第53戦・大臣の真意
前回のあらすじ
魔王城を乗っ取られたのは、大臣の手引きだったが……
玉座の間に魔王の大笑いが響き渡る。魔王は心底可笑しいと馬鹿にしたように笑い飛ばす。その意味の解らぬエレジアは眉を寄せて困惑している。
「何が可笑しいのです! 何故、そんなにも笑っていられるのですか! どう考えても大臣は貴方を裏切っています」
魔王の笑いにエレジアは苛立つように問い質す。自分の意図が解らないと理解した魔王は笑いを止めない。
「そりゃ、笑いたくもなる。貴様は大臣の真意をちっとも理解しておらん」
魔王の態度がまったく変わらないことに、エレジアは歯ぎしりする。
魔王は追いつめられているはずである。魔王城を奪われ、魔王軍も乗っ取られ、何も残っていない。それだというのに、大臣が自分の味方と笑うのだ。愚かなのは魔王のはずである。
「何故だと聞いている!」
「哀れだな、大臣は裏切ってなどはおらん」
魔王は胸を張る。エレジアはそんな魔王を嘲笑う。
エレジアにとって、大臣は味方である。大臣は先程から口を閉ざしたままだが、否定するでもない。己の考えが正しいからこそ、大臣は口を挟む必要はないのだと。
「馬鹿なのですか? どう考えても大臣は裏切っているじゃないですか。だから魔王城は私の手に落ちた」
エレジアも自らの発言を取り消したりしない。何故なら、大臣が魔王城を引き渡したのだ。でなければ、こうも容易く手に入れることはできなかった。間違いなく、大臣はこちらの味方をしている。
「貴様、占領の際に、どれだけ抵抗された? どれだけ死者が出た?」
魔王からの再三の問いに、エレジアは苛立った。何度問われようが、既に起こったことは変わらない。回答は同じに決まっている。
「何度も言っています。大臣が手引きしたのです、戦闘などほとんど起こらなかった――」
そこまで言って、エレジアも何かの引っかかりに気付いた。確かにあっけないほど簡単に魔王城を占領できた。それを、大臣一人の手引きでできるものなのか。
「そうであろう。我が嫌うのは、無駄な犠牲だ」
魔王の行動の原理は確かにその通りだった。
勇者来訪に関しては、戦闘禁止。傲慢門の刺殺事件は、その逆鱗に触れた。勇者が来て長い時間が経ったが、具体的な犠牲は刺殺事件程度しか確認できない。
「大臣が我の嫌うことをするわけがなかろう」
魔王は頑として主張してくる、大臣は自分を裏切っていないと。それがエレジアの癪に障る。
「大臣の手引きで城を攻め落とせたわけではない、大臣の手によって招き入れられただけだ。そんな程度のことにも気付かないのか?」
先程から続く魔王の言葉が、エレジアに揺さぶりをかける。大臣は自分の味方だと思っていたのだが、それが本当なのか自信がなくなっていく。
第一、自分は大臣のことをまるで知らない。ただ、こちらの提案を受け入れただけで、仲間に加わったといえるのか。エレジアはそんな考えを振り払う。
「何を馬鹿なことを言ってるのです。事実、魔王城は落されて私たちの手に……」
エレジアは自分の言葉を最後まで言い切ることができなかった。
「こう考えろ、まずは貴様ら反人間側に城をくれてやる。そして、我らが魔王城を取り戻す。そうすれば、芋づる式に反人間側の連中を一網打尽できるというわけだ。我の嫌いな無駄な犠牲なしにな」
そんな、有り得ない。と、エレジアは涼しげな顔の大臣を睨む。その態度は明らかに味方に対するものではない。これは明らかに――
「大臣ーッ!!」
睨みつける大臣の顔がふっと、笑った。エレジアの焦りを見透かしたような、小馬鹿にしたような顔。これは、こちらが陥れられたのだと、ようやく理解できた。
大臣の態度に、ふつふつと怒りがこみあげてくる。
「貴方、騙しましたね!」
「おっと、勘違いするな」
大臣を問い質そうと叫んだところを、魔王に遮られる。
「大臣は嘘は言ってないし、言う通りにした。ただ、貴様が迂闊なだけだ」
魔王の言葉に、今度はエレジアが同じように俯き肩を震わせた。それは、間違いなく屈辱からくるものだった。
肩を震わすエレジアを見て、魔王は内心ほっとしていた。
大臣が本当に裏切った可能性はないわけではなかった。色々と察しがよすぎるところがあったし、何かといじめられてきた気がする。
それでも、魔王は憶えていた。以前、魔王城で大臣が言った言葉、『絶対に裏切りませんよ、私は魔王様が大好きですので』を魔王は信じたのだ。
「大臣よ。我が本当に裏切ったと、お前を殺してしまったら、どうする気だったのだ?」
「そんなことはないと、信じていました」
魔王は大きく息を吐いた。寿命が一年は縮んだ気がした。
ふと、強い視線を感じて顔を向けると、そこには憎悪に歪んだ目で睨むエレジアがいた。
「貴方を倒せばその計画は破綻する! ここで私のために死ね!」
叫んだエレジアが鞘に収まっていた剣を抜き放つのと同時に、魔王は既に詠唱を終えていた。
玉座もろともエレジアを爆破させた。魔王城の屋根をも吹き飛ばす大爆発は、粉塵で全てを覆い隠した。
火、水、光、闇の四属性合成魔法は勇者以外にとっては即死級の威力がある。これをくらって無事であるはずがない。
だから、これで終わりと気が緩んでしまった。粉塵が不自然にゆらめき、赤い影が動いたことに魔王は気付けなかった。
「ごほッ!」
腹部に激しい熱を感じると、喉をせり上がる赤い体液。不意のことに耐えることもなく、口から血が吐き出された。
煙をかき分け姿を現したのは、赤いマントをなびかせながら突進するエレジアだった。一直線に突き進み、手に持つ剣で魔王を突き刺したのだ。
「き、貴様――!!」
魔王は信じられないものを見たと、目を大きく見開く。自身を覆うあらゆる攻撃を無効化する『絶対結界』を貫通して、魔王の肉体を傷つけたのだ。
勇者のような異常な攻撃力を有しているわけではないが、間違いなくその剣は魔王の腹に刺さっていた。
剣を通じて血が床に滴り落ちる。それを見てエレジアが下から魔王を見上げ睨む。
「魔王、私が何の策もなく貴方をここに通したと思ったのですか? 私を雑魚だと侮りましたね」
エレジアの声はやけに冷静で何の感情もないように聞き取れた。しかし、刺した剣をさらに深く押し込む手からは確かな憎悪を感じる。
「ごはッ! げほッ!」
深く刺さる剣が肉を抉り、出血の量を増やす。胃を通じて魔王はさらに吐血し、せき込んでしまう。
常に『絶対結界』に守られた魔王にとって、肉体へのダメージは耐えられない苦痛だった。肉を裂かれてしまうことなど、今までに経験をしたことがなかった。
苦痛に歪む魔王に対して、エレジアの口角は露骨なほどに上向いた。
「そ、その剣は――」
魔王は剣の柄ごとエレジアの手を握る。剣をひき抜こうとするが、力が入らず意味をなさなかった。
「これで貴方は終わりです。魔王」
エレジアは果然とほくそ笑んだ。




