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第39.5戦・愛でろ、優勝賞品

前回のあらすじ

魔王のポケットマネーが消し飛んだ。

 工業都市『スロース』

 都市を覆い尽くすほどの工場が溢れ宿泊施設が少ないと思われがちだが、物品の買い付けに数多くの商人がやってくるため宿屋は充実している。

 夜が更けてもどこからか、金属を叩く音が聞こえてくる。そんな都市で勇者一行は宿屋『モノづくり』に宿泊している。宿のサロンで四人集まって今日の戦利品をあらためていた。


「ふふふ……ずっと欲しかったこのレインボーダイヤ……ようやく手にいれたのじゃ」


 アンネは精霊銀で出来た杖の柄に頬ずりしながら、天にも昇る思いで恍惚の表情を浮かべている。杖の頂にあるレインボーダイヤはあまりにも大きく、バランスが悪い。しかも、それを持っているのが、童女ということもあり、かなりのアンバランス感をかもしだしていた。


「よかったね、アンネ。とっても嬉しそう」

「ああ、嬉しいともさ」


 勇者ハナコは仲間が幸せそうな様子を見て、自分も幸せになっているのを感じた。

 あの杖はかなり高価なもので、ハナコたちが一生をかけて働いても手に入らない代物らしい。ハナコはその貴重さがぱっと理解することができないでいた。

 喜びに満ち満ちているアンネの隣では、デューディアが巨大な十字架を布で磨いている。


「ジューディアも嬉しい?」

「ああ、武器を新調するときの高揚感は何度味わっても楽しいものだ」


 ついには口笛まで吹きはじめるジューディア。男の子はいくつになっても根っこの部分は変わっていない、とハナコは思い知った。


「ねぇ、その十字架、殴るだけなのに、そんなに違いがあるの?」

「ああ、そうだな。投げやすく殴りやすい。投げるときの重量感は破壊力が増したことを実感させてくれる」

「でも、不思議だね。魔界の方が十字架の出来がいいなんて」


 それは……と、ジューディアは言葉に詰まる。魔界には十字架を使った信仰はない。魔王が前述したようにサンドバッグとして利用されているのであれば、全くの無価値ではなさそうだ。


「そ、それは、魔界の職人の腕の良さだな。地上には出来ない技術があるんだ」


 ジューディアは適当なことを言ってごまかした。信仰者が多い地上では数多くの十字架があって製造のノウハウもある。良いものが出来るはずなのだが、中には粗造品もあるのかもしれない。


「あれ? ナディスは新しいのじゃないよね?」

「ええ、そうね」


 ナディスが手入れをしている弓は白木のもので、勝負に使った黒弓ではない。弓の弦を弾きながらその調子を確認している。


「あの弓はしなやかで、弾性もあった。矢を飛ばすだけならよかったのだけど、私の技術とは致命的にかみ合わなかったのよ。私は技を駆使するタイプだからちょっと使い勝手が悪くてね」

「そっか。手に合うものが一番いいってことだね」


 ハナコはよく分からないままであったが、感覚的にナディスの言いたいことを感じ取っていた。


「そういうハナコは嬉しそうじゃない?」


 ハナコの手にはオリハルコンのショートソード。先の勝負で選んだ剣は砕けてしまったので別物ではあるが、かなりの業物である。同じ名匠『吉雪よしゆき』が鍛造した最高級品である。


「軽くて使いやすいけど、ナディスと同じでちょっと心もとないかな」

「ちなみに今ではどんな剣を使ってたの?」


 ナディスの問いに、ハナコは腕を組み眉根を寄せていた。どうやら、今まで使っていた武器がどのようなものだったのか、解らなかったといった風であった。

 そんなハナコを見て、ジューディアが代弁する。


「あれは城で最初に支給された銅の剣だ」

「はぁ? 嘘でしょ!?」

「そう思うのは無理もないが、本当のことだ」


 周囲の視線を集めるハナコはその意味が解らず首を傾げるばかりだ。彼女の異常な筋力(STR)から繰り出される攻撃はどんな武器であろうとも、粉砕出来ないものはない。どうして砕けなかったのかは当の本人にも解っていない。


「ふふふ、剣の達人は、武器を選ばないってことだよ」

「それ、意味が違うんだけど……」


 本質を解っていないハナコにそれ以上聞き出すのは無理と判断して、ナディスとジューディアは露骨に話題を変えた。


「でも、よかったわね、魔王の腕が折れて。もし負けてたら魔王討伐を続けられないし」

「そうだな。ハナコの武器が破壊されたときは焦ったぞ」


 ハハハと笑う二人は実に気楽で何の憂いもない様だったが、ハナコの表情は曇り、晴れやかなものではなくなっていた。彼女にはどうしても気になることがあった。


「ねぇ。もし武器が壊れなかったらどうだったのかな?」

「それはもう、完勝よ。文句のつけようがないほどの大勝利!」

「……魔王さんの立場はどうなっていたかな?」

「特に変わらなかったんじゃない? 転んで手の骨を折るとか、これ以上ないみっともない結果だったし。どちらにしても、無様であるのは変わらないわ」


 楽し気なナディスとは違い。ハナコは俯いてしまった。

 あの時、尻餅をついた魔王に向けて振り上げた剣をそのまま下ろしていたら、魔王は死んでいたのだろうか。それとも、『絶対結界』に守られて無事だったのだろうか。自ら剣を握りつぶしたが、魔王があのまま負けていたら威厳はどうなってしまっていただろうか。


 あの時は、剣を砕いてしまった方がいいと思っていた。なぜ、そうした方がいいと思ったのか、ハナコには分からない。


「……もしもの話だけれど、負けたら駄目な試合なのに、相手を勝たせたいって思うのはどんな時かな?」


 ハナコの言葉に二人は怪訝そうに顔を覗き込んできた。いつもは能天気なハナコがそんなことを言う姿が珍しかったからだ。しかし、ハナコの真剣な表情から冗談やふざけて言っているのではないことは理解できた。


「そうね。その勝負が負けてもいいようなどうでもいい勝負だったか……」


 ナディスは考えてから、少し間をおいて言葉を続けた。


「相手が負ける様を見たくなかった、とかかな? 自分でも何を言いたいのかわからなくなったけど」

「ああ、判る気がするな。連戦連勝の選手がいて、彼が負けて悔しそうにしている姿は見たくないって思うときがあるな」

「……なんかちょっと違わない? それは、勝負を見ている側の話でしょ」


 疑問を口にしたハナコを余所に、ジューディアとナディスが盛り上がり始めた。その話の中からは、ハナコの気持ちに当てはまるようなものは出てこなかった。


「んー……やっぱり、よく分からない」

「まあ、そんなところだろ。自分の行動に必ずしも理由があるわけじゃない。あったとしても、そのときは、それが最良だったと感じたからだろう」


 やはり、ジューディアの言っていることは腑に落ちなかったが、そのときの感情はそのときにしか判らないのだろう、と結論付けた。

 あの勝負で魔王を勝たせたいと思ったことは間違いなかったからだ。それを悩むなど、不毛なことだ。

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