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第51戦・禁戦 トルエノ

前回のあらすじ

絶戦フレデリカ VS 元絶戦ロザリクシア

 魔王の側近が集う部屋、円卓の間。その前では魔王と新たな四天王が死戦シュトゥルムが対峙していた。その狭間、二人を分つように突き刺さったのは、くろがねの戦斧。魔王の身長と同サイズの斧は、ついさっきシュトゥルムの黄金の斧を弾いたものだ。

 バトルアックスが飛来した方角を魔王とシュトゥルムは同時に向くと、そこには投擲の恰好をした赤い鱗の竜人がいた。


「魔王様、お待たせしました。死戦アングリフ、ここに参上いたしました」


 アングリフは胸を張り、魔王に対して一礼する。その様子に魔王は満足げに頷いた。


「うむ、やはり来たか。来てくれなかったらどうしようかと思っていたぞ」

「ハハハ、冗談がお上手で」


 実際、竜人であるシュトゥルムとの戦闘は苦しいもので、誰かの助けを必要としていた。ここで力を使い切るか、力を温存して失態をさらすか、どちらかだった選択肢に、助っ人に任せるという項目が新たに追加された。これは魔王にとって僥倖ぎょうこうであった。しかも、アングリフというこれ以上ないカードが舞い込んできたのだ。

 四天王がやってくるという可能性は、錬戦が来た時点で有り得ないことではなかった。しかし、地上からこちらに来るのには時間がかかる。間に合わない方が確率としては高いと見積もっていた。


「うるさい! 勝手に盛り上がるなッ!」


 魔王とアングリフのやり取りは、シュトゥルムの怒りに触れる程度にはおちょくったものであった。合流した二人はハイタッチをするほどの余裕を見せつけている。


「おまえが新しい四天王か……」

「そうだ、アングリフ。オレ様こそが、竜人で最も強いオレ様こそが、本当の四天王だ!」


 赤いアングリフと青いシュトゥルムが向かい合う。火花が散りそうなまでの睨み合い。かと思いきや、アングリフはとぼけたように視線をずらしていた。


「はぁ? 誰が、何だって? オレの聞き間違えかな?」


 アングリフの態度は文字通り、シュトゥルムの逆鱗に触れたのだ。


「ふざけるな! 勝手に竜人最強を名乗って四天王になっただけのザコが! 真に強いのはオレ様だ!」


 とぼけた態度を取っているものの、アングリフは相手の強さを充分に理解している。竜人の里でも自分の強さに並ぶほどの人物だ。里ではお互いが競い合い、高め合ったほどの強者である。


「この前は竜人の里で暴れ回ったらしいが、オレ様がいれば、余裕で勝っていた! 勝手にナンバーワンを名乗るんじゃねぇ」


 声を荒げるシュトゥルムに対して、アングリフは背を向ける。


「魔王様、こんなところで貴重な時間を浪費する必要はありません。先にお進みください」

「そうだな、お前に任せれば問題あるまい。魔王城を取り戻したら、また会おう」


 魔王は片手を上げると、円卓の間の扉へと向かう。それを見逃すシュトゥルムではないが、振り向いたアングリフの視線が威圧して攻撃のタイミングを失っていた。

 悠々と扉を開けて、魔王は円卓の間へと進んだ。



 魔王を見送ったアングリフはゆっくりと振り向き、シュトゥルムと対峙した。顔を付き合わせた相手は怒りの形相でアングリフを威嚇する。それを前にして、アングリフは涼しい顔をしていた。


「オレ様を無視するんじゃねぇ! 貴様の相手はオレ様だろうが!」

「気にするまでもない相手だということが判らないのか?」


 意に介さない様子のアングリフにシュトゥルムの激情はさらに高まっていく。四天王に選ばれなかったこと、里ではその強さを認められていたこと、何より、アングリフが自分を相手にしないという劣等感が、より一層感情を昂らせている。


「いけ好かない顔しやがって! この斧を見ろ。この城に保管されていた宝具『晴嵐せいらん』だ。これでもまだオレ様を無視するか!」

「それは素晴らしい斧なのだろう、何せ宝物庫にあったモノだからな。それで、武器自慢は終わりか?」


 玩具を見せびらかすような様子のシュトゥルムに、アングリフは溜息まじりに苦言する。それがまた、相手の怒りを募らせていく。

 先程の発言は挑発でも何でもなく、アングリフが懐いた感想である。先程から口上が長い。やるべきことはひとつのはずなのに、シュトゥルムは行動を起こそうとしない。


「ふざけやがって! スピードだって!」


 シュトゥルムが一歩踏み出した瞬間、その巨体がさらに大きく見えた。それは、アングリフとの距離を一気に詰めてきたからで、ただの魔族ならこれだけで吹き飛ばされて、勝負に決着がつくことだろう。

 だが、アングリフは怯まない。


「パワーだって!」


 巨躯のシュトゥルムが黄金の斧を振りかざすと、その姿はさらに大きく見える。巨漢であるアングリフであっても、見上げなければ全容を知ることができない程だ。

 そこから繰り出される一撃は、何ものをも断つ絶対的な破壊。宝具『晴嵐せいらん』の風を纏う性質も相まって周囲をも巻き込む激しい轟き。シュトゥルムを中心として、破壊の跡がクレーターのように穿つ。


「オレ様の方が優れているだろうがッ!」


 バッと血が煙のように舞う。

 繰り出された一撃は、鉄の鎧を裂き、いかなる攻撃をも弾く赤い鱗までも切断し、アングリフの肩口に深く突き刺さった。黄金の斧は確かにアングリフを切り裂いた。


「なるほど、確かにそうだ。今の一撃は避けられなかった。で? それがどうした?」


 肩に斧が食い込んだ状態でも、アングリフの様相は変わらない。ずっと平静なままである。魔王を助けに入ってからというもの、ずっとアングリフは誰も見ていなかった。


「貴様に何が出来る? この斧をさらに押し込めば、貴様は真っ二つだ! もう、終いなんだよ!」


 おびただしい血が流れる肩は明らかに重傷で、もう少し刃が進むと腕が斬り落とされそうなほどだ。

 そんな状態で、アングリフは肩に刺さる斧を片手で掴んだ。その手は黄金の斧の前では小さく見えるが、その力は強力でがっちりと固定させる。

 アングリフが固定した斧がゆっくりと上がっていく。それを握っていたシュトゥルムまでも少しずつ持ち上がっている。斧を放せばいいものの、もう少しで切断できると全体重をかけてくる。

 結果、黄金の斧を持ったままの形でシュトゥルムは宙に持ち上げられた。


「貴様は確かに強い。竜人最強を名乗るに相応しい。しかし、死戦とは、最強に非ず。真の強者の称号、その証!」


 シュトゥルムの踏み込みによる突進力、アングリフを叩き切った破壊力、それは確かにアングリフを上回っていた。能力値の上であれば、間違いなく竜人最強である。しかし、それだけではアングリフには届かない。


「うおおおぉお!!」


 アングリフは壁に突進して斧の先にぶらさがるシュトゥルムを叩きつける。その一撃は壁を崩し、シュトゥルムへダメージを与えた。

 圧迫されて口の奥から息が吐き出され苦しむシュトゥルムに、さらに追い打ちとばかりに、壁面に沿うように破壊しながら突き進む。斧と壁に圧迫されたシュトゥルムは苦しみの声すら上げられない。

 止めに苦しむシュツルムの顔面へ、今にも切断されそうな拳をを叩き込む。無防備になった顔面への一撃はシュトゥルムの顎を砕いた。


「フンッ! 力だけでは、死戦には程遠い」


 アングリフの言葉は気絶したシュトゥルムに届くことはなかった。




 四階の玉座の間へと続く階段の前に、痩身の男が立っていた。彼こそ魔王を待ち受ける新たな四天王の禁戦トルエノである。


「魔王は向こうに行ったか。こっちは空振りだな」


 遠く離れた場所から激しい衝突音が聞こえてくる。それは、死戦シュトゥルムと魔王の戦いが始まったことを示していた。その事にトルエノは自分が楽ができると気を抜いていた。


「そうですか、これは空振りでしたな」


 唐突に背後から誰かの声が聞こえて、素早く振り向く。そこには白髪交じりの初老の男が立っていた。


「お、おまえは! ケラヴス!」

「ふむ、お久しぶりですな。傲慢門ごうまんもん以来でしたか」


 トルエノは傲慢門でケラヴスと出会った兵士で、散々ケラヴスの過去を穿ほじくり、けなしてきた人物である。彼は新たな魔王エレジアに取り入って禁戦の名を頂いたのだ。


「くッ、だが、今は俺が禁戦だ、四天王の禁戦だ!」

「そのようですな」

「ならば、どこかへ行け! 貴様にもうその権限はないはずだ」


 ケラヴスを恐れるようにトルエノは後退る。それを許すケラヴスではなかった。


「……禁戦の意味をしっているか」

「権力だ。四天王という誰もが逆らえない権力だ! それが今、俺の手にある。あんたはここから立ち去れ!」


 トルエノの怯えはケラヴスに伝わってくる。これが新しい禁戦かと、ケラヴスは大きく溜息を吐いた。


「禁戦はただの権力ではない。禁戦とは戦いを禁じられたという意味だ。その力は戦わずして総てをひれ伏せるほどの畏怖の象徴」

「な、何が言いたい」

「刀を抜かずとも、相手を圧倒できるということだ」


 ケラヴスは腰に帯びた刀の柄に手を乗せて、ゆっくりとトルエノに近づく。

 何をするでもなく、ただ視線を向けて一歩一歩と近づくだけだ。そのおぞましさに、トルエノは一歩また一歩と後退る。

 そして、足が壁に当たり、もうこれ以上後退することができなくなる。


「あうあうあう……」


 トルエノはケラヴスが放つ圧力だけで、泡を吹いて倒れてしまった。ケラヴスの底知れぬ実力に恐怖し、何もできないままにトルエノはその戦意と意識を手放したのだ。


「さて、お膳立てはいたしましたぞ、魔王様」


 階段の上にある玉座の間を見上げて、ケラヴスは呟いた。

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