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第34戦・レディー……

前回のあらすじ

魔王、勇者に勝負を申し込む。

 巨大な武具販売施設に魔王の声がこだまする。


われから提案がある。その武具を賭けて勝負するつもりはないか?」


 魔王は腕を組み、胸を張ってみせる。二〇〇万魔界ゴールドを超える武具の数々に勇者一行は手を出すことができない。魔王の言うとおり賭けに乗れば手が届くかもしれない。


「え? 別にいらないんだけど」

「え!?」


 勇者はきっぱりと断った。

 その潔い判断に、魔王はもちろん、共に旅をする仲間も驚いて視線を勇者に向ける。特に杖を欲しがるアンネは涙目になっていた。それから少し間が空いて、落ちついてきたのか驚きの表情は平静に戻っていった。


「まぁ、確かに必要ないかもしれんな」


 ディーディアが禿げた頭を掻きながら呟いた。


「そう……ね。私たち、魔王を倒せるだけ強いし。高価な装備なんて、今更な感じがするわね」

「ちょ、ちょっと待て、貴様らここの最強の武具は欲しいだろ? これ以上の強さは要らないとか、どこかの英雄みたいなこと言うなよな。やっぱり、力は正義だろ?」


 エルフは必死な魔王の姿を眺めて嘆息してみせる。内心はこの反応を見ることができただけで、エルフは満足していた。


 魔王の隣から泣き声が聞こえてきた。


「いやじゃ、いやじゃ、いやじゃ、儂はこのレインボーダイヤがほしいんじゃぁー」


 童女が床をゴロゴロと転げまわって駄々をこねている。

 その様は童女であるからこそ可愛げがあるのだが、本性が結婚適齢期を逃した独身の伯母だと分かっていると、痛々しくて魔王は見ていられなかった。


「はは、冗談よ。ハナコ、勝負をしましょう?」

「そうだね。アンネちゃんが欲しいんだったらやってもいいよね」


 了承の言葉を聞いた魔王は、伯母を見て冷静さを取り戻していたが、喜びを取り戻した。


「フフフ、そこまで欲しいのであれば仕方がない。さぁ、勝負するぞ!」

「はぁ……何でも買ってくれるって約束、忘れないでよね」


 スキップをしそうな勢いで歩き出す魔王のその背後でエルフは溜息をついた。


「それで、何の勝負をするんだ?」

「実はな、この店の地下には闘技場があるのだ! そこで詳しい説明をしてやろう」


 ついてきな、といわんばかりに魔王は自らに親指を向けて笑ってみせた。



 武具工房「百錬ひゃくれんたましい」の地下には、大きな闘技場がある。

 地下闘技場「百錬ひゃくれん武勇ぶゆう」と呼ばれるここは実物の剣や槍、等の武器を使い生死を賭けて戦う場所――とまではいかないが、お互いの武器と武器で戦う場所である。


 一対一で戦うには充分な広さがあり、数が増えたとしても試合が出来るほどである。

 闘技場の中心となる円状の舞台の周りには三〇〇を超える席があり、試合の内容を観戦することができる。いつもは空席が目立つのだが、今日ばかりは、満席御礼となっていた。

 いつから試合が始まるのかと、観客は歓喜の熱を帯びながら、今か今かと待ちわびている。


 武具屋から地下に続く階段を降りると、天から照らされるライトが一行を迎えた。目が光に慣れるころには、視界いっぱいに広がる岩畳で作られた舞台があった。


「この武具屋は試し斬りが出来ることで有名でな、いつもここで試し斬りという名の試合が行われているのだ」


 自慢げに腕を組む魔王とは違い、勇者は眉をひそめて半信半疑といった感じで身構えている。


「でも、売り物で戦うなんて……壊れちゃったらどうするの?」

「それは、そんな程度で壊れるような柔な武器を作る職人が悪い。高額で売りさばこうというのだ、それだけの覚悟が必要だ。誰にも負けない武具造り、妥協なき拘りこそ……魔界の武具だ」


 高額な武具にはそれだけの理由が存在する。武具を買われれば大金が転がり込むが、武具が壊れたら金は一切手に入らない。だから、職人は競い合う。奴よりも強い武器を、誰よりも硬い防具を。それが魔界の価値観であり、作れば作るだけ金が入るという甘い世界ではない。


「成る程ね。思ったより楽しそうじゃない、相手は……ってやっぱり、いつものメンバーか」


 岩造りの舞台の上には、四人の人影。絶戦ロザリクシア、死戦アングリフ、禁戦ケラヴス、そして、大臣。ナディスには顔なじみのメンバーであった。


「相手は分かった。で、どんな勝負をするんだ?」


 そう言うジューディアは店に置いてあったダマスカス鋼の十字架を背負っている。好きな武器を持ち出してよいと、魔王に聞かされたからだ。


「ルールは簡単、この店にある武器を使って、真剣勝負。武器を壊した方が勝ち、壊されたら負け、という単純なものだ」

「へぇ、今回は随分とまともな勝負ね。実力行使ってところが分かりやすくていいわ」

「今回はアングリフの発案だ。たまには純粋な力比べも悪くはないだろ」


 で、賞品は? とナディスが訊ねてくる。

 自分たちの勝利の報奨は解り切っている。魔王が訊ねられたのは、自分たちが敗北したときのペナルティだ。


「貴様らが勝てば、どんな武具でもプレゼントしてやろう。負ければ、魔界を去ってもらう」

「……それは、こちらが損じゃないかしら? 魔王討伐を諦めろって、ことでしょ?」


 魔王は首肯した。

 前の作戦であったゲーム大会も、魔王が勝ったら勇者一行にお帰り願うつもりであった。前回はあえて賞罰を事前に発表しなかったが、そのせいで魔王はデートという大変な目に遭ったのだ。今回は事前に知り合うことで、合意を取り付けるよう算段したのだ。


「別に命を取ろうという訳ではない。帰ってくれればそれでいい」


 そう言うが、勇者一行の顔色はよくない。明らかに不満があるといった様子である。それは、ただ一人を除いては、だが。


「魔王さんに悪いけど、今回の勝負は――」

「その勝負、受けるのじゃぁッ!」


 ずっと黙っていたアンネがしゃしゃり出てきた。

 彼女にとって、レインボーダイヤの杖は簡単に諦められない品だったようだ。その様子に、勇者一行も困惑しており、意見も纏まらないようだった。


「よし、勝負するでいいな! そこの……童女、がやるというのだからなぁ」


 乗り気ではない勇者一行に無理やり勝負を取り付けようと、魔王は必死だった。あの童女のわがままには感謝しなくてはならない。が、あれは伯母として手を貸した、というより、純粋に欲しがっているだけのようだった。


「まぁ、しょうがないなぁ。勝負しよっか」


 渋々といった様子ではあったが、ハナコも勝負を承諾した。

 これから、魔王対勇者の真剣勝負の幕が上がる。

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