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第42戦・消えた九〇〇〇の兵

前回のあらすじ

死亡したはずの四天王がアンデットとして復活。

地上へと派遣した兵士の数の不一致とは?

 静まりかえった円卓の間、そこには魔王と錬戦ヴァルストだけが残っていた。

 大臣と他の四天王は地上に派遣した兵の数が合わないことを調査させている。ヴァルストだけを残したのは、地上について詳しく訊ねたいことがあったからだ。


「もう一度問うぞ、ヴァルスト。駐屯地に派遣された魔王軍の兵士は一〇〇〇名だったのだな?」

「それは間違いありません。一万の兵士がいたら、一夜で駐屯地が壊滅されるわけないじゃないですか」

「いや……一〇〇〇の兵士でも一夜はないだろ」

「も、申し訳ございませんッ!」


 外見はショタっ子のヴァルストが必死に頭を下げる。

 いじめているつもりはないのだが、過剰なまでに謝ってくるので、魔王は自分が悪いことをしているような感覚になる。ヴァルストは結構な歳で、アングリフやロザリクシアよりよっぽど年齢が高い。外見とおどおどした様子が、見た目の年齢を下げていた。


「ま、まぁ、それはそれとして、地上の魔王軍はどうだった?」

「どうだった? とは、どういう意味でしょうか?」

「地上への侵略のことだ……お前はいったいどういう指揮をしていたのだ」


 少し語気の強まった魔王の言葉に、ヴァルストは身を縮めてしまう。責めているつもりはないのだが、そう取られてしまったようだ。どうにもやりにくくて、魔王は頭を掻いてしまった。


「主な任務はゲートの守護です。それから、駐屯地に侵入者がいないかの見回り。時間が空いた者は訓練を行わせていました」


 その回答は実に模範的だった。

 この程度の任務なら、確かに一〇〇〇名程度で事足りる。むしろ、多すぎるくらいだ。地上を征服出来る程度の兵力として一万の兵士を送っていたのは、些か過剰だったのかもしれない。


「も、もしかして、僕、疑われています? 九〇〇〇の兵を使って悪事を働いていた、とか?」

「そんなつもりはない。仮にもわれが任命した四天王。嘘偽りを口にすることはないだろう」


 魔王は任命したことを忘れていたが、と心の中で付け加えた。


「あのー……本当に一万の兵士を派遣したんですか? 覚え違いをしていた……とか?」


 主である魔王を疑うその度胸に、魔王は逆に感心したが、実はただの天然なのかもしれないと、認識を改めた。

 魔王は間違いなく一万の兵士を地上に送るよう指示をした。それは、大臣も承知していた。

 一万の兵に対して充分な食料と物資の供給も予算に入っていた。本当に一〇〇〇の兵しかいないのなら、供給量があまりにも多すぎる。それを踏まえると、やはり、一万の兵士は地上にいたと、考えざるを得ない。


「いや、間違いなく一万の兵士を派遣した。一〇〇〇程度の兵士では無理でも、この数なら地上征服もできるだろうが。侮るでない」


 魔王は胸を張ってみせるが、その様にヴァルストは物申したいように視線を向けていた。


「言いたいことがあれば言ってみろ」

「ま、魔王様。一万の兵では地上征服はとてもじゃないですけど無理ですよ」

「何を言うか。我が魔王軍の兵士は、人間兵の百倍の働きをするぞ?」


 ヴァルストの反抗的態度に魔王もムキになってしまう。自分の見立てが悪いと真正面から言われているようだった。


「そうですね。地上の征服は無理ですが、王国の一つや二つ……いえ、三つや四つ占領出来るでしょう」

「むぅ……思ったより少ないな。そんなに人間どもは強いのか?」

「そうではなく、数が足りないです。占領した国をそのまま放置するわけにはいきませんし、そこに戦力を割いたら他国への侵略は難しくなってしまいます。魔界の人口を考えてもわかるでしょ?」


 魔王の口の端がひくひくと痙攣する。

 この四天王の一人は、真正面から自分を馬鹿だと言っている。数の数え方も知らないのかと、見下している。確かに、ヴァルストの言うとおりなのだが、いちいち言い方が気に食わない。

 魔王は自分がこの四天王を忘れてしまった理由が何となく分かってきた気がした。


「だが、王国の四つ程度なら占領出来る戦力なのだな?」

「勿論そうです。人間にとっては充分すぎるほどの脅威になると思います」

「その脅威に追い詰められた人間は勇者を召喚した……」


 地上の事をよく知るこの男と話していると、バラバラだったピースが組み上がっていくのがわかる。


「えっと……何が言いたいんですか?」

「地上へ送った兵士一万、行方が不明になった九〇〇〇の兵。そいつが暴れたら、魔族は人間を襲う野蛮な相手だから退治しなくてはならない、となる訳か」

「当然、そうなりますよ」


 ヴァルストは魔王の意図が汲めずに首を傾げる。何を至極当然なことを言っているのかと、そう思っているように見える。


「エルフと初めて会った時、魔王軍に里を焼かれたと言っていた……これでは、話が噛み合わなくて当然だな」


 魔王は誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いていた。


「錬戦よ。お前は魔界で軍の内情を探れ。九〇〇〇の兵がどういった経緯で地上へ向かったのか」

「はい。承りました」


 軍服の男は頭を下げてから円卓の間から出ていった。

 ひとり残った魔王は、手を組んで虚空を見つめた。その眼差しは強い決意に満ちていた。


「これから魔界は戦乱となる。ならば、その前にやっておかねばなるまい……」


 魔王は自答を口にして玉座から立ち上がった。これからやるべきことのために。

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