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第41戦・最後の四天王

前回のあらすじ

魔王、病院帰りにエルフと密会。

 魔界の最奥にある魔王城。高すぎる屋根は雷雲に隠れ頂上は視認できない。

 その魔王城の円卓の間には魔王、大臣、四天王の五人といういつものメンバーが集っていた。

 だが、今回はいつもと様子が違う。全員がだらけており、部屋の中には緊張感がまるでない。魔王は作り物のナイフを弄っており、ロザリクシアは円卓に突っ伏し、ケラヴスとアングリフは向かい合って指相撲に熱中している。


「……魔王様、勇者一行が魔王城最寄りの街『ワース』に到着しました」

「へー……」


 唯一、大臣だけは背筋を伸ばし平静な面持ちで座っている。魔王は樽形の玩具を覗き込みながら、その報告を聞き流した。その報告に興味がないわけではないが、おおよそ見当のつく事柄だったので特に関心がないだけである。

 工業都市『スロース』を超えたら、魔王城までは行政都市『ワース』しか残っていない。魔王城を目指す勇者一行ならば、それは必定である。


「最終決戦が近づいておりますが、いかがしましょう?」

「……ふーん」


 魔王はさしたる興味がない様子で、樽に蜥蜴男とかげおとこのフィギュアを差し込んでいた。その様子に大臣は紫の瞳を閉じて軽く溜息をついた。

 腕の骨折が治った魔王は、極度の金欠と燃え尽き症候群で覇気を失っていた。実質、勇者との決着がついてしまった感じがあって、決戦に対する気持ちが萎えていた。


「次はどんな勝負にするかなぁ……。この『抹殺まっさつ蜥蜴男とかげおとこ』にでもしようか?」


 樽にナイフを差し込むと「グエー」という汚い音を発して蜥蜴男が空へと舞い上がった。


 そんなだらけきった円卓の間に、バンッ! という大きな音が響いた。

 魔王は部屋の扉に視線を向けると、そこには少年のような魔族が険しい顔で立っていた。まずは低い身長と、緑の髪と瞳に目が行く。服装は堅苦しい軍服。その着衣とは裏腹に顔は幼く少年のようで、とても軍人には見えない。

 他のメンバーも何が起こったのかと顔をあげて、視線を集中させた。


「ま、魔王様! 勇者が、勇者が攻め入って来ました!」


 慌てた様子で、少年は騒ぎ立てるが、円卓の間は落ち着いたものだった。それよりも、魔王たちには気懸きがかりがあった。


「勇者が魔界に来ていることは承知してる。……というか、貴様は誰なのだ?」


 魔王は全くの他人を見るような目で少年を見る。ただの兵士がこの円卓の間に踏み込めるはずはない。

 セキュリティがガバガバに思える魔王城ではあるが、仕える兵士は一流の者だけを集めており、魔界で一番安全な場所と呼ばれる程である。

 そんな魔王城の――しかも、精鋭しか入ることを許されていない円卓の間にまで来ることは出来ないはずだ。


「え!? もしかして、忘れられてる!? 僕ですよ。ほら、魔王軍地上駐屯地を任せられた四天王が錬戦れんせん、ヴァルストです!」


 円卓の間は静まり返り、部屋の中にいる全員が視線を泳がせた。


「あー……。そうでしたな。そんなのが、いましたな」

「そうです。確かに……いた気がします」

「んー……あれ? そうだっけ?」


 ヴァルストのことは誰もがうろ覚えであった。同じ四天王であるメンバーはこぞって憶えていない様子である。


「そんな奴もいたかな? だがなぁ、魔王軍の地上駐屯地は壊滅したはず。そこの指令も共に死んだのではないか?」


 駐屯地を壊滅させた勇者のことを考えれば、生かしておくとは考えられない。魔界に来た当時は好戦的で、こちらの台詞に割り込んで攻撃をしてきたほどだ。それに、指令は死亡したという報告も受けていた。


「死にましたよ! だから、アンデットになって蘇ったんです!」


 四天王が錬戦は軍服の裾を捲って肌を露出させてきた。

 肌の色をよく見ると、土気色でまったく生気がない。さらに観察すると顔にも死相がある。動いているが、どう見ても死んでいる。


「……四天王ともあろう者が、やられてしまうとは情けない」

「いきなり酷くないですか? 僕はわざわざ蘇ってまでここに来たのに!」


 魔王は「冗談だ」とヴァルストを宥める。


「ですけど、あの勇者、滅茶苦茶強かったんですよ。こちらの兵士はあっという間に惨殺されましたし……」


 最初は威勢があった錬戦ではあったが、次第に声が小さく萎んでいく。冷静になって、自分が敗北したことの言い訳をしていることに気付いたからだ。もともと気の弱い性格であったらしかった。


「確かに強かったが、一万の兵を失うのは、ちょっとどうかと思うぞ? 任命したわれも責任を問われそうだ」


 魔王の発言に、ヴァルストは首を傾げる。先程の言葉に違和感があるように見えた。魔王もその様子に、何かが食い違っていることを察した。


「魔王様、そこまで馬鹿にしないでくださいよ。一万もの兵がいる訳ないじゃないですか。駐屯していた兵は多くいましたけど、せいぜいが一〇〇〇人程度でしたよ?」

「なん……だと?」


 魔王は地上を征服することができるほどの軍を派遣していたはずだった。

 だから、勇者が駐屯地を破壊、侵略してくる前は余裕綽々だった。地上を支配した気分でいたのだ。しかし、たった一〇〇〇の兵士でそれが達成できるはずがない。


「……貴様、本当に四天王の錬戦か? どうにも嘘くさい」

「ほ、本当ですよぉ……。信じてください……」


 今にも泣きそうなショタっ子軍人の目に嘘偽りを読み取れない。もし、嘘をついていたのならば、それは驚くべき演技力だ。


「まぁ、魔王様の目は節穴ですからね。この方は間違いなく四天王の錬戦、ヴァルスト様です」


 ショタが大臣のフォローに目を輝かせる。今まで疑惑しかかけられなかった彼にとっては、まさに天の助けであった。


「だが、それなら、われが派遣した残り九〇〇〇の兵はどこに行った? 確かに送ったはずだ。どうなっているのだ大臣よ」


 大臣は魔王の疑問に、ハッとして表情を曇らせた。


「も、申し訳ございません……。地上に関しては部下を通じてでのみ把握しておりましたので……」


 大臣は過ちに気付いて、すぐさま頭を下げた。

 魔王は知っている。大臣が嘘を言っていないことを。

 魔界と地上はゲートで繋がっているのだが、それ以外ではどこにも繋がっていない。そのため、地上の状況を知るためには、ゲートをくぐって地上に赴く必要がある。魔術の通信技術は使い物にならない。

 大臣は魔界の行政の九割を担っている。そんな彼女が地上へ行く時間がないことは当然である。地上とのやり取りは部下を通してしか行えなかったのだ。


「うむ。大臣が一万の兵を送ったことは我も承知している。ならば、残りの九〇〇〇の兵士はどこへ行ったというのか……」


 魔王は俯き、頭を回転させて何をすべきかを考える。特に気になっているのは、地上とのやり取りをしていたという大臣の部下だ。こんなことが出来るのは、そいつ以外は考えられない。色々と考えたとしても、まずは事実確認が必要だ。


「大臣よ、お前は地上との連絡役を問い詰めろ。四天王は地上へ赴き、九〇〇〇の兵の行方を探れ。錬戦はここに残ってもらう」

「「ハッ!」」


 魔王の命令で、忠臣たちは各々に動き出す。すぐに円卓の間は、魔王と錬戦の二人だけになった。


「エルフの言っていた里の襲撃……つまりは、そういうことか」


 魔王は自らに言い聞かせるように呟いた。

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