第33戦・新たな街、新たな勝負
全開のあらすじ
野宿で色々と思いを馳せる勇者一行であった。
天下の往来、そのど真ん中に立ちはだかる一人の男。頭に生えた二本のツノに、闇より暗い漆黒の外套。腕を組み、外套を風にたなびかせる傲岸な人物、彼こそは魔界を統べる王、魔王である。
「ハハハ、よく来たな、ハナコとその他どもよ。ここまで来たことを褒めてや――」
立ち尽くす魔王に対して迫ってくる馬車はスピードを落とすことなく、進行方向を変えるどころか、勢いよくそのまま突っ込んでくる。馬車に接触する間際、魔王は横に飛び退き、難を逃れた。
「バッカ野郎ォッ! 轢かれて―のかァッ!!」
「ご、ごめんなさいッ!」
轢き逃げ一歩手前の馬車を操る御者に怒鳴られる。普通なら謝罪をすべき立場だというのに、御者はお構いなしに暴言を吐く。謝罪の言葉まで口にしてしまった魔王は戦慄しながらも、マントに付いた砂埃を払った。
荷下ろししている馬車から勇者一行が降りてくると、魔王は行く手を阻むように立ちはだかった。仕切り直しとばかりに、黒い外套を翻した。
「ハハハ、よく来たな、ハナコとその他どもよ。ここまで来た――」
「もういいから、用件を言いなさいよ。過不足なく纏めて、簡潔にね」
言葉も半ばで遮られるように、口を挿んでくるナディスに、魔王は不快も露わに顔を歪めたが、すぐに平静を振る舞った。
「ここ工業都市『スロース』に来たのは初めてだろう?」
魔王は不敵に嗤ってそう訊ねた。
工業都市『スロース』
工場が都市の六割を超える工業の街。
製鉄、鍛冶はもちろん、日用品なども製造も行っている。キャッチコピーは『爪楊枝から戦車まで』。魔界のありとあらゆるものが、この『スロース』で製造されている。
工場の数多くの煙突から煙が空へと放出されているが、環境汚染対策はバッチリなので、住民からの苦情はない。
量産品の工場ばかりではなく、数多くの職人が住み着き、工房を構えている。職人たちはその技術を競い合い、日々(ひび)研鑽している。そのため、職人が造るものは高品質が約束されている。
工業の街の入り口で魔王は勇者たちを待っていたのだ。
「もしかして、魔王さんが案内してくれるの?」
「その通りだ、ハナコ。不慣れな土地では案内があった方がいいだろう?」
魔王の意図が解らずにナディスは眉を顰めるが、他三人は特に疑うこともせず、魔王の招待を疑いもせず受け入れていた。その様子に魔王は少し気がよくなり微笑んだ。
「ついて来い。地上界ではお目にかかれないモノを見せてやろう」
そう上機嫌で言って魔王は歩みを進めた。その後に続くように勇者一行も移動を開始した。
魔王が歩きはじめて五分ほど経つと、カーン、カーンと金属を叩く音が聞こえ始める。さらに進んでいくと、音の正体が分かってきた。
辺りの家には、炉で焼かれた灼熱した金属を叩く職人がいる。それは、一人だけではない。ここ一帯の家では、皆が一心不乱に金槌を振るっていた。
「ここは鍛冶工房「たたら」と呼ばれる職人達の町だ。『スロース』で販売されている武具はここで製造されている。一品たりとも同じものはなく、どれもが最高級品だ」
魔王はまるで自分のことのように胸を張って自慢する。そんな魔王を無視して、一行は武具の作られる工程を凝視している。鍛造するのはもちろん、部材の切り出し、飾り細工の彫り込みなど、見ているだけで圧倒される熱があった。
無視された魔王は寂しさに表情を暗くしたが、感心して職人たちを眺める勇者たちに少しばかり優越感を覚えていた。
見学もそこそこに、魔王は場所を移した。
その先は巨大な建造物。城かと見間違うほどの豪華さと堅牢さを備えている。入り口の上には主張が激しすぎる巨大な看板『武具工房「百錬の魂」』が掲げられている。看板の通り、ここは武具屋である。
魔王は勇者一行を引き連れて武具屋の中へと入っていった。
「どうだ! 素晴らしいだろう!!」
「うわ……何これぇ……」
息巻く魔王とは対照的に、勇者からは感嘆というより、困惑の声が零れた。
店内に一歩踏み込むと、そこには武器の山があった。剣、槍、斧、弓矢、杖と、基本的なものを揃えつつも、鉄球、槌、鋏、鋸、鉈、杭、鋼鉄の処女などなど……ただの武器とは呼べないモノも満載されている。その異様な光景は拷問部屋だと言われても違和感はない。
そんな店内に顔を青ざめさせた一行の中で、アンネだけが喜び勇んでいた。
「見よ、この杖! レインボーダイヤをあしらった杖をッ! しかも柄は精霊銀が使われている豪華仕様じゃぞ!」
手に取り品定めをするアンネを見て、呆然としていた他の一行も色めき始めた。
「これ、ミスリルのナイフ!? こっちの剣はオリハルコン製! 地上では伝説と語り継がれた鉱物ばかりじゃない!」
そこらへんに飾られた武器を手に取ったエルフの手が震えている。信じられないといった風で、目を白黒させていた。
その隣ではジューディアが何かを真剣にじっと見つめている。
「なぁ、魔王さん……このダマスカス鋼で作られたデカイ十字架……何に使うんだ?」
ジューディアが自らの武器として使用している巨大な鋼鉄製の十字架。自分で使っていて言うのも可笑しな話だが、魔界で十字架を何に使うか思い当たらない。
「うむ、それはな、サンドバッグ代わりに使うのだ。思う存分殴れるからな」
「な、成る程」
十字架を見つめながら、その用途に納得した様子であった。罰当たりとジューディアは思っていたが、魔族にとっては関係ない話である。
「エルフよ。貴様には、これなんかいいのではないか? 一〇〇〇年生きたトレントから切り出した黒弓だ。しなり具合と張りの強さは抜群だと評判だ」
「何だか禍々しいわね……。呪われてるんじゃない?」
ナディスは黒弓を見つめて呟いた。今ならミスリル銀の矢じりのついた矢もつけてやろう、と魔王はぐいぐいを商品を推してくる。
「ハナコの反応が薄いな、何か不満があるのか?」
「うーん……何が凄いのかわかんない」
さすがは知力(INT)がゼロなことはある。と、魔王は思い出した。異世界から来た、しかも頭がいいとは言い難い勇者にとっては、この魅力は伝わらなかった。
「ふーん……。いいものが揃ってるじゃない――って、 一、一〇、一〇〇、一〇〇〇、一〇〇〇〇……高ッ! 何この値段!」
物色していたナディスの視線が値札に止まる。そこには二〇〇万魔界ゴールドと記されていた。ちなみに、勇者一行の所持金は一〇万魔界ゴールドに満たない。宿屋の宿泊費が三〇〇程度という金額から、どれだけ高額かうかがえる。
「ダメダメ、こんなんじゃお話にならないわ。アンネも未練を捨てて諦めなさい」
「ぐぬぅ……」
レインボーダイヤの杖を握り締めて、アンネは恨みがましくナディスを睨んだ。ナディスも色々と買い物をしたい気持ちはあるのだが、先立つものがなければ諦める他にない。
そのとき、ナディスは閃いた。
どうして、魔王はこの街「スロース」を案内しようと申し出たのか。それも、わざわざこんな高額な武具を販売する店に立ち寄ったのか。そこから導き出される答えはひとつ。
「魔王、あんたまさか!」
「フフフ、気付いてしまったか。いい武具だろう? 喉から手が出る程欲しいだろう? 嗚呼、お金さえあれば手に入るのになぁ?」
魔王の牙を覗かせるような笑みが邪悪に見えた。予め張り巡らされていた罠に獲物がかかったかのような優越感。勇者一行はすでに魔王の掌の上にいたのだ。それを理解した一行は歯噛みするしかなかった。
「我から提案がある。その武具を賭けて勝負するつもりはないか?」
相手の思うがままになってしまうという屈辱より、欲しいモノに手が届くという物欲が勝ってしまう。勇者一行はこの誘いに従うしかないのだろうか。




