第28戦・魔王対策会議
前回のあらすじ
デートの尾行中に男同士のカップルを見つけて……
ほどほどの生暖かい風が吹き、ほどほどにどんよりとした空、魔界的には最高の行楽日和。今日は魔王と勇者のデート当日である。
ここカフェテラス「甘い接吻」は以前、魔王一行と勇者一行が会談した場である。ここで勇者は魔王に対してデートを申し込んだのだ。そのような場所にとある四人が集っていた。
「それではこれから、魔王対策会議を行う」
四天王が絶戦、ロザリクシアは手を顔の前で組んでいつもより真剣な眼差しで宣言した。その傍らには、先ほどまで飲んでいたトレントミルクティーが置かれている。
「魔王対策会議……ですか?」
四天王が死戦、アングリフが竜の顔を顰めて尋ねた。
ロザリクシアからの召集で集まったアングリフではあったが、それが何のためなのかは知らされていなかった。それは、四天王が禁戦、ケラヴスも同様であった。ケラヴスは腕を組んで動じてはいなかったが、若干眉を寄せていた。
「そう。ここでパパとハナコちゃんのデートが上手くいくような作戦を立てようと思って」
息巻くロザリクシアの隣では、勇者一行の僧侶であるジューディアが拍手をしていた。
ここでは発案者ロザリクシアと、ジューディア、ケラヴス、アングリフの四名が集い、魔王と勇者のデートにちょっかいを出す会議を開いていたのである。
「ロザリクシア殿……そのような策はなくとも、あの二人なら問題ありませぬぞ」
「まあ、そう言わずに。ロザリクシアさんに付き合ってもらえないか」
乗り気ではないケラヴスは突き放した物言いをするが、すかさずジューディアがフォローを入れる。惚れた者の弱みというものなのか、相手の提案を無下にすることはできない。
ケラヴスとアングリフは少し眉を顰めたが、諦めたように表情を和らげた。
「二人の仲が進展するような案はない? 何でもいいから言ってみて」
嬉々とした声を上げるロザリクシアは視線を巡らした。そして、その視線はアングリフで止まった。アングリフは視線を逸らすように俯いたが、その視線に耐えることができずに顔を上げた。
「このまま見守った方がいいんじゃないですか? 作戦を立てるにしろ、あまりに時間が足りないですし」
渋々といった感じで己の意見を口にしたアングリフを見て、ロザリクシアは少し微笑んでチッチッチと人差し指を振った。
「グリっち甘い! シナモンをふりかけずにバニラアイスを乗せて、はちみつをかけたバタートーストより甘い! 甘すぎるッ!」
ロザリクシアは胸の前で握りこぶしをぐっと握って自己主張する。この場にいる全員が「何を言っているのかわからないが、とにかく甘いと言いたのだ」と理解した。そしてロザリクシアはその手を前方にかざした。
「いい? デートに必要なのは『刺激』よ! ただのデートなんて、記憶に残らないじゃない」
「おお、つまりは吊り橋効果を狙ったというわけか」
「え? いや、よく知らないけど……」
恋人二人のやり取りを、残りの男二人が真顔で見つめていた。何だか知らないが、いちゃつくなら二人だけの時にして欲しい。と、顔が語っていた。
「まあ、そういうわけで、二人には暴漢役をお願いね。ラブラブの二人の間に割り込んでハナコちゃんを奪い取ろうとするの。そこをパパがボコボコにして二人の距離は急接近!」
ケラヴスとアングリフは真顔のまま、まばたきすらしていないのだが、まーたなんか言い出したよこの娘、と語り始めた。
最初から不穏な空気があり、何故ここに呼ばれたのかも分からなかったが、ここに来て呼ばれた理由をストレートに叩きつけられた。つまり、この会議が始まった時点で、二人の行く末は決まっていたのだ。
「そういうわけだから、二人とも、よろしくね」
アングリフとケラヴスの口から諦めの溜息が漏れた。
ほどなくして四天王の男性二人はロザリクシアに指定された場所へとやってきた。
アングリフは黒いスーツを着込み、何故かネクタイを外して首元を緩めている。その竜の顔は左眼を隠す黒の眼帯が付けられている。ケラヴスは極彩色のシャツを羽織り膝の丈までしかないズボンを履いている。丸いサングラスで鋭い眼光は隠されている。往来で並ぶ二人はマフィアとチンピラにしか見えない。
道行く人は視線を逸らして、二人を避けて通っている。関わり合いになりたくないという考えが透けてみえる。それだけ、二人の恰好はこれからの任務に適しているといえる。
ここ『むふふ横丁』は夜の宿場。様々な人が宿の中へと消えていく。男女はもちろん、同性同士、客引きに誘われた男性など、多種多様である。
二人には相応しくないこの場にいるのは、ここで魔王と勇者がデートの真っ最中であるからだ。二人に課された使命を果たすために、こんな場所にいるのだ。
「はぁ……本当にやらなくちゃいけないんですかね」
頭を悩ますアングリフに対して、チンピラ風のケラヴスは顎に手を当てて、何かを考えている。
「ここがデートの場所というのなら、大変なことになりかねませんな」
「まさか。あの魔王様がそんなことができるわけが……」
ケラヴスは真剣な面持ちで呟いた。それを聞いて笑い飛ばそうとしたアングリフであったが、何かに気付いたように目を大きく開けた。
「「ハッ!」」
魔王が勇者に手を出すような甲斐性はないことを二人は知っているが、勇者の方はどうだろうか。そもそも、このデートは勇者の発案であり、魔王はそれに従っただけである。
もしもの話ではあるが、勇者が魔王を襲ったらどうなるだろうか。勇者と比べると貧弱な魔王の筋力(STR)では、襲わたら抵抗することは不可能。当然、魔法も勇者相手では意味がない。
つまり、勇者が魔王を組み伏せて、強引にことに『至る』ことになったら……。勇者に犯された魔王は、王としての威厳を失い、諸豪族は離反し、反旗を翻し、内戦が勃発。魔界は未だかつてない戦国時代へと突入することだろう。
「これは、魔界の一大事なのでは!?」
「うむ、そうだ。これはデートという名を借りた魔王様と勇者との戦いなのだ」
な、なんだってー!? と叫ぶアングリフ。ただの暴漢役として投げ込まれた二人ではあったが、その実、魔界を救うという大役を任されたのだった。
二人はこうしてはいられないと、さっそく行動を開始した。まずやるべきことは、魔王と勇者の確保である。これを成さねば何も始まらない。二人は淫蕩の街へと躍り出たのであった。
素泊まりの宿屋から、ご休憩ができる宿、売春宿、娼館など、とにかくそういう『致す』ための場所がここ『むふふ横丁』には数多く存在する。大事に至るまでに、何としても魔王と勇者を止めなければならない。
「ここに、変な恰好の二人組は来なかったか!」
宿屋の主人にアングリフが詰め寄る。その姿はマフィアが地上げにきたようにしか見えない。当然、主人は怯えて首を振ることしかできない。今にも掴みかかろうとするアングリフを、チンピラのケラヴスが止める。
「主人よ、このことは口外無用。もし他言したときは、どうなるか解っておろうな?」
何度も首を縦に振る主人を見て、ケラヴスとアングリフは宿屋を出た。
駆け回った宿屋は一五を超えた。しかし、『むふふ横丁』にはまだまだ宿屋はある。徒歩では時間がかかりすぎると、全力で駆けながら次の宿屋へと移動する。
その際、ふと、アングリフの足が止まる。宿屋と宿屋の間にある細道の先に、屋台があるのが目についた。スープの香りたつ屋台に気を取られながらも、そこに男女の客がいることにアングリフは気づいた。しかし、奥まった細道の先は闇が濃く、どんな客かは判らない。
「アングリフ殿、空腹は解りますが、急がねばなりませぬぞ」
「も、申し訳ない」
屋台の客など気にしている場合ではない。魔王と勇者を捜さねばならないアングリフは再び足を動かした。そして、次なる宿屋へ向かっていく。
「魔王様、どこにいらっしゃるのですか!?」
アングリフの叫びは、闇に沈みつつある淫蕩の街に響き渡った。
すべての宿を回ったが、結局、魔王と勇者を見つけることはできなかった。
その後、このマフィアとチンピラは人々に恐怖を植え付け、『むふふ横丁』の伝説となり、語り継がれることになるのだが、それはずっと先のことである。




