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第50戦・死戦 シュトゥルム

前回のあらすじ

新たな絶戦フレデリカを前に、為す術もないジューディア。

 魔王城は広い。数多くの使用人がいるのと同時に、魔王を護衛する兵士も滞在している。玉座の間へと続く道を守護するのに多人数で防御に徹することができるからだ。

 その広大な城内があだとなり、魔力の尽きた魔王は息を切らして歩き続ける。魔王が目指すのは円卓の間。通常の階段より少しばかり遠回りになるが、玉座へ直通する階段があるからだ。


 円卓の間に近づくにつれて嫌な予感が魔王を襲う。今までの要所を四天王で固めていたことから、円卓の間にも配置されてるのは自明の理である。


「へぇ、ここを任されたときはハズレを引いたと思ったが、まさか本当に来るとはな」


 青い鱗に覆われた竜人。同じ竜人のアングリフと比べるとさらに一回り大きい。黄金に輝く斧を持ち、魔王を待ち構えていた。


「ま、予想の範囲内……といったところだ。貴様が新しい四天王の死戦か?」

「四天王が死戦、シュトゥルム。オレ様の手柄のために死ね! 魔王!」


 シュトゥルムが一歩踏み出した瞬間、その速度はトップスピードとなり一瞬で魔王との距離を詰める。その動きを辛うじて捉えることができた魔王であったが、身体の反応が鈍い。突進の衝撃から生まれた突風に弾かれ、押し出されるようにして攻撃を躱した魔王であったが、足元がおぼつかなく、まともに立っていられない。


 よろよろとバランスを崩した魔王に、シュトゥルムは振り返り黄金の斧を振り下ろす。両手に魔力を集中して何とか一撃を防ぐことができたが、その勢いは殺しきれない。

 あまりにも重い一撃に、魔王は後方へと弾き飛ばされ、石の壁に叩きつけられた。


「――ッ!!」


 その悲鳴は声にならず、口から空気が吐き出された。そして、力なく崩れ落ちて無防備になってしまった。

 黄金の斧を担ぎ直して、青い竜人がゆっくりと近づいてくる。後は斧を魔王の脳天に叩き込めば、それで勝負は決する。シュトゥルムは急ぐことはせず、慎重に、張り巡らされた策がないかを見極めながら魔王に近づく。


 魔王は思い知らされる。単純な力に小細工は無力。圧倒的な暴力はいかなる魔法も策も寄せ付けない、まさに無敵である。

 普段の魔王なら、さらなる力で押さえつければいいだけのことだが、魔力が尽きそうな今の状態ではそれは難しい。


 残りの魔力を動員してこのシュトゥルムを打倒すことは可能だが、それでは本命で力尽きる。余力を残そうとすると、ここで力尽きる。どちらも現存の魔力で倒すことを強いられる。


 魔王は残る力を振り絞り、壁に張り付いて起き上がる。そこに待ち構えているのは、黄金の斧を振りかざしたシュトゥルムだった。そして、その斧が振り下ろされる瞬間、飛来した何ものかによって弾かれる。

 黄金の斧を弾いたものが地面に刺さる。それは黒く鈍く光る巨大なバトルアックスだった。




 三階へと至る階段、魔王が立ち去った後に残されたジューディアは、膝をつき、地に伏せる寸前であった。

 身に纏っていた白い法衣は殆どが焼け落ち、もう防具の用を成しておらず、ただ、身体に張り付いてるにすぎない。身に纏う本体といえば、全身が焼けただれ、いたる処の皮膚が燃え尽き筋肉が露出している。左の瞳は灼熱に白濁しており、その様は溶けた飴細工同然。

 ただの人間ならとっくに死んでるところだが、ジューディアは自らの使う法術によって生きながらえていた。


「我らが主の名を借り、天の奇跡を我が身に宿せ。いかなる傷をも治す力となれ『フォ・ヒール』」


 息も絶え絶えに法術を行使すると、身体を覆う皮膚が蘇っていく。しかし、その力でもすべてを癒すことができない。回復の力が途絶えても、身体の火傷はほとんどがそのまま残ったままだった。

 追い打ちと、ジューディアの身体を火柱が包囲する。周囲を回転しながら、距離を詰め、いずれはジューディアを焼く灼熱の柱へと変わっていった。

 柱が消えた後には、皮膚が炭化して黒ずんたジューディアが立ち尽くしていた。そして、力尽きて地に倒れた。


「そこそこ楽しめましたが、そろそろ飽きましたわ。止めを刺してあげ――」


 突如、フレデリカの足元に氷の刃が生え始めたが、それをヒールの高い靴で踏み潰して無効化した。その突然のことにフレデリカの口角が上がった。

 フレデリカが振り返ると、そこにはルビーをあしらった金の杖を構えたロザリクシアが立っていた。歓喜に満ちた笑みを浮かべたフレデリカとは対照的に、怯えた仔犬のようなロザリクシアが対峙した。


「遅かったじゃない、ロザリクシア。魔王と会った時、貴女ならここに来ると、容易に予想できましたわ」


 高慢こうまんな言い分に、ロザリクシアはなけなしの勇気を振り絞る。


「やりすぎだよ、フレデリカ。こんなに酷いことをするなんて……」


 ロザリクシアは重傷で動くこともできないジューディアへと駆け寄った。傷は酷いが胸が上下して、まだ呼吸があることを確認できた。ジューディアの焼けただれた顔にそっと触れる。この火傷では長くはもたないだろう。


わたくしのことを無視しないでくれません? 貴女が魔王に引き取られたときの屈辱、忘れたことはありませんわ。いつ仕返しができるのか、ずっと心待ちにしておりましたの。ここで雌雄を決して差し上げますわ」


 ロザリクシアと再会してから、フレデリカは笑みを絶やさない。昔、孤児院で自分ではなく、ロザリクシアが選ばれたこと。自分より劣るロザリクシアが四天王に選ばれたこと。それは、フレデリカの高いプライドをズタズタに引き裂いていた。


「フレデリカ、可哀想。そんなことばかり考えていたの? もっと楽しいことを考えたらよかったのに」


 自分が魔王に引き取られたせいで、他の子たちが選ばれなかったことにロザリクシアは負い目を感じていた。目の前のフレデリカもそうだ。彼女は引き取られるべき人物だった。

 だから、フレデリカは別の道で幸せになって欲しかった。自分のせいとはいえ、彼女が不幸な目に遭うことがないことを祈っていた。


「うるさいッ! おまえさえいなければ! おまえさえッ!」


 頭にきたフレデリカは先手必勝と火球を放つ。隙をつかれたロザリクシアは杖を構えるのが精一杯で、直撃を受けてしまう。強い魔法抵抗を持つロザリクシアでさえ、纏うローブが焼け焦げてしまう。

 フレデリカに劣るロザリクシアの魔法の素質が、すべてを防ぎきれない決定的な差になってしまった。


「このローブ、お気に入りだったのに」

「ふざけたことを……言うんじゃないわよ」


 フレデリカが空間を埋め尽くすほどの火球を作り出すと、一斉にロザリクシアへと放つ。対抗するために氷のつぶてを嵐のように吹き荒らした。しかし、その程度では、火球は消すことはできない。無効化できない火球がロザリクシアを焼いていく。魔法抵抗があるローブが焼けるにつれて、ロザリクシアの肉体が焦げていく。


 風属性魔法で吹き飛ばすこともした。真空を作って火を消そうともした。しかし、才能の差というものは埋められない。ロザリクシアが魔法を一つ唱える時間で、フレデリカは二つも唱えられる。


 ジューディアを助けるために来たはずなのに、一緒にピンチに陥っていては情けないにも程がある。徐々に魔力も尽きてきて、体力まで尽きかけてきた。

 このままでは一発で逆転する方法はない。少しでも隙が出来れば、魔法を詠唱できる。時間を稼ぐことさえできれば……


「これでお終いよ。あんたを倒すことで、わたくしはようやく自分を取り戻せる! あの、誰もが羨望を集めるわたくしをッ!!」


 フレデリカの手から放たれる電撃。ロザリクシアの魔法抵抗を突き破って、強大な痛みが襲ってくるだろう。その恐怖に身体を竦ませてしまった。


「そうはさせん!」


 ロザリクシアとフレデリカの間にジューディアが割り込む。電撃の矢がジューディアに刺さるが、ロザリクシアまでは届かない。今ここに絶好のチャンスがやってきたのだ。

 しかし、ロザリクシアは目の前の光景に気を取られ、それどころではない。自分のことより、目の前の苦しむ人。そちらに目が奪われてしまう。


「ロザリクシアッ! 今だ!」


 ジューディアの一喝でロザリクシアは自分を取り戻す。『今』やらなくて、いつできるというのか。この作ってもらったチャンスを逃すことは、ジューディアの期待を裏切ることになる。それだけは、絶対にあってはならない。


「『氷凍監獄ひょうとうかんごく』!!」


 ロザリクシアが扱える最高の魔法。まだ詠唱も長く、不格好なものではあるが、今の時点ではこれが精一杯だった。

 カッ、という音と共にフレデリカが氷漬けになる。ジューディアが割って入ったことの動揺、そして、ロザリクシアの今までの鍛錬が、この結果を生んだのだ。

 がくりと、くずおれるジューディアにロザリクシアが駆け寄る。


「俺は大丈夫、丈夫だけが取り柄だからな……それより、あの女を殺したのか?」

「ううん。魔法の氷だから解除すれば元通りだよ」

「そうか……それならよかった。君が人を殺すところは見たくなかった」


 ロザリクシアの目から零れた涙がジューディアに落ちる。まだ、こんな冗談みたいなことが言える程元気があるのだと思うと、涙が止まらない。


「酷い怪我なんだから、じっとしてないと」

「それは、君も同じだろ」


 ゆっくりと目を閉じるジューディアと、魔力を使い切って倒れ込むロザリクシア。

 激しい魔法戦があった三階への階段前は、シンとした静寂を取り戻していた。

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