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第36戦・勝者と敗者と

前回のあらすじ

酷い八百長を見た。

 一瞬は冷めきった闘技場の観客であったが、舞台の中央で芝居を続ける二人へと怒りが募っていく。待ちに待った試合がこんな道化芝居であったことに腹が立っているのだ。

 全身全霊で親指を下に向けて叫ぶ。溜まりに溜まった不満を肺の奥から吐き出していく。


『ブーブー!! ブーブー!! ブーブー!!』


 客席から溢れるブーイングが舞台上に浴びせられる。それを聞いた舞台上の二人は、サッと身体を起こすと自らの陣営へと急いで戻っていった。

 ロザリクシアが自陣に近づいてくると、魔王は逃げ戻った愛娘を睨みつける。


「ロザリーよ……。こうなったのは、お前の差し金だな! 先鋒に申し出たのも、全部わかってやっていたんだな!?」


 憤慨する魔王を大臣とケラヴスが押さえつけ宥める。それでも気が収まらないのか、娘に掴みかかろうとしていた。


「魔王様、お気持ちは解りますが、ここで騒いでいても何の解決にもなりません。次にどうするかを考えるべきでしょう」


 歯を剥く魔王に大臣が語りかけるが、落ちつく様子はまったくない。むしろ抵抗が激しくなる。このままでは、魔界最大級の親子喧嘩に発展しかねない――


「てへぺろ。ごめーんちゃい」


 可愛くおどけてみせるロザリクシアに大臣の血の気が引く。


「ろ、ロザリクシア様……」


 魔王の怒りが爆発することを覚悟した大臣であったが、それはいつになっても起こることはなかった。


ゆるす。超赦ちょうゆるす。可愛いから絶対赦ぜったいゆるす」


 魔王は可愛すぎる愛娘を見て、サムズアップして鼻血を流す。そんな魔王に向けられる部下の視線は冷たい。

 抱き合う親子を後目に、大臣たちは冷静に次の作戦を考え始めていた。



「と、まぁ、馬鹿なことはこれくらいにして、次の試合をどうするかが問題だな」


 魔王の言葉に一同が頷く。

 ロザリクシアが引き分けたために、残りは四戦。大臣を除けばあと三戦しか試合は残っていない。当初の作戦ではナディスとの試合で負けてしまうことも想定されていた。引き分けを嘆くより、負けがなかったことをむしろチャンスと考えるべきだろう。

 残る相手は、勇者、童女、エルフの三名で、魔王は勇者に勝利し、四天王のどちらかがエルフに勝利を収める。だが、安牌あんぱいであった僧侶ジューディアの勝利を逃したのはやはり痛い。


「私の番まで勝ち越せばこちらの負けはなくなります。ですが、以後は負けを前提とした戦いは考えない方がいいでしょう」


 大臣は賢者アンネに対しても勝ちを狙えと提言しているが、魔王はそれを受け入れることはできない。正体を知らないというのは、恐いもの知らずである。魔王以上の、いや魔界で最も魔術に長けた人物である。四天王とはいえ、勝つのは不可能に近い。


「いや、負けは前提とする。負ける試合を勝てると判断するのは下策だ」


 事情を知らない魔王を除く四名は、何故魔王がアンネに対して警戒しているのか理解していない。唯一、ケラヴスだけが、危険を察知しているようだが。


「そこまでおっしゃるなら、次鋒の選出は魔王様にお任せします」


 魔王は視線を巡らせて、次の選手を探す。

 ロザリクシアはすでに引き分け。

 大臣は戦う気はない。

 ケラヴスはどんな状況にも柔軟に対応できて、何かしらの成果を挙げられるだろう。

 アングリフは猪突猛進。どんな相手でも力でねじ伏せるだろう。


「次鋒はケラヴスに任せる。エルフが相手なら勝ちは確実、ど、童女が相手でも、まぁ、なんとかできるだろう。ハナコがここで投入される可能性は低いだろうしな。向こうがわれ以外に勇者を戦わせようとするとは考えられん」

「成る程、ケラヴス様なら何とかできますね」

「そうですね。ケラヴス殿なら」

「頑張って、ケラヴスさん」


 四人の視線を真っ向から受けるケラヴス。


「いや、拙者でもあの童女と正面切って戦うのは無理です! 絶対に無理ですからなッ!」


 魔王はどうどうと、ケラヴスを宥めながら背中を押す。そして、そのまま闘技場の舞台へと押し出した。




「初戦は酷い試合だったが、次鋒はどんな試合を見せてくれるのかッ! さぁ、選手の入場だ!」


 実況によるパフォーマンスでブーイングの嵐だった観客も落ち着いて、昂揚の叫び声に変わっていた。視線とライトを一身に受ける石畳の舞台に、二人の選手が入場してくる。


「次鋒はこの人! 四天王が禁戦ケラヴスだぁッ! 戦うことを禁じられるほどの武芸の達人! その対戦相手は絶対に勝つことは不可能! ミスリル製の刀を獲物に勇者側との戦いに臨むぅッ!!」


 舞台に上がるケラヴスは正装するでもなく、いつもの着流しのままだ。このスタイルが最も戦いやすいということだろう。腰に帯びた刀は鞘に納められ、その全容は知れない。


「勇者側は……本当に大丈夫か? どこからどう見ても童女。この試合には似つかわしくないにも程がある。手に持っているのはレインボーダイアをあしらった杖だが……本当に試合になるのか!?」


 カーン、というゴングと共に試合が始まった。


ピシャーン


 雷が落ちる轟音が闘技場に響き渡った。



「拙者、無理だと申したはずですが?」


 魔王側の陣地にやってきたケラヴスの頭は、大きく膨れ上がったアフロになっていた。全身が焦げて、着流しもボロボロに焼けていた。


「何というか……正直すまんかった」

「雷撃でアフロになるとか……どこのカミナリ様ですか」


 ケラヴスは自嘲気味に呟くと、腰に帯びた刀を抜き放つ。だが、ミスリルで出来た刀は鞘から出た瞬間に崩れて零れ落ちた。同時にケラヴスも地面に倒れ込んだ。武器破壊もきちんとこなしたアンネに隙はなかった。


「ご苦労だった。次の試合はアングリフに任せるぞ」

「はいッ! 必ず勝ってみせます!」


 アングリフは自身の倍もある斧を担いで舞台へと歩いて行く。



 先の戦闘で闘技場の天上は雷によって突き破られていた。幸いにも地上の武具屋には直撃しなかったとはいえ、闘技場は天上だけでなく、ライトまで破壊されるという大損害を受けた。

 応急処置をして中堅の試合が始まるまで一時間。アンネの大魔法に怯えていた観客も、ようやく活気を取り戻していた。


「お、お待たせしました……闘技場がここまで壊されるとは思いませんでした。あの童女、一体何者だったのでしょうか?」


 観客の懐く疑問を実況が代弁した。


「さぁ、気を取り直して中堅は、四天王が死戦アングリフ! 彼と戦った者は生きては戻れない、死を呼ぶ戦士! 獲物はダマスカス鋼のバトルアックス! あまりの巨大さに見ているだけで、身震いしてしまうぞ」


 アングリフはライトを浴びながら舞台に上がると、同時に勇者側の相手も舞台に上がってくる。


「勇者側は、ハンターのナディスだ! 魔界では珍しいエルフで弓の名手。素早さを生かした攻撃の多様さが武器。獲物は黒いトレントから切り出した黒弓だ! アングリフ様とどう戦うか、これは見物ですよッ!」


 黒く長い弓を持ってナディスは舞台中央へと歩いて行く。巨大な竜人と細身のエルフの構図は、大人と子供が向かい合っているように見える。


 カーンと、ゴングが鳴り響く。

 先手はナディスの狙撃。ほぼノーモーションで放たれた矢は真っ直ぐにアングリフのひたいに向かって行く。だが、矢は竜の鱗に弾かれて刺さることはない。


「くッ! やっぱりね……」


 矢が弾かれることを想定していたのか、ナディスはすぐに次の攻撃に切り替える。ナイフの投擲で痺れを試みるが、矢を弾くほどの鱗に刺さるはずもなく、地面に落ちる。

 舌打ちをしてから、素早いステップで移動しながら矢を連続で放つ。どこか、鱗の隙間を狙えないかと攻撃を繰り返す。すべての矢は弾かれてしまったが、弓を構え直し、狙いをつけてアングリフに矢を放つ。その標的は鱗に覆われていない目だった。


「やはり、狙ってきたな。どこを狙うか解っていれば、矢を掴むことなど雑作もない」


 ごつごつの岩のような手でアングリフは細い弓を掴んで握り折る。それを見たナディスは痛恨の表情を見せた。弓矢での攻撃は相手に通じないと覚り、素早く駆け出した。

 アングリフも一方的にやられるつもりはない。巨大な足は石畳を蹴り抜き、破壊しながらナディスへと突進する。単調な一直線なら、ナディスはステップで躱すことができたのだが、アングリフは直角に方向を変えた。


「こう見えて脚力にも自信があるッ!」


 巨体だけを見ると動きが遅いように思えるが、アングリフは脚力を強引に使って舞台を縦横無尽に駆けまわることができる。ほぼ互角のスピードでナディスを追いつめると、黒弓に手を伸ばし掴み取った。そしてそのまま、握り潰した。


「しょ、勝者! アングリフ様ッ!!」


 実況の勝利宣言が闘技場内に轟いた。

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