表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/63

第37戦・魔王VS勇者

前回のあらすじ

×ケラヴス  - ○アンネ

○アングリフ - ×ナディス

 応急処置で備え付けられたライトが石畳の舞台を眩く照らす。栄誉の光を浴びるのは、直立する四天王が死戦アングリフ。その傍らには、膝をついて破壊された弓を握るナディスが姿があった。その顔は屈辱で強ばり、表情を見せないように俯いている。


 観客の盛り上がりは最高潮に達して甲高い口笛まで追加され、闘技場を揺らすほどの大音量になっていた。魔王側が勝ったこと、勇者側の完敗だったこと、何よりようやくまともな試合を見ることができたという喜びからの歓声であった。

 騒ぐ観客に合わせるように、アングリフは固く握った拳を天に掲げる。それに応えて、闘技場はさらに激しく揺れ動く。


 観客の熱も冷めやらぬ間に、アングリフは魔王たちが待つ陣地へと戻ってくる。そこで魔王は片手を上げた。それを察したアングリフはハイタッチを決めた。


「うむ、よくやった! こちらの予定通りとはいえ、あのエルフを完封したのは流石だな。われも配下の素晴らしい活躍に鼻高々だ」


 魔王がそうはしゃぐと、その隣でアフロヘアにされたケラヴスが俯いていた。相手が悪かったとはいえ、やはり敗北したことに傷ついているようであった。


「次は魔王様の番です。あの勇者はあまりにも強すぎます。お気をつけて」

「ふん、そんなことは重々承知だ。われにかかれば、赤子の手を捻って関節技を極めて折ってしまうほど楽な相手だ」


 そううそぶく魔王に大臣は横目で視線を送る。また大言壮語甚だしいことを言っている、と言わんばかりの冷やかなものだった。


「ここまでは予定通りじゃない? 後はパパが勝てばわたしたちの勝ちってわけね」


 ノリに乗っておどけるロザリクシアであったが、向けられる視線は厳しい。この予定のなかでは一番の番狂わせをかましたのだから、その待遇もやむを得ない。


「魔王様、一勝一敗一引き分け。私たちが優勝するには、勝ちを掴むしかありません」

「ああ、解っている。ここまで来て引き分けなどという無様は晒せられん。われが勝利し文句なしの優勝を掴んで見せよう!」


 ガハハ、と笑うその様子は勝ちを確信しており、自信に満ち溢れていた。臣下は一抹の不安を懐いてはいるものの、その笑い顔に吹き飛びそうであった。

 魔王は笑い声を上げながら、自陣を出て決戦のバトルフィールドへと一歩足を進めた。



 舞台に立った魔王に待っていたのは、照り付ける照明に、耳をつんざくほどの大歓声であった。三〇〇を超える観客から浴びせられる言葉はまるで波のようだ。いつもは尊大な態度を取る魔王であったが、今だけはその勢いに気圧されていた。


「まずは魔王側の紹介だ! 魔界の王にして魔族を統べる者、最強の男、我らが魔王様だーッ!! この勝負で負ける理由がありません! 勝利は確定だーッ!!」


 アングリフに踏み荒らされた舞台を修復する小休止があったとは思えない盛り上がりで闘技場が沸く。中には色とりどりの紙テープを投げ入れる魔族までいる。紙テープは係員によって綺麗にそうじされていった。


「次は勇者側! なんやかんやで戦闘を回避し続けてきた勇者、ハナコ! その戦う姿を見た者は少数と聞き及んでいます。その実力やいかに!? 獲物はオリハルコン製のショートソード! 取り回しのいい武器が好みなのか!」


 勇者が舞台に入ってくると、総員が団結したかのようにブーイングが巻き起こる。そんなことはお構いなしとばかりに、舞台の中央まで歩いてきた。その堂々とした立ち振る舞いは、一部の観客の感心を買った。

 勇者はただ鈍いだけで、ブーイングを理解しておらず、魔界特有の特別な歓迎だと思い込んでいる。


 舞台の中央、魔王と勇者が睨み合う距離で戦いの開始を待っている――という訳ではなかった。


「ねぇ、魔王さん、何で武器を持ってないの? 何を壊せば勝ちになるのかな?」

われの魔法には杖などという軟弱なものは必要ない。敢えていうならば、この右手がわれの武器だ。斬り落とすも、砕くも好きにして良いぞ。まぁそれは無理な話だがなッ!」


 魔王は鼻高々に豪語する。先程アングリフが勝ったことで気分が高揚しているためだ。


「それでは、副将の試合を開始しますッ!!」


 ゴングがカーンと乾いた音を響かせて試合の開始を知らせた。


 悠然と構えもとらない魔王に、勇者が先制の一振りを放った。その斬撃が魔王のすぐ隣を通過して、軽く魔王の髪を揺らすと、一瞬の間をおいて突風が魔王に襲いかかる。


 黒い外套がはためき、踏ん張らないと後方へと吹き飛ばされるほどの衝撃。魔王の後方の舞台は切り裂かれ、その斬撃は観客席を破壊し魔族たちを吹き飛ばす。


 それだけでなく、闘技場を突き破って地上にまで到達する。地上では噴火したのかと思うほどの土柱が高く舞い上がった。その一撃はまさに天災であった。

 辛うじて地上の店は無事であったが、その被害は尋常ではない。


 魔王がゆっくりと振り返ると、そこは地獄絵図だった。勇者の剣先から巻き起こった衝撃波は扇状に広がって、観客席の四分の一が壊滅的ダメージを受けていた。


 魔王は忘れていたのだ。勇者の圧倒的な筋力(STR)のことを、その尋常ならざる破壊力を。


「やべーこと思い出したッ! 押し込まなければ勝ちはない! 『暗光あんこ』!」


 魔法を行使するには、呪文の詠唱が必要である。長ければ長いだけ高威力の魔法となる。しかし、それはただの魔術師に当てはまる。高速詠唱のスキルを持つ魔王はどんな高威力な魔法でも短い詠唱で行使できる。


 魔王の詠唱で現れた無数の黒い光の槍が勇者に突き刺さる。三文字詠唱でありながら、光属性と闇属性の反属性という高等魔法を駆使する魔王に隙はないはずだった。


 だが、槍が突き刺さったはずの勇者は何事もなく、その場で悠然と立っていた。

 魔王は忘れていた。伯母であるアンネが魔法は効き目がないと語ったことを。


「くっそ! こうなったら拳で言い聞かせてやるッ!」


 魔力を集中させて拳を超強化する。鋼鉄の壁でさえ貫ける破壊力を付与された拳に砕けぬものは――あった。


 殴られた勇者はびくともしない。直立したまま動かない。防御するでもなく、吹き飛ぶでもなく、痛みに顔をしかめることもない。まったくダメージを負わせられていない。


「どうしたの? 手加減する必要なんてないよ?」


 手加減してないんだよ! と叫びたい衝動をぐっと押さえて、魔王は次の策を練る。ふと、思い出す。元々、勇者に勝ち目はないはずだ。それでも勝つためにこの勝負を挑んだのではないか。


「澄ました顔もここまでだッ! 『焔氷えんが』!!」


 勇者を中心とした発生した大爆発が、壊れた天井を突き破って、きのこ状の煙を立ち上らせる。


 火属性と水属性の反属性魔法。高威力の爆発を起こして何もかもを粉微塵に破壊する高等魔法。勇者に魔法が効かないのなら、武器である剣を破壊する。


 剣を目標として爆破させたのだ、いくらオリハルコン製の剣といえども、無事で済むはずが――済んでました。


 勇者が持つオリハルコン製のショートソード。アレはただの剣ではない。魔界随一と呼ばれる名匠『吉雪よしゆき』が鍛造した魔界屈指の逸品。高位魔法の爆発さえ耐えるという、至宝とまで昇華した剣なのであった。


 何という幸運値の高さであろうか。適当に手に取ったであろう剣が魔王を苦しめるほどのものだと、当の勇者も思っていない。


「ようやく攻撃してきた。次はあたしの番だよ」


 魔王めがけて、勇者が名匠『吉雪よしゆき』の鍛えた最強の剣が振り上げられる。

 このままでは真っ二つでは済まないと判断した魔王は、後退って距離を取ろうとしたが、応急処置した舞台の石畳に躓いた。予想外のことに咄嗟に対処できなかった魔王は、情けなくもその場で尻餅をついてしまった。


 斬撃を防ごうと左手を前方に構える。冷静な判断ができない魔王は、その程度で勇者の攻撃を防げないことに気付けない。


 振り上げられた名剣は勇者の筋力で強化されて、魔王へと振り下ろされる。――が、魔王に届く前に剣が砕けてしまった。

 砕けた剣の破片を浴びながら、魔王は自分が助かったのだと理解した。


「な、なんとーッ! 一時は効かないと思われた魔王様の魔法が、勇者の剣を砕いていたッ! これは、文句なし、魔王様の勝利です! 優勝は、魔王側に決定しましたーッ!!」


 激しく損傷した闘技場に魔王の勝利を告げる言葉が発せられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ