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第38戦・勝敗の行方

前回のあらすじ

勇者の武器破壊により、魔王の勝利!

 魔王の魔法と勇者の斬撃によって、無惨に破壊された闘技場とその舞台。その熾烈な戦いに半数が吹き飛ばされた観客であったが、それでもなお、賞賛の声が湧き上がる。ついに、魔王と勇者の対決に決着がついたのだ。


「な、なんとーッ! 一時は効果がなかったと思われた魔王様の魔法が、勇者の剣を砕いていたッ! これは、文句なし、魔王様の勝利です! 優勝は、魔王側に決定しましたーッ!!」


 空気を引き裂くような歓喜の声、魔王が勇者を倒したという事実が魔族に昂揚をもたらした。喝采の上がる舞台で一人、勇者は力ない笑みを浮かべていた。なぜ彼女がこのように笑ってるのか、それを魔王は知っている。


「待ったッ!」


 実況にも負けない魔王の大声が闘技場に響く。その声に興奮していた観客は一時的に冷静さを取り戻した。そして、観客は困惑して、歓喜の声はざわめきへと変わっていった。


 魔王が待ったをかけたのは、先ほどの真の勝者が誰かを知っているからだ。

 戦闘中に尻餅をついてしまった魔王に向かって振り下ろされた剣。あれが砕けのは魔王の魔法が効いていたわけではない。あれは砕かれたのだ、剣を握る勇者の握力によって。


 魔王には解らない。なぜ彼女は自ら剣を砕いたのか。あのまま振り下ろされていれば、勝ったのは彼女であったはずだ。今、こうして賞賛を浴びるべきは、彼女なのだ。


「魔王の名により宣言する。この勝負は引き分けとするッ!」


 魔王の宣言により、闘技場はざわめきすらなくなり、完全な静寂となっていた。それから数舜して――


『はぁぁぁぁッ!?』


 闘技場が疑問の声で揺れた。

 湧き上がる不満と疑問で、騒然となった闘技場の舞台で、魔王側と勇者側の両陣営が駆け寄ってきた。一体何が起こったのか、その真意を知るために。


「ま、魔王様、これは一体何の真似ですか?」


 忠臣ケラヴスが魔王に問う。それは、この場にいる全員の総意でもあった。何が起こったのかを知りたい。その一心で魔王へと詰め寄っていく。

 魔王は一度口ごもるが、その理由を皆に示した。


「これを見よ」


 そう言う魔王は外套で隠していた右手を掲げた。


『ええッ!?』


 今度は困惑が闘技場を包んだ。

 掲げられた魔王の右腕は、途中でぽっきりと折れていたのだ。


『敢えていうならば、この右手がわれの武器だ。斬り落とすも、砕くも好きにして良いぞ。まぁそれは無理な話だがなッ!』


 会場全員の脳裏に魔王が堂々と言い放った台詞が鮮明に蘇る。魔王は右手を武器だと。武器は破壊されたら負けだと。


「まぁ、つまりはそういうことだ。われもこの勝負に負けていたのだ」


 この骨折は、勇者のように自ら折ったものではない。あのとき、偶然にも尻餅をついてしまい、そのとき体重を支えようとした右の腕は耐えることができずに、真ん中から折れてしまっていたのだ。


 この状況には、流石の勇者も苦笑い。折角勝ちを譲ったという、渾身の芝居が徒労に終わってしまったのだから。


「はぁ……あほくさ。もう魔王辞めたら?」


 実況の声が全員の声を代弁していた。

 この情けない勝負に誰もが呆れ果てていた。

 それは魔王の配下も同様で――


「魔王様……これは流石に……」

「パパ、かっこ悪すぎ」


 呆れを隠すこともしなかった。

 羞恥に耐える魔王にただ一人だけ優し気な視線を送る人物がいた。それは、共に戦った勇者であった。試合内容はともかく、彼女にとっては楽しいひと時だったのだろう。


「まぁ、われのことは、このぐらいでいいだろう」


 魔王の身勝手な振る舞いをいつものことだと受け入れる魔王の忠臣たちは、次の大将戦について考えざるを得なかった。


「魔王様、こんな形で私の番になるとは思いもしませんでした……」


 呆れというより、諦めといった感じで大臣は呟いた。

 現在の戦績は一勝一敗二引き分けである。つまり、現在は引き分けであり、次の大将戦ですべてが決するのだ。


「大臣よ。この後の判断はお前に任せる。好きにしろ」


 大臣へ言葉を残す魔王を、四天王は引っ張って舞台の外へ向かって行った。


 舞台に残ったのは、シャドーボクシングをするゴブリンのアルバートと、平静なまま佇む大臣の二名であった。観客の次こそはという期待とは裏腹に、その勝負内容はつまらないことこの上なかった。

 魔王の右腕たる大臣と、ゴブリンとでは、その勝敗は決まったようなものである。


「まずは、魔王側の大将、大臣様だッ! ここは本名で紹介したかったのだけど、なんと、名前は不明。ですが、高等魔術を操る才女であることは間違いありません。これは、圧勝間違いなし!」


 紹介された大臣は、静かに頭を下げる。その様は今から試合をするとは思えないほど落ち着いており、かなりの余裕が窺える。


「対する勇者側の大将は、ゴブリンです! ――って、何故ゴブリン? もっと他に手を貸してくれる魔族はいなかったのか? ともかく、これでは勝負にならないでしょう!」


 けなされているような紹介だというのに、アルバートは胸を張って自信満々といった様子を見せる。見た目はゴブリンではあるが、四天王候補に名を連ねるほどの実力を持っている。この勝負の行方は解らない。


「大臣VSゴブリン! 試合開始だぁッ!」


 大臣とアルバートは向かい合い、視線を交わす中、試合開始のゴングが鳴った。

 観客の視線が舞台中央に集まり、これから繰り広げられるであろう戦いに胸を高鳴らせていた。


「降参します」


 大臣の口から敗北宣言が発せられた。

 魔王の時と同じく、凍りついた闘技場に静寂が訪れた。


『はぁ? はぁぁぁぁぁッ??』


 またもや、実況が闘技場全体の代弁を行っていた。

 魔王と四天王は急いで大臣の許へと走り寄った。


「ちょ、どういうこと!? 引き分けにしたわたしが言うのもなんだけど、多少は戦ったら?」

「流石にこれは、マズいですよ」


 ロザリクシアもアングリフも、ケラヴスさえも、この展開に面食らっていた。大臣という重要なポストを担う人物が戦う前に諦めるなど、流石に予想外であった。しかも、相手はゴブリンである。


「試合前にも言いましたが、私は戦闘を行いません。私の順番になった時点で、私たちは負けていたのです」


 四天王は思い出す。確かに試合の前に戦わない、勝負は勇者側の勝ちとなると言っていた。しかし、それは彼女なりの冗談なのだと思っていた。

 ケラヴスは鋭い視線を魔王に送る。このまま負けてしまっていいのかと。


「ま、まぁ……大臣がそう言ったのだし、しょうがないんじゃないかなぁ?」


 視線を躱して魔王は弱々しく言う。こうなることは解っていたが、原因を作ってしまったのは、自分なのだから大きな声を出せないでいた。

 ケラヴスがため息まじりに、手を交差してバツの字を作って実況に見せた。それは大臣の敗北は覆らないことを示していた。


「……大臣様の降参により、ゴブリンの勝利です。と、いう訳で、この勝負は、勇者たちの優勝ということになります」


 実況の淡々とした喋りに、客席からは表情が失せて、今まで何をやっていたのだろうか、と正気に戻っていった。

 勇者側の陣地でも、何とも言えない沈黙が支配していた。結局、この勝負は何だったのか……それに答えられる人物はどこにもいなかった。


 こうして、魔王と勇者の誇りを賭けた勝負は、誰もが納得しないうちに幕を閉じた。ただ一人、賢者アンネだけが満面の笑みでレインボーダイヤの杖を頬ずりしていた。

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