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第52戦・魔王 エレジア

前回のあらすじ

四天王の力を借りて、魔王はついに円卓の間へと辿り着く

 アングリフの助けによって円卓の間へとやってきた魔王は、玉座の間へと続く階段に向かう。

 部屋の中央に位置する円卓の横を通り過ぎると、四天王とダラダラしていたことを思い出す。あのときは真面目だと思っていたが、思い返すとやはり、お遊び気分が過ぎた気がした。


 玉座の間への階段を上る魔王の足取りはふらふらとおぼつかない。魔力は温存できたとはいえ、体力はほぼ残っていない。ジューディアを降ろされてから、徒歩で移動していたのがこたえたらしい。自分の体力がまるでないことを思い知らされながら、階段を上り続けた。


 階段を上り終え、玉座の間へとやってくる。薄暗い室内は壁の燭台と、雷光を浴びるステンドグラスの灯りだけ。三日前までは散々見飽きる程だったのに、なぜか懐かしく感じた。

 感傷を伴いながら、玉座へと視線を向けると、赤い髪の女性が座っていた。その様は悠然としていて、片手で赤い液体の入ったグラスを揺らしているほどだ。魔王はその姿を見て、どこか既視感を覚えたが、今は関係のないことだった。


「おい、魔王さんよ。玉座の座り心地はどうだ?」

「きゃっ!」


 魔王が声をかけると、赤髪の女性は驚いて身体を跳ね上げた。同時に手に持っていたグラスを落としたようで、ぱりんと音を立てて砕け、赤い液体が絨毯を濡らした。

 意外と可愛らしい声を上げたので、魔王の方が悪いことをしたようだった。


「ど、何処から来たの!? 全然気付かなかったのだけど!?」

「円卓の間からの階段だ。もしかして、気付いていなかったのか?」


 円卓の間の前に四天王を配置したくせに、随分と間の抜けた様である。聡明なのか愚鈍なのか判断がしづらい相手に、魔王はかぶりを振った。


 玉座から飛び降りた赤髪の女性は、赤いマントを翻して見せる。その顔は自信に満ちて、恐いものを知らない様子だった。


「私こそ新たなる、真の魔王、エレジアです」


 切れ長で一切の迷いのない目が魔王に向けられる。魔王はその視線を真っ向から受け止めた。相手が戦う意思に満ちているのが解る。


「久しいですね、魔王! いや、旧魔王と呼んだ方がよかったですか?」

「久しい……? いや、貴様なんぞ知らん。人違いではないか?」


 魔王の口から発せられた言葉が衝撃的だったようで、切れ長の目が大きく見開かされた。相当ショックを受けたのか、わなわなと手を振るわせている。


「憶えてないのですか? 以前行われた、四天王選抜テストに参加していたのですが!?」

「うーん。思い出せん」

「貴方の思い付きで四天王の座を逃した恨みは絶対に忘れません!」


 『思い付き』という言葉で、魔王はようやく四天王選抜テストのことを思い出すことができた。まったく興味がなかったので、アルバート(ゴブリン)のことしか覚えていなかった。


「ああ、そういえばいたなぁ。ジャンケンに負けて四天王になれなかったクソ雑魚ステータスのヤツが! 思い出した、思い出した!」


 魔王が気まぐれで、四天王を決定する方法でジャンケンさせて、それで負けた方の人物だった。黒の魔術師と名乗っていたレイドの方がよっぽど目立っていた。それだけ影の薄い相手であった。


 四天王選抜テスト、あれは反人間側の人物を四天王にねじ込むために開催されたものだったはずである。つまり、四天王補欠になれたレイドと同様に、このエレジアも反人間側の人物だったのだと、今になってようやく、魔王は思い到った。


 反人間側として指揮を執り、まとめ上げ、謀反を起こして魔王の座についたということなのだろう。そこまで思い至って、ようやく今回の騒動の全容が見えてきた。


「で、ジャンケンが弱い方の四天王候補が何だって? われに用があると?」

「その侮っていた相手に、魔王という立場を奪われた。今、どんな気分なのですか?」


 エレジアが愉悦に歪んだ笑みを見せる。明らかに自分が格上だと言わんばかりである。それには、先程までおちょくっていた魔王も苦い顔をした。


「確かにいい気分ではない。が、どうやってこんなに早く魔王城を落せたのだ? 貴様程度の力では不可能であろう」


 エレジアが一瞬、露骨に不愉快そうな顔を見せたが、すぐに平静を保った。そして、不敵な笑みを浮かべる。その笑みの理由がいまいち掴めない魔王は眉根を寄せた。


 多数の精鋭が守る魔王城を、勇者を送還するために留守にしたその少しの間で、落とすのは無理な話である。しかも、その首謀者たる新たな魔王が、ただの雑魚だと知れると、余計に解せないところがあった。

 まるで争った形跡がない。無血開城をしたかの様である。


「簡単な話です。内通者がいたのですから」

「内通者……?」


 魔王はさらに眉根を寄せた。そんな反人間側にくみするような人物に心当たりはない。不平を言う兵士は確かにいたが、そんな組織だった行動を取れるとは思えなかった。


「大臣、出てきなさい」


 エレジアが低い声で呼ぶと、部屋の隅で気配を消していた大臣がステンドグラスの前にまでやってきた。雷光がステンドグラスを照らしたことで、大臣の姿がはっきりとわかった。

 肩口程度で切りそろえた白い髪に、アメジストの瞳。服装はいつもの黒のスーツ。魔王が大臣を見間違えるはずがない。


「簡単でしたよ。向こうから接触してきたので、魔王軍の一部を地上に送っていたことを話したら、快くこちら側についてくれました」


 大臣が反人間側についたということを、エレジアは自慢げに話す。

 今までの大臣の働きをかえりみると、反人間側であるような疑惑がなくはない。四天王選抜テストの開催、プライド事変の犯人検挙、地上に送ったはずの一万の兵。内通していたのだとすれば、簡単に成し得たことだ。


「なるほど、そういうことか」

「貴方は人を見る目もありませんね。自分の右腕が反人間側だと気付かずにいたなんて。本当に滑稽ですよ」


 勝ちを確信したエレジアは機嫌よさげに喋りはじめる。さぞ、胸がすく思いなのだろう。今までの屈辱をいまここで返すことができたのだから。


「大臣よ、本当か?」

「間違いなく、魔王城制圧に力を貸しました」


 魔王の問いに、大臣は眉ひとつ動かすことなく即答する。その様は、嘘を言ってはいないと、理解できる。魔王城の制圧に加担したことは、真実であることは間違いない。


「ふふふ、観念して素直に私に仕えなさい。降伏するなら、命だけは助けてあげます」


 エレジアにとって、今、この瞬間こそ喜びの絶頂だ。何もかもが上手く進み、すべてが思い通り。誰でも気分がよくなってしまうだろう。


「おお、それは怖い。降伏の前にひとつ訊ねたい。魔王城を制圧する際、戦闘など激しい抵抗はあったのか?」


 魔王の問いに、エレジアが小首を傾げる。その問いの真意をまるで理解していないかのように、平然としていた。


「? そんなものあるわけないわ。なにせ、大臣という内通者がいたのですから。あまりに歯応えがなくて、拍子抜けするほどでしたけど」


 エレジアの答えを聞いて、魔王は俯いて肩を震わせた。まるで怒りで身を震わせているようにしか見えない。そんな魔王にエレジアは負け犬を見るような視線を送って悦に入る。


「ハハハ。なるほど、なるほど、よく解った。やはり、大臣はわれの味方であったか」


 魔王が肩を震わせていたのは笑いを堪えるためであった。我慢できなくなった魔王は腹から声を出しながら大爆笑した。

 大臣の裏切りがハッキリしたというのに、何故魔王は笑っていられるのかエレジアには解らない。頭がおかしくなったのか、それとも……

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