第29戦・魔王審問
前回のあらすじ
宿屋をはしごする四天王男性陣。
雷鳴轟く天を衝く魔王城。
その玉座の間から円卓の間へと通じる階段を、魔王は重い足取りで下っていた。大臣からの呼び出しで、他にも部下である四天王まで参加させられているようだ。
勇者とのデート、その翌日に呼び出されるということは、問い質されるのはデートの他はあるまい。デート中に特にやましいことはしていない……と言えればよかったが、デートの最後に勇者からキスという行為までに及んでしまった。これが追及されないわけがない。
深い溜息をついて円卓の間へと足を踏み入れる。
円卓の間にはお馴染みの顔が揃っている。四天王の絶戦ロザリクシア、死戦アングリフ、禁戦ケラヴス、それに発起人である大臣が顔を連ねている。みな一様にして口を閉ざし、円卓の間は静寂と緊張感が混じり合っていた。
魔王は自分の席に着くが、どうにも反応が薄い。もっと何らかのリアクションがあると思っていたくらいなので、肩透かしを食らった感じだ。
「魔王様がお見えになりましたので、さっそく始めたいと思います」
大臣はこの集会の目的をはっきりと口にしない。いつもなら、概要を説明してくれるのだが、今回はどうにもおかしい。こちらには覚られたくない企みがあるようだ。
「大臣よ。いつもの概要を頼む」
魔王が促すと、大臣もそれに従った。
「今回の会議は昨日にあった出来事です」
やはり、勇者との逢引きについてか、と魔王は腹をくくったが、やはり、何か流れが違う。
「魔王様が勇者とデートしたことは……まぁ、いいです。魔王様にそんな度胸があるわけありませんので」
あっさりと流された。大臣の物言いには、色々と思うところはあるが、大きく外れているわけではないので、反論もできない。わざわざ、キスしたことを大っぴらにする必要もない。
それより――大臣の視線の先が気になる。その先にはアングリフとケラヴスがいた。
「お二人は昨日、何処にいらしたのですか?」
別段、取るに足らない質問。逆に何故そんなことが議会で挙げられるのかが分からない。しかし、当の二人は顔を青ざめ、視線は泳ぎ、口を堅く閉ざしていた。
議会で挙げられた質問に沈黙を保つことができないことくらい二人も承知している。他愛ない質問に対してケラヴスは、将棋の盤面を前にしたような真剣な面持ちで口を開いた。
「拙者らは二人で遊んでいただけなのですが?」
「そ、そう。遊んでいただけです」
アングリフとケラヴスはああ見えて仲がいい。二人が一緒にいても特に不思議なことではない。むしろ、普段通りともいえる。なのだが、大臣は眼光を鋭くして二人を追い詰めていく。
「……お二人は仲がよろしいのですね」
またも、取るにたらない質問。それが、さらに二人を追いつめているようで、身体が震えはじめている。
そこで、ロザリクシアが動いた。視線がアングリフとケラヴスに向けられ、何度も瞬きをした。何やらアイコンタクトをしようとしているようだったが、魔王にはその内容は理解できなかった。
『ちょっと、大臣に怪しまれてるじゃない。もしかして、暴漢役のこと、バレてるんじゃない?』
『いや……しかし、オレたちは結局、魔王様には出会えませんでしたよ』
『ここは魔王様の御前。拙者らの企みが表沙汰になるのは、避けたいですな』
ロザリクシア、アングリフ、ケラヴスは何度も瞬きを繰り返している。魔王は眉根を寄せながらも、三人の様子を眺めていた。
『ここはわたしに任せて!』
最後にロザリクシアが、バチコーン、と力強くウィンクした。
「そうよ。わたしも二人が一緒に遊んでいることを知っているわ。それがどうかしたの?」
「……『むふふ横丁』にいましたよね?」
ギックーッという図星を突かれたような心境が耳に届くかのような、身体を震わせるリアクションを取る三人。魔王は未だに話の先が読めずに眉根を寄せていた。
『ば、バレてます! これ、絶対にバレてますよ!』
『このままでは、魔王様にまで知られてしまいますぞ!』
『大丈夫! まだ核心には触れてないわ。誤魔化せば、まだ間に合う!」
ロザリクシアがまばたきを止めると、ごほんと咳払いをした。そして、真剣な眼差しで大臣を睨みつける。
「わたしもね、こういうことを大っぴらにするのは、どうかと思うのだけど……二人は女遊びをしていただけなのよ」
「「ロザリクシア殿ーッ!!」」
名誉毀損だとばかりに、四天王の男性陣二人は声を高らかにあげた。
男性ならそういうことをしたいと思うのは、当然のことだが、こういった面前で暴露されるのは、辛いことだろう。魔王も一歩間違えば、二人のように晒し上げられていただろう。
しかし、解せないのは、大臣の質問である。アングリフとケラヴスが女遊びをしていたことに、何の問題があるというのだろうか。
「――嘘ですね」
意外な事に、女遊びについて大臣は否定した。
それを知って、アングリフとケラヴスは胸を撫で下ろした。
二人の態度からして、ロザリクシアの発言は嘘のようだった。そうなると、何故そのような嘘をついたのか……魔王にはそれが解らない。ただ、魔王と同じく『むふふ横丁』にいたというのは、意外なことであった。
「判りました。ただ『お二人が仲良く遊んでした』だけ、なのですね?」
大臣の意外な言葉に、渡りに船といわんばかりにロザリクシアが乗っかってきた。
「と、当然よ。わたしもちょっと見間違えちゃっただけみたいだし!」
虚言をあっさりと切り捨てた。
何かを隠していることは間違いないが、魔王にとっては別段何も言うことはない。
いくら部下の四天王とはいえ、言いたくない事、秘密にしたい事は、いくらでもあるだろう。それを暴こうなどと、無粋な真似はしない。
「そうでしたか。それはお仲がよろしいことで……。私は貴方がたを応援していますよ」
何か含みのある言葉を口にした大臣の口角が少し上がった。その意味深な態度にこの場にいる全員が首を傾げた。ただ、大臣だけがその意味を理解している。
「世間からは奇異な目を向けられるでしょうが、負けずに頑張ってください」
満足げな大臣に魔王は心に残った疑問を口にした。
「それで我を呼び出した理由は?」
その問いに答える者はいなかった。




