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第49戦・絶戦 フレデリカ

前回のあらすじ

同郷の仇を前にしてナディスは無力にも倒れてしまった。

 城の壁のつぶてを全身に受けたナディスは、床を転がり地に伏せた。動かなくては次の攻撃を躱せない、というのに、足に力が入らない。加えて口の奥からせり上がる体液が呼吸の邪魔をする。


 迫る鉄球はただ押し潰すためだけの直線的な攻撃。少しだけでも動くことが出来たら、簡単に回避できるはずなのに、動くことができない。こちらをめがけて叩きつける鉄球をただ目で追うことしか出来ない。


 ズン、と、勢いよく叩きつけられた鉄球は無防備なナディスを押し潰す。めきり、と骨が軋む音、肺から全ての空気が吐き出される息苦しさ。たった一撃が、華奢きゃしゃなナディスには致命的だった。


「ひゃっはぁッ! 終わりだぁ!!」


 完全に勝ちを確信した『DDD』は鎖を引っ張って、鉄球を自分の背後へと放り投げる。愉悦に歪んだ顔は、厚い化粧を伴って、本物の悪魔のようであった。


 鉄球の重さから解放されたナディスの肺が酸素を求めて、大きく膨れ上がった。しかし、食道から血液が逆流し、口からおびただしい血液が吐き出された。下半身の感覚はなく、折れた右手は全く動かない。動くのは左手と首だけ。鉄球の直撃を受けてまだ意識を保っていられるのは奇跡に等しい。


 動く左手を動かすと、その手が細い棒に触れる。矢筒が壊れて散らばった矢。動かない右手へと左手を伸ばす。


「なんだぁ? 死んだのかぁ? 仇ってのは取らなくていいのかよ! まあ、そんなモノは死には不要だがな。残るのはただの死体だけなんだよ」


 『DDD』は、ナディスの死を確認するために、のしのしと足音を立てて近づいていく。ほぼ動かなくなったのエルフの様子を覗き込んだ、その瞬間、眉間の鋭い痛みに顔が歪む。それは、ナディスの放った矢であった。


 噛みついた弓を固定させたナディスは、左手で弓を引き絞って矢を放っていた。人間離れしたその姿勢はナディスが鍛え上げてきたしなやかな身体だからこそできた芸当だった。


「貴様ッ!! ふざけやがってェッ!」


 無駄な抵抗して攻撃してきたエルフが『DDD』の逆鱗に触れる。眉間に刺さった矢を引き抜くと、流れた血が顔の化粧を上塗りする。


「そんな弱い矢で何ができ――」


 鎖を引っ張って再び攻撃に移ろうとした『DDD』だったが、突如、後ろに倒れて仰向けになった。何の前触れもなく、何か言う暇もなく、『DDD』本人も何が起こったのか解らないまま、二度と動かなくなった。


 『DDD』の眉間には再び矢が刺さっていた。ただ刺さっていたわけではない。仕留めたのは一本の矢だけではなかった。『DDD』の眉間には三つの矢じりが突き刺さっていた。一本目の矢を撃ち込んだ後、再び同じ場所に矢を放つ。その正確な射撃はまったく同じ場所に突き刺さった。


 ひとつの矢じりで貫けないのなら、矢じりを矢じりで押し込んでさらに奥へと突き進めばいい。最後に放った三本目でついに頭蓋を貫通し、矢じりは脳にまで達した。


 噛みしめていた弓がぽろりと、地面に落ちると壊れた蛇口のように血液を飛び散らせた。そのまま力を失い首を支えることもできなくなった。


 視界は霞み、意識が遠のいていく。近づいてくる複数の足音はきっと魔王軍の兵士に違いない。新たにやってくる兵士に殺されるだろう。

 ここで終わりなのだと、ナディスは覚悟した。唯一の心残りは、『DDD』が死んだことを確認できないことだった。




 ジューディアは魔王を担いだまま、魔王城の二階を走り回っていた。


「何で、三階への階段がこんな遠くに作られてるんだ! 設計に欠陥があるんじゃないのか?」


 担がれたままの魔王はやれやれと首を振った。


「玉座に直通する階段があってたまるか。それではわれを守ることができんではないか。頭が悪いのか?」

「それは、その通りだが――」


 毒づく魔王に、温厚なジューディアもこれには笑顔を崩す。大声で怒鳴る直前、三階へと通ずる階段が見えてきた。

 予想が出来たことだが、そこには前回と同じく守る新たな四天王が立ちはだかっていた。


「本当に魔王が来たわ……しかも、人間と一緒なんてね。これでは、クーデターを起こされて当然ですわ」


 燃えるような情熱的な赤い髪をかき上げながら、皮肉を口にする女性。彼女は美貌びぼう豪奢ごうしゃなドレスで飾り付け、鋭い吊り目は見る者を威圧する。ただの貴婦人ではないことが一目で分かる。


「貴様が、新しい四天王だな?」

「そう、わたくしこそ四天王の真の絶戦、フレデリカ。下郎どもに興味はありませんけど命令です。ここで殺して差し上げます」


 新たな四天王にジューディアは身体を強ばらせて身構える。


「魔王……運搬はここまでだ。こいつは俺に任せてもらう」


 語調の強さから、魔王はジューディアが本気であることを察する。しかし、悲しいかなその実力の差を魔王ははっきりと見破っていた。


「貴様では無理だ」

「そんなこと言うなよ。一刻も早くエレジアって新しい魔王を倒さなくてはならんだろ。その時間程度なら俺でも稼げるさ」


 ジューディアは肩に担いでいた魔王を床に降ろす。足を震わせながらも、魔王は自分の力だけで立ち上がった。それから、魔王はジューディアの肩をポンと叩く。


「ふん……ここは貴様に任せる。だが、死ぬことは許さん。ロザリーが悲しむからな」


 無言で頷くジューディアを一瞥してから、魔王はふらふらと危うい足取りで階段を上っていった。



 三階への階段の前には、ジューディアとフレデリカだけが残された。魔王が階段を上りきるまで、フレデリカは髪を弄りながら時間を潰していた。


「おいおい、魔王を行かせて良かったのかよ。新しい魔王様のご命令だろ?」


 髪を弄るのをやめたフレデリカは、つまらなさそうにジューディアに視線を向けた。その目は何も期待しない、ただのゴミを見るようなものであった。


「別にいいわ。上にはまだ二人いるわけだし、誰かが何とかするんじゃないかしら。ロザリクシアが来ると思っていたのですけれど、とんだ肩透かしですわ」


 溜息混じりにフレデリカはそう呟く。


「それより、自分の心配をなさいなさいな」


 フレデリカは何気なく、ジューディアに向けて指をピンと弾いた。


「――ッ!」


 肩に激痛が走ったジューディアは声にならない声を上げて、その場で片膝をついた。

 何をされたのか、まったく解らなかったが、痛みの先にはぽっかりと穴が空いている。肉を、骨を貫通したその傷は火傷によって、流血が最低限に抑えられていた。


 フレデリカは小さな火の玉を、ジューディアへと放っただけであった。


 この一撃で、ジューディアは思い知らされてしまう。時間稼ぎどころか、自分の命が危ないということに。フレデリカの気分次第で、自分はあっさりと殺されてしまうと、確信した。

 だからといって、相手の思うがままにされるつもりもない。


「我らが主の名のもとに、傷ついた我が身を癒したまえ『ヒール』!」


 ジューディアの回復法術によって、先程空いた穴を治癒して塞ぐ。痛みは消えたわけではないが、これ以上悪化することもない。まだまだ戦うことができる。

 それを見ていたフレデリカの目が嗜虐しぎゃくに光る。


「へぇ……そう、あなた僧侶なのね。これは楽しめそうですわ。わたくしの遊びに付き合っていただきますわよ」


 絶対的な実力差。正面から戦えば死ぬしかない。そんな状況であろうとも、ジューディアは決して引く気はなかった。今こうして魔王を先に進ませることが、真の平和に繋がる道だと信じているからだ。

 命を投げ出したとしても、ここで時間を稼ぐことを心に決めた。

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