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第47戦・進め! いざ魔王城

前回のあらすじ

魔王城奪還に動き出す魔王と勇者一行。

 空には雷雲が立ちこめ、遠くから雷鳴まで聞こえてくる。その様は魔界の空でも最も禍々しく、何ものも近付けないほどの威圧感を放っている。

 魔王は遠くに見える魔王城を見据えていた。

 魔王城の前には半円の形をした虹色の結界がある。触れればシャボン玉のように弾けてしまいそうだが、実際に触れると弾けるどころか結界の魔力によって焼かれるだろう。


「進めるのはここまでだな」


 ジューディアの肩に担がれた情けない姿の魔王が真剣な面持ちで呟く。

 魔王城をすっぽりと覆う結界に隙間はなく、この先を進むなら結界を解除する必要がある。本来なら三つの祠を攻略せねばならないのだが、今回はアンネの力によって一部穴を開けて、そこから侵入しようという腹積はらづもりだ。


「……説明は聞いたけど、アンネが魔族だったなんて何だか騙された気分だわ」


 宿屋から結界の前に来るまでに、アンネが魔王の伯母であるアンネリーゼだということを説明した。

 魔法を極めるために転生した魔界一の魔術師、それがアンネリーゼである。ナディスも一〇歳程度の童女とは思えない魔力と知識量を怪しんではいたものの、事実を伝えられて納得できるかと言うと、それはまた別の話である。

 納得がいかないナディスとは違い、ジューディアは理解を諦めて穏やかな笑みでその様を見守っていた。


「伯母様、お願いします」

「ぷぷ。あんたが敬語って、敬語って!!」


 何かがツボに入って口を押えて笑うナディス、それに対して魔王は不機嫌に口を歪めるが、努めて冷静を装い無視している。

 魔王に促されるまま、アンネが一歩踏み出して結界の前に立つ。


「今から始めるのじゃ。離れておれ」


 魔王の財布から大金を奪い取った巨大なレインボーダイヤをあしらったロッドを掲げる。準備を始めるアンネからジューディアとナディスが後ろに下がり距離を取る。

 アンネは目を瞑り、詠唱を始めると、レインボーダイヤに光が集まり輝きを増していく。すると、結界の一部が波紋のように揺れると、少しずつ結界に穴が空いていく。

 いずれ穴が大きく広がり、四人が通るのに充分な道が開かれた。


「本当に結界に穴が開いた。魔王の伯母ということを知った後だと、当然だと思ってしまうな」


 魔王を担いだままのジューディアはアンネの実力に、あらためて感嘆の声を上げた。


「よし、それでは魔王城に行くぞ」


 三人は結界の穴を通り、内部に侵入する。しかし、アンネは足を止めたまま動こうとしない。

 アンネの行動にジューディアは足を止めて振り返った。


「どうした、アンネ。結界を通り抜ければ魔王城はすぐなんだろ? 早く来たらいい」

「ふむ。儂にはちと考えがあってな。ここに残ることにするのじゃ」


 何を言い出すのかと、ジューディアは不審そうに視線を向けるが、魔王はかぶりを振った。


「……ここは伯母様の言う通りにしよう。伯母様は聡明な方だ。意味もなく残ると言うような人じゃない。我々だけで先に進もうではないか」


 魔王の伯母ということが判り、少なからず疑心があった二人ではあったが、今までの冒険で何度も助けられたという実績から、仲間を信じることにした。

 アンネを結界の外に残した三人は、駆け足で魔王城へと向かう。



 魔王城の手前までやってきた魔王とその仲間であったが、その先へ進む足は完全に止まっていた。


「多少覚悟はしていたが、ここまでとはな」


 目の前に広がる光景に、魔王は嘆息する。

 魔王城への道に待ち構えるのは魔族の群れ。皆が完全武装した魔王軍の兵士たちだ。その数はおよそ一〇〇〇、余程魔王を警戒しての配置なのだろう。獅子は兎を狩るにも全力を尽くす、というが、これは、兎が獅子を打倒すために死力を尽くす、というのだろうか。魔界最強である魔王に対抗しうる最善手ともいえる。


「……ヤバいわね。あの数を三人で相手するわけ?」

「いや、二人だな。まだ魔王は万全な状態ではない。本命である新魔王を倒すためには消耗を最低限に押さえるべきだ」


 勇者一行の二人が魔王軍の突破を真剣に考えている。本気であの数を相手にするつもりでいるようだ。


「なあ、ハナコの味方である貴様らが、何故ここまで手を貸してくれるのだ?」


 魔王には解らない。少し前までいがみ合っていたというのに、自分の力になってくれる。ハナコを異世界にほんに送還した直後なのだから、魔王は完全に敵側になるはずである。

 しかも、魔力がほとんど残っていないのだ。今なら止めをさせるかもしれないと、考えられるのではないか。

 加えて、新魔王は反人間側の過激派に違いない。地上から来た二人にとっては危険極まりない相手で、今までのじゃれ合いとは訳が違う。



「簡単なことよ。私たちは『魔王』を倒しに魔界に来たの。勇者とか関係ないわ。あんたみたいな、『元魔王』なんてどうでもいいわ」

「まあ、そういうことだ。それに、今度の魔王は積極的に地上を襲うらしいじゃないか。それは見逃せん。『元魔王』様の力を借りた方が勝率は上がると思うが?」


 問うてみれば、至極真っ当な意見が返ってきた。


「好きにするといい。と、言いたいところだが、貴様らでは力不足だ。ハナコがいれば話は違うのだろうが、あの数が相手では時間稼ぎにもならん。われが蹴散らして――」

「ろくに動くことができん魔王が何を言うんだ。ここは大人しくした方がいいんじゃないか?」


 魔王を担いだままのジューディアがニカッと笑う。ただのゴリラが今は頼もしく見える。だからといって、この状況が覆る訳ではない。何か別の策があれば――


「間に合いました! 魔王様!」


 背後からかけられた言葉に、ジューディアとナディスが振り返る。そこには、見たことのない軍服を着た童顔の男がいた。その背後には武具を身に着けた魔族が大勢集っていた。

 何が起こったのかと、ジューディアとナディスが身構えるが、それを魔王が制した。


「よもやおまえが来るとはな、錬戦、ヴァルストよ!」

「ハッ、魔王様なら行動を起こされると思い魔王軍の兵士を集めてまいりました」


 魔王はヴァルストの登場に、成る程と唸った。アンネが結界の外に残ったのは、援軍が来ることを予想していたのだ。だから、また穴を開ける必要があったのだ。

 他の四天王には地上で調査を依頼したが、ヴァルストに関しては軍の動きを調べさせていた。こうして間に合ってくれたのは幸運としか言いようがない。


「ま、魔王様! 我々、グラトニー魔王軍駐屯部隊、やってまいりました! 魔王様に目を覚まさせていただいた我々の命、どうぞお使いください!」


 ヴァルストが連れてきた兵士には見覚えがあった。

 ゲートの監視を命じた者どもだ。魔王が一喝してからは、ケラヴスと良好な関係を保っていると話に聞いていた。魔界の入り口から魔界の最奥までやってきてくれたことに、魔王の胸に熱いものが込み上げてくる。


「ゲッゲー」


 緑の肌のゴブリン、アルバートも参戦するようで、ナディスの前で踊りを躍っていた。その様にナディスは苦笑いを浮かべている。


「集まってもらったのは嬉しい。だが、この人数ではとてもではないが勝つことはできん」


 相手の数は一〇〇〇、こちらは多く見積もっても一〇〇。この戦力差では勝ち目はない。やはり、別の策を講じる必要がある。


「大丈夫です。時間稼ぎくらいはできますよ。僕は魔王様に任命された錬戦。軍を率いて戦うのなら、誰にも負けはしません。それに、勝つ必要はないじゃないですか。時間さえ稼げば、魔王様があの女を倒してくれるんですよね?」


 しれっと言いたい放題なヴァルストに対して、魔王は苦笑いを浮かべてしまう。しかし、自分が命じた錬戦の力は本物のはずである。


「良し、ここはおまえに任せる。十二分じゅうにぶんに時間を稼げ。その間に我らは魔王城に乗り込む! ほれ、筋肉ダルマ、魔王城を目指すぞ」


 馬のように扱われるジューディアであったが、魔王が元の横暴な様子に戻ったのが嬉しかったようで微笑んでいた。


「いくぞ! 我々の魔王様のために時間を稼ぐぞ」


 ヴァルストの掛け声に兵士たちの叫びが湧き上がる。その勢いで敵軍へと突っ込んでいく。一〇〇対一〇〇〇という圧倒的な戦力差で始まる戦の合間を抜けて、魔王たちは魔王城へと侵入していく。

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