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第40戦・未熟と信念

前回のあらすじ

勇者、自らの行いに疑問を抱く。

 日が傾いて薄暗くなった郊外の森の道なき道を、魔王は人目を避けるようにひとり歩いていた。右腕に填められた白いギプスだけが不気味に浮き上がって見える。


「……あの医師め。何かと言いがかりをつけて注射してきおって! あいつはただ注射を打ちたいだけだろうが」


 腕の骨折の経過観察として検診を受けたばかりの魔王は、魔王城へ帰る途中であった。なぜこのような険しい道を歩いているかというと、人に見られたら恥ずかしかったからである。

 魔王たる者、常に健康、健全、不遜で無敵で在るべきである。腕を折った程度で病院通いをするなど、恥以外の何ものでもない。このような無様を他の魔族に見られたくない。


 ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ


 遠くから風を斬る音が耳に届く。何の音かが気になった魔王は、音に向かって歩きはじめた。


 さらに森の奥へと歩いた魔王はほどなくして、音の原因に出会った。

 金髪の美しき精霊のような女性が弓に矢を番えていた。その所作ひとつひとつに無駄がなく、その様は機械のように寸分たがわぬ動きに見えた。

 一通り矢を撃ち尽くしたようで、女性は弓の構えを解いて額に光る汗を拭った。


「よう、精が出るなエルフよ」


 声をかけられて、エルフことナディスがようやく視線を魔王に向けた。すぐに弓を構えて戦闘態勢へと移行して魔王を威嚇する。だが、もう矢がないことに気付いて懐からナイフを取り出した。


「待て、われだ。魔王だ」


 魔王は殺気を感じて、自らの正体を明かした。そうしなければ、られる、と本能が察知した。ミスリル銀程度のナイフは魔王にとって何の恐怖ではないのだが、ナディスは殺る、といえば、殺る女だ。

 魔王と認めたナディスは構えたナイフを下ろした。


「なんだ、ただの魔王か……それで、何の用?」

「何をしているのかと思ってな」


 ぶっきらぼうに言うナディスに魔王は真面目に回答した。それに対してナディスはバツが悪そうに顔を伏せた。


「……ただの訓練よ」

「ただではないな。ちょっと熱が入りすぎているのではないか? 何があったか話してみろ。聞いてやる」


 魔王は尊大な態度でナディスを見下してくる。それが不快でナディスは端正な顔を嫌そうに歪めた。

 何も話さないだろうと思っていた魔王だったが、意外にもナディスは口を開いて胸の内を吐露し始めた。


「この前の勝負、あれ、私だけ負けたでしょ? まぁ、あのハゲもあれだったけど引き分けだったし」


 ナディスは肩を落とし溜息まじりにぽつりぽつりと呟いた。魔王はそれを聞きながら顎に手を当てて思い起こす。

 ゴリラはどうでもいいとしても、見た目は童女中身は独身女性のアンネはケラヴスを瞬殺、勇者ハナコも自らの剣を砕かなければ勝利を収めていた。唯一まともな試合をしたナディスだけが黒星を付けていた。


「確かに貴様だけ負けていたな。だが相手が悪かっただけだ。前衛と後衛の戦いでは前衛が有利だろ。貴様の真価は仲間のサポートだろうが。そのくらいで気にするな」


 魔王は気休めを言った。内心では四天王の誰と当たってもナディスは勝利を収めることはできないだろう、と思っている。ケラヴスとアングリフは当然として、愛弟子であるロザリクシアも遅れを取るとは思えない。

 しかし、それは決して弱いという訳ではない。ハナコとアンネが強すぎるのだ。エンシェントドラゴンの群れに放逐された普通のドラゴンのようなものである。


「そんなことは言ってはいられない、負けることは許されないのよ」


 翡翠の双眸から燃えるような強い意思を魔王は感じた。絶対に負けられないという強い意思だ。その強さに魔王は少し気圧されたように感じた。


「何を焦っているのだ。いつもの余裕が感じられないぞ」

「当然でしょ。私は里の仇を倒さなくてはならない。それには、誰にも負けない力が必要なの。いざ仇と遭遇して勝てないなんて、そんな情けないことは絶対にできない」


 ナディスは故郷であるエルフの里を魔族に焼かれている。その魔族を捜して魔界くんだりにまでやってきたのだ。その目的を果たせないということはあってはならない。それが、彼女を追いつめているのだろう。


われが憎いか? 貴様の里を焼いた魔族と同じ、このわれが」


 魔王の問いに、少し間をおいてからナディスは口を開いた。


「お前は憎くない。個人的には好感が持てる。馬鹿で阿保で間抜けだからね、どこか憎めない」


 そこまで言ってから、ナディスの表情が険しくなる。


「だが、魔族の中には私の里を滅ぼした仇は存在する。それをゆるすことなんてできない。絶対に私の手で殺してやる」


 魔王の問いに対する回答ではなく、自分に言い聞かせるような呟きだった。自らを戒めるような、怨嗟でもあるように聞こえる。魔王はそれもやむを得ないことだと感じた。


「エルフの里を襲ったか……われに心当たりはないな。そんな命令は出していない……何か情報はないか? われの情報網をもってして捜し出してやろうではないか」


 捜すのは大臣の仕事になるだろうが、魔王は自分の手柄にしたかった。女の子にちょっと格好よく見られたいという、ただの下心からの言葉であった。


「情報なら……ある。お前は『DDD』を知っているか?」

「ディーディーディー? 『D』三つってことか? まあ、どちらにせよわれは憶えがないな」


 ナディスはさして期待していなかった様子で、魔王から視線を逸らした。内心、がっかりしているのか、安堵しているのか、ナディスの表情からは読み取れない。


「もし、判ったら教えなさい。絶対に殺してやる」


 再び険しくなったエルフの表情は、殺戮さつりくを好む鬼のようだった。その強い決意は魔王にも伝わってくる。自分に向けられた殺意とは比べ物にならない。目で人を殺せそうなほどであった。


「いいだろう。何か判ったら教えてやる。そのときは……その復讐を手伝ってやろう」

「ふん、誰がお前の手を借りるか。私一人の力で成し遂げる」


 ナディスは話は終わったとばかりに、先程放った矢を拾いに歩き出した。魔王も魔王城へ向けて歩き出す。お互いにここであったことは秘密にするかのように。

 はたとエルフは足を止めた。


「で、あんたは病院帰り? あまり人に見られない方がいいわ。噂にされるわよ」

「知ってるよ!? ありがとなッ!」


 余計なお世話と魔王は叫んだ。

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