、右の脇腹を完全に切り裂いた。筋肉の支えを失った魔王は右前方へと傾いてしまう。もう、倒れずに踏ん張って立っているだけで苦しくて仕方がない。


 エレジアはそんな魔王へと何度も宝剣を振るう。

 剣が皮を斬り、肉を抉り、骨に達する一撃もあった。とにかく、頭だけは守ろうと、腕を犠牲にしながら反撃の機会をうかがう。得物がどれだけ優れていようとも、扱っているのは中途半端な魔法剣士。隙を見つけるだけなら簡単であった。


「『烈焔れっか』」


 魔王が繰り出したのは、火と風の合成魔法。魔族であればだれでも使える程度の簡単なものだ。だが、魔力が尽きた魔王にとってはこれが精一杯だった。

 そんな汎用魔法は『魔開』によって軽く消し去られてしまう。


「哀れですね。そこに突っ立っている大臣が味方だと言い張るのであれば、助けてもらったらどうですか? 本当に裏切られていないのであれば、の話ですが」


 勝ちを確信して発せられた余裕の発言に、しかして魔王は笑って返す。その様子を大臣は黙って見つめていた。


「馬鹿か貴様は。大臣はな、攻撃魔法を一切習得しておらん。魔王になろうとする者がそんなことも知らんのか」

「え?」


 勝ち誇っていたエレジアの表情が硬くなる。そして、大臣を一瞥する。その顔は平静であり、何の感情も感じ取れない。それは、真実であることを雄弁に語っていた。


「有り得ない。大臣という地位にいるというのに?」

「逆だ。大臣という地位だからこそ、戦闘用の魔法など不要であろう。そんなものを習得する暇があれば、法律の一つでも覚えた方が有意義だろうが」


 魔王が大臣に視線を向けると、目と目が合う。そして、少し大臣が目を細めて頷いた。

 その遣り取りを離れた場所からエレジアが眺めていた。まるで二人だけの世界になったような雰囲気を醸し出しているその様を。


「ならば、助けを乞うこともできずに死ね!」


 半分倒れているような状態の魔王に振り上げられた『魔開』が迫る。なにより頭を潰されては勝ち目が減ってしまうために、右腕で庇うように剣戟に備える。


 右の腕が宙を舞い、すぐに床にどさりと落ちた。先を失った右腕からは少量の流血があったものの、致命傷ではない。残った微量の魔力で血流を止めることができたからだ。


 しかし、このまま血が流れ続けては、失血で死に至るだろう。反撃の方法も機会も失った魔王は項垂れてしまっていた。


「ああ……失敗した。失敗してしまった。なんと情けない話だ。あれだけ準備をしたというのに……」


 顔を伏せたまま、魔王は呟くように言葉を漏らす。もう観念したのか、敗北を悟ったのか、らしくない弱音を吐きはじめた。

 いかなるときであろうとも、傲岸で不遜だった魔王の姿はそこにはない。もう、抵抗しないかのように無防備でいる。


「ようやく己の失策を悟りましたか! そんな魔力の尽きた状態で私に挑むなど、愚かに過ぎる」


 凜と言うエレジアに、やはり魔王は俯いたまま何の構えも取らない。その様子が気に入らないのかエレジアは軽く舌打ちをした。

 あの魔王が情けなく助けを乞う姿を目にして勝ち誇りたかったのだろう。そんな胸中を魔王は知らずただ独り言を漏らすだけだ。


「ああ、なんで肝心なところで失敗したのだ、我は! これでは伯母様に申し訳がたたん」

「――?」


 魔王の呟きに違和感を覚えたのか、エレジアの構える『魔開』の剣先が少し鈍る。しかし、すぐに宝剣を振りかざし、とどめの一撃を繰り出さんと構えた。


「失意の中で死になさい魔王!」


 無防備な魔王の頭、そこに一撃を叩き込めばいくら魔王とはいえど致命傷になるだろう。『魔開』が振り下ろされれば、この魔王城を取り巻く一連の戦いに終止符が打たれる。はずだった――


 キイン、と玉座の間に金属音が響く。それは魔王の頭をかち割ったものではなく、『魔開』が折れる音だった。中程で折れて吹き飛んだ宝剣の一部が壁に突き刺さる。


「な、何が!?」


 狼狽えるエレジア。今まで平静を保っていた大臣の表情がかすかに目が見開かれ驚きに変わる。宝剣『魔開』を断ち斬った人物は、オリハルコンの剣を振り下ろした姿でそこにいた。


「助けに来たよ、魔王さん!」


 短い黒い髪をした少年を思わせる顔立ちの少女は、くるりと回ってエレジアに対峙するように立ちはだかった。その人物は紛れもなく、異世界へと送還されたはずの勇者ハナコであった。

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