第45戦・異世界送還魔法
前回のあらすじ
アンネの協力を受けて、ハナコを送還する準備は整った。
行政都市『ワース』その外れには未開発の広大な荒野がある。ここは過去の大戦で使用された魔法によって不毛の土地となってしまった。未だにその魔法の力が残留し、高い魔力溜まりとなっている。
そこに五人の人影がある。黒いマントを纏った魔王と、勇者ハナコを筆頭とした一行である。
魔王一人に対し勇者側は四人。だが、魔王と対面しているのはハナコのみで、ナディス、ジューディア、アンネは少し離れた位置から二人を見守っている。
このような事態になったのは、魔王からの決闘の申し込みがあったからである。
◆
勇者たちが宿泊してた宿屋『穏やかな波』に一通の手紙が届けられた。差出人は魔王であることが配達人から知らされていた。
手紙に目を通すと、そこには勇者との決着をつけようという内容が記されていた。
示された内容は、魔王と勇者の一騎打ち、その場所は『ワース』の外れにある荒野、それを望むものだった。
勇者一行はその手紙により意見が別れていた。
「こんなのに付き合う必要はないわ」
ナディスはそう言い捨てた。
「だいたい、どうしてハナコと一騎打ちなの? 私たちは四人のパーティー。みんなで力を合わせて戦うべきじゃないかしら。それに、魔王城も目と鼻の先。直接乗り込めばいいのよ。最初からそのつもりだったでしょ」
その言葉は間違いなく正しいものだった。
勇者たちが四人で協力して魔界に来たのは、魔王討伐のため。魔王を倒すという目的で四人は一緒になったはずなのだ。だから、その決戦に自分が参加できないことを、ナディスは拒否したのだ。
「……確かに、ナディスの言うとおり、最初からそのつもりだ。四人の力を合わせて戦うべきだろう。だが、魔王からの申し出だ。それを無視するのは、礼を失するのではないか?」
「はぁ? 礼を失する? いくら何度も戦った相手とはいえ、魔王なのよ? 今度こそ卑劣な罠を――」
ナディスは何かに気付いたように、口を閉ざした。あの何も考えていない魔王がそんな手段を取るはずがない。それを頭の中で解っていたのに、口に出してようやく気づいた。
「……儂は、決闘を受けてもよい、と考えておる」
積極的に口を出してきたアンネにナディスはもちろん、ジューディアも驚いたように視線を向ける。アンネは真剣な面持ちで、何の考えもなく言っているのがわかる。
「……みんなの考えは分かったよ。あたしは魔王さんと決闘する。勝てばもう戦わなくてもいいもんね」
ハナコの出した結論を仲間は受け入れた。決闘する本人が決めたことではあるが、反対していたのはナディスだけであって彼女が納得したのだ。
勇者一行はこうして決闘を受け入れたのだった。
◆
勇者は以前の試合で新調した剣を正眼で構え、黒い外套をたなびかせる魔王も戦闘準備は完了していた。後は、何かきっかけがあるだけで、勝負は始まる。
対峙して数舜、ヒュと強い風が吹いた。同時に魔王と勇者が突進し、ちょうど中間地点でぶつかり合う。魔王の魔力を帯びた拳と、勇者の斬撃の応酬。大気を震わせ、衝撃を撒き散らし、荒れた大地を抉っていく。
二人の様子を見守っていた勇者一行はその場に立っていることも難しくなり、姿勢を低くして吹き飛ばされないよう身構えていた。
勝負は勇者の優性。いくら魔力を込めた拳とはいえ、勇者の馬鹿力には敵わない。だが、今はそれでいい。。
魔王は勇者の斬撃を受けるようにして、同時に後方へと吹き飛ぶ。多少の距離をとった魔王は、すぐさま魔法の詠唱を始める。
「焔氷波暗光斬」
魔王が持てる最短の全六属性混合魔法。反属性三つを一つの魔法に収束させる、魔導を極めた魔王だからこそ可能な術である。
金色の斬撃が三つ、勇者に向けて放たれた。直撃と同時に周囲一帯に爪痕を残し、激しい土埃が巻き上がった。全てが切り裂かれた煙の奥から、無傷の勇者が魔王に向けて突進してきた。
魔王の放った魔法は勇者への攻撃以外に二つの意味があった。ひとつは土埃で視界を奪い攻撃を単調にさせること。もうひとつは、こちらが本気を出すことで、勇者の本気を引きださせることである。
誰の目にも止まらない程の突進は魔王に向かって行く。だが、それを待っていた魔王は紙一重で攻撃を躱す。勇者は次の突進を敢行するために、方向転換で少し動きが止まる。それを魔王は待っていた。
魔王の懐から出したモノは頭蓋骨サイズの『賢者の石』それを、隙ができた勇者へと投げつける。同時に魔王は詠唱を始めた。
「隣り合う世界は最も近く、無限に遠い。いかなる業をもってしても隔たる壁は破ること叶わず。その絶対の理を今ここに破壊し書き換える。我が魔王の名において、異なる世界を繋ぐ門よ現れ出でよ」
魔王の詠唱が始まると、『賢者の石』が太陽のように輝き出す。動きの止まった勇者に光が集まり、柱を形成していく。光に閉じこめられた勇者は、外から姿を確認できなくなっていく。
「次なる旅路に光あれ! 天破開門・異界法」
発動と当時に『賢者の石』が空中で砕け散る。すると、勇者を閉じこめていた光が徐々に弱まって、いずれ光の柱は消え失せてしまった。そこには、何も残ってはいなかった。
「ハナコ!」
地面に手をついて衝撃に耐えていたナディスが、身体を起こしてハナコが消えた場所へ駆け寄ろうとした。しかし、それをアンネによって止められてしまう。強固な魔法の壁に阻まれたナディスは力なく頽れた。
「アンネ……。これは、どういう事? ハナコには魔法が効かないんじゃなかったの?」
「……先程の魔法は、ハナコを異世界へと帰還させるためのものじゃ。この世界ではない異世界の理を破るこの魔法は、ハナコにも有効なのじゃよ」
魔法の壁に項垂れるナディスと、何が起こっているのか解らないジューディア。
「この決闘の本当の目的は、ハナコを異世界に帰すためだったの?」
「その通りじゃ」
「私たちを騙していたの?」
「そうじゃ。ハナコのことを思ってな」
「何よそれ! どうして今更ハナコを帰すのよ!」
行く手を阻む壁を何度も叩きながら、ナディスは叫ぶ。その顔は涙に濡れて悲痛なものになっていた。
沈痛な空気が流れる場所に、どさり、という何かが倒れた音が鳴る。そこには膝をついた魔王の姿があった。
魔王の顔は真っ青で、粒のような汗がいくつも浮かんでいる。そうとう消耗しているのか、呼吸も荒く尋常でないことが一目でわかる。
魔界最大級の『賢者の石』を触媒としても、異世界送還魔法は魔王の魔力を根こそぎ奪っていた。それは、命を脅かすほどのものだった。今すぐにでも倒れそうな身体を魔王は力を振り絞って耐えていた。
「ヒヨッコにしては、よくやったのじゃ」
アンネは瀕死の魔王を見つめながらぽつりと、言葉を漏らした。しかし、その視線は異変を察知して、虚空へと向かって行く。
先程までどんよりとして地上を照らしていた空が、少しずつ暗くなっていくと、ついには夜のように真っ暗になってしまった。アンネだけではなく、ナディス、ジューディアも異変に気付き、空を見上げる。
空に女性の姿が浮かび上がってくる。短く切りそろえられている赤い髪。魔界を見下ろすかのような切れ長の目。そして、真っ赤な外套を身に着け翻している。
「魔王城は我らの手に堕ちた。私はエレジア、新たな魔王である」
天に浮かんだ女性――新魔王エレジアがそう宣言した。




