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第46戦・新魔王の大演説

前回のあらすじ

勇者、日本に送還される。

 魔界の空が真っ黒に染まる。そこに浮かび上がったのは、赤髪の女性。彼女の名はエレジア、新たに魔王となった人物である。


「この度は我らが同胞の力を得て魔王城の占拠に成功した。城の中にも今の魔王に不満を持つ者が大勢いたということだ。前魔王は四天王といった大役を自らの息がかかった者で固め、その地位を盤石なものとして、他の意見を取り入れようとしない。それが顕著なのが、人間の許容である。


 勇者が魔界に乗り込んできたというのに、魔王はそれに対し何の対策も取らず、あまつさえ行動の自由を与えた。これは我々にとって屈辱である。


 それは皆も同様なのではないだろうか。今まで魔王の暴虐さに苦しんでいたはずだ。


 彼は自らの力を誇示し、力こそすべて、力なき者に地位はなしと、暴挙を繰り広げてきた。それにより虐げられた者、地位を奪われた者、全てを失った者もいるだろう。


 だが、安心して欲しい。私が魔王となった暁には、魔族が魔族らしく生きられる、民衆を第一とした魔界を作り上げる。新たなる魔界は自由の世界。今まで息苦しく生活することを強要されることはない。


 魔界は魔族のものだ。魔族が魔族のために生きる場所であるべきだ。だというのに、魔王は勇者を受け入れた。しかも、人間の軍隊の侵攻まで許したのだ。これは、絶対に許されることではない。


 人間の軍隊が侵攻してきたのは、勇者に遅れをとったからだ。それは仕方のないことだ。だが、魔王はその軍隊を追い返しただけで、死者をまったく出さないという愚行に及んだ。


 諸君らも考えてみて欲しい。我々には魔王軍という立派な力がある。にも拘わらず、四天王だけでことを始末してしまった。彼らはいったいなんのためにいるというのだ。人間と戦うために組織されたのではないか。それを不要といったのだ。


 人間の軍隊には、魔族の軍隊で立ち向かわなければならなかった。我らの力を示す必要があった。魔族には勝てない、逆らうことは許されないと、骨の髄まで教え込まなければならなかったのだ。また近いうちに人間の軍隊が侵攻してくるだろう。間違いなく、さらに数を増やして。


 全ては魔王の愚行である。だから、私は立ち上がった。新たな四天王と共に、魔界に誇りを取り戻す。今よりも強い魔界を築き上げようではありませんか。


 魔界だけではない。地上も我々の魔族のものにしようではないか。選ばれし魔族の力をもってすれば、地上の征服も不可能ではない。むしろ、何故今までやってこなかったのか、不思議なくらいだ。


 私は宣言する。誇りある魔族を取り戻す。脆弱な人間など皆殺しにすればいい。世界は我々のためにある。さあ、立ち上がれ魔族諸君。君たちには輝かしい未来が待っている。


 新たなる魔王たるこの私が――」


「――て、長いわ! 長すぎる! たいして意味のあることを言うわけでもなくダラダラと話しおって! もっと要約しろというのだ! おかげで、魔力不足で地に伏せるタイミングを見失ったではないか!」


 つい声を上げてしまう魔王に勇者一行から冷たい視線を投げかけられる。魔王は気まずそうに視線を逸らすと、その場で、ばたり、と音を鳴らして倒れてしまった。


「はぁ……あほくさ」


 誰ともなく、ぽつりと言葉が零れた。




 目を醒ますと、見知らぬ天井が見えた。地に倒れたはずが、背中には柔らかな感触。どうやらベッドの上にいるらしい。

 魔王は上体を起こして辺りを見回した。


「ここは?」

「少なくともあんたの城じゃないわ」


 声の方に視線を向けると、弓の弦をチェックしているナディスが椅子に座っていた。

 見覚えのない木製の部屋には、ナディスの他に、アンネ、ジューディアと、ハナコを除いた勇者一行が集まっていた。

 魔王は自らの魔力が尽きて倒れたところまでは憶えているのだが、そこから先の記憶がない。勇者一行に囲まれているという、極めて危険な場所にいるというのに、魔王は心が落ち着いていた。


「貴様らがわれをここまで運んだのか?」

「新たな魔王の出現で、俺たちの立場が危うくなったのでな、『ワース』の外れにある宿に籠っているのだ。あんたの立場もヤバいだろうって、ここまで運んだんだ。迷惑だったか?」

「いや、助かる」


 普段なら気を失って地べたに倒れたとしても、魔王にはなんら問題はない。だが、今は違う。魔力を使い果たし、完全な無防備になっている。敵に襲われることがあれば、窮地きゅうちおちいることだろう。


「よいしょ」


 魔王はベッドから起き上がり自らの足で立とうとしたが、ふらりとして、足元がもつれてしまう。ベッドに手をつくことで、辛うじて立ち上がることが出来た。


「魔力切れが辛そうじゃな。儂らに攻撃の意思はないからの、もう少し休め」


 アンネの言葉を無視して魔王はベッドから手を離して歩き出した。ずっしりと重く感じる身体を両脚で支える。


「そんな状態で何する気なのよ? あんたはもう、魔王でも何でもないんでしょ? ここでゆっくりとしてれば?」


 ここの宿はしばらく安全だから、とナディスが付け加えた。それに魔王はかぶりを振る。


「ご免こうむる。われは新しく魔王となった不届き者を成敗せねばならん。時間がかかれば、それだけ兵が集まるだろう。早い方がいい」


 魔王は説明を求めるように、ジューディアに視線を送る。


「あんたが倒れてから、新魔王の演説は三〇分続いてな。本当に長かった。聞かなくて良かったな。それから、三日間ずっと昏睡状態だったんだ、無理はやめた方がいい」


 魔王は顎に手を添えて思案する。

 たかが三日、いやこの非常時に三日は時間が経ちすぎている。それだけでどれだけの兵を集められるか。魔王城を占拠した時点で相当数の兵士がいるだろう。守りを盤石ばんじゃくとするために、さらに兵を集めているに違いない。


 魔王城の兵士だけではない。地上への侵攻も準備を進めていることだろう。新たな魔王エレジアは人間を徹底的に排除しようと考えている。地上へ派兵して地上の駐屯地を奪還するように動くはずだ。


「やはり駄目だ。一刻も早くあの女を魔王の座から引きずり降ろす必要がある」


 決意を固く、魔王は部屋の外へと歩き出すが、その前にアンネが立ちはだかる。


「待て。よしんば小娘を倒せる力が残っているとして、魔王城の結界をどうするつもりじゃ?」

「ああ……いつも使ってなかったから忘れていたが、そんなのもあったな」


 魔王とアンネの話についていけない、ジューディアとナディスが眉を顰める。

 二人にとって、魔王城に結界があるなど初耳である。その説明を求めるように、アンネに詰め寄る。


「魔王城は三つの祠で作られる強固な結界があるのじゃ。魔王城攻略には、『食』『睡』『性』の三つの祠を攻略する必要があったのじゃ。まぁ、こいつは使っていなかったようじゃがな」

「そんな結界があったのね。ハナコがいれば、剣の一振りで壊せそうだけど……」


 そこまで言って、ナディスは口を閉ざした。勇者ハナコはもうこの世界にいない。魔王の送還魔法で異世界にほんに帰ったのだ。それを思い出して、ナディスは苦い表情をした。


「ハナコがいなくとも、どうとでもできるだろ。なぁ、アンネリーゼ伯母様。貴女の力があれば、結界に穴を作る程度のことはできるでしょう?」

「「伯母様!? アンネリーゼ!? どゆこと!!」」


 ジューディアとナディスが同時に声を上げる。

 先程から持たされる新情報に二人の頭は混乱の極みにあった。


「まぁ、儂のことは良い。確かに儂の魔法なら結界に穴をあけることはできる……じゃが、そこまでじゃ。それ以降はヒヨッコの力でどうにかするしかないぞ?」

「解っています。あの軟弱な新魔王程度、われ一人で充分です」


 出口に向けて歩く魔王の足は震えて、もつれ、真っ直ぐに歩くこともできない。とてもじゃないが、一人で魔王城へ攻め入ってどうこうできる状態ではない。


「はぁ……仕方ないわね。私たちも力を貸すわ」

「いや、結界さえ何とか出来れば、われ一人でどうとでもなる」


 魔力切れで真っ青な顔をした魔王の肩をごつい手が掴む。


「まぁ、そう遠慮するなって。新しい魔王の場所までなら、運んでやれる」

「ハナコ程じゃないけど、私たちもそこそこ強いんだから」


 よろよろの魔王をジューディアが肩に担ぐ。じたばたとする魔王だが、力が籠っていないせいで、手足をぶらぶらとさせるので精一杯だった。ナディスはそんな魔王の脇腹を突きながら笑う。アンネは渋々といった感じで後に続く。

 そして、魔王と三人は部屋から出ていった。

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