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第27戦・デートの『お約束』

前回のあらすじ

勇者、魔王にキスをする。

 視線の先には男女一組の姿がある。

 男は長身、長髪。二本のツノを生やしており、異世界風の恰好をしている。

 もう片方は短髪で一見少年にも見えるが、身につけているドレスのような服装は間違いなく少女である。

 そんな二人を彼女は生垣に身を潜めながら、じっと見つめていた。

 二人組は何やら喋りながら歩いて行く。その後を追うようにして移動を開始すると、何かにぶつかってしまった。それは、静物ではなく、どうやら人のようだった。


「ごめんなさい。申し訳ないことを――」


 謝罪をしている最中に、彼女はその相手を見て身体を強ばらせた。


「え、エルフに、ロリババア――!」


 大声が出そうになった口を両手で強引に閉じた。

 出会ったのは、レンジャー服を着た耳の尖ったエルフと、ぶかぶかのローブを纏った灰色の髪の童女であった。その二人は間違いなく、勇者と行動を共にするナディスとアンネである。


「あんた、大臣じゃない!」


 白い髪に紫の瞳をした彼女こそ魔王に仕える大臣その人である。


 ここは『ラスト』の街にある『魔界動物園』。

 大臣はデートに向かった魔王と勇者を尾行していたのだ。これは決して覗き見ではなく、魔界の主たる魔王を監視しているのだ。もしものことがあれば、すぐに駆けつけなくてはならない。これは職務のひとつである。


「何? あんたも後をつけてきたの?」

「失礼ですね。ただの好奇心で来たあなた方とは違います。一緒にしないでください」


 突き放すように大臣は言うが、エルフは目を細めてニヤニヤと笑う。まるでこちらを誤解しているようで大臣は不快で顔を歪めた。


「あんたひとり? ジューディアと魔王の娘はデートしてるとして、四天王の男性陣はどうしたのよ?」

「知りません。どこかで遊んでいるんじゃないですか?」


 エルフの言葉でケラヴスとアングリフを思い出したが、あの二人は案外と仲が良いはずだ。本当に動物園を二人で見て回っているのかもしれない。


「何をしておる二人とも。ハナコが動き出したのじゃ」


 童女にさとされるようにして、三人は魔王と勇者の後を追う。


 三人の監視下、はしゃいで走り回る勇者がふいに魔王に抱きついた。


「はぁ? あの売女おんないきなり何してんの? 胸に飛び込むなんて、私でもしたことがないのに……よし、殺そう!」


 立ち上がろうとする大臣をエルフは強引に押さえつける。


「ちょっと待ちなさい。あれはハナコがつまづいただけよ。立ち上がったらバレちゃうでしょ」


 怒り狂う大臣をエルフは必死に押さえ込む。無駄に能力が高い大臣を、押さえ込むのにエルフは苦労を要した。


 それからしばらくは、平穏なデートが進行していく。魔物たちを眺めて言葉を交わす程度のなんとも微笑ましいものであった。

 二人が「サイゴンヌ」の前で立ち止まり、何やら話をしているようだった。今までの穏やかなものとは違い、どこかしんみりとしたような雰囲気である。


「何を話しているのかしら? 距離があってわからないわね……」

「この程度、魔力で聴力を強化すれば難なく聞き取れます」


 大臣は耳に意識を集中し、二人の会話を盗み聞きしようとする。しかし、霧に覆われた視界のように、声がぼんやりとしてまったく聞こえてこない。その状況に大臣は眉をひそめた。

 彼女の聴力は確かに強化された。だが、魔王の『絶対結界』と勇者の魔法耐性(知力ゼロ)に阻まれて魔力で強化された耳では何の役にも立たなかったのだ。


「……会話の内容まではいいじゃろ。喧嘩しているようではなさそうじゃしの」


 大人二人よりよっぽど大人な意見を口にする童女。大臣も声が聞こえないので、諦めて二人の監視を続けることにした。


 昼も近くなり、食いしん坊の勇者が食事を取るだろうと動物園内にある施設へと移動した。そこには確かに二人は飲食店の前で見つかったが、入る素振りも見せずに立ち去って行ってしまった。


「あのハナコが食事を取らないなんて、珍しいわね」


 三人はその店の入り口まで行くと、そこに立て掛けられた看板を見た。大臣と童女は何事もないようにスルーしたが、エルフだけが足と止める。


『園内でご覧になった魔物をご注文下されば、調理してご提供いたします。見て楽しい、食べて美味しい、是非あなたの思い出に』


「……やっぱり、魔界のセンスって分からないわ」


 看板を眺めていたエルフは顔をしかめた。



 次に魔王と勇者のペアが訪れたのは『邪神社』であった。

 大臣たちは前もって用意していた僧侶服を着込んで尾行を続ける。


「ねぇ、なんであんたはこんなの持ち歩いてるわけ?」

「いつ、いかなる場合でも対処できるようにするのが、大臣の務めです」


 大臣の返答に納得できないという風で、エルフは首を傾げた。


 隠れる必要がなくなった三人は信者を装って魔王たちの近くで聞き耳をたてていた。しかし、それはあまり意味を成さず、二人は差し当たりのない会話に、フランクフルトを食べたりと、何ともつまらない結果となった。

 尾行も惰性で行っていたのだが、唐突に勇者が涙を浮かべると、その顔に魔王の顔が接近して行き、ついには――接吻せっぷんをしているかのような姿勢になった。


「あのクソガキがッ! ハナコを泣かすとかッ! 命を持って償えや!」

「待って、アンネ。あんたキャラが変わってるから! ぶれまくってるから!」


 童女の帯電する右手をエルフが必死に押さえつける。

 暴れる二人に対して、呆然としていた大臣はまるで塩になったように、サラサラと崩れ去っていった。



「……次は御守りを買うみたいね」


 僧侶服のまま買い物客を装って魔王たちを横目で確認する。

 魔王が同じアミュレットを二つ購入すると、勇者と共に去っていった。


「早く追うのじゃ、何をしておる?」


 いっこうに動こうとしない大臣とエルフに、童女は視線を向ける。

 大臣は露店を見つめたまま動かない。目を皿のようにして、御守りをじっと見続けている。探しているのは『恋愛成就』の御守り。安っぽいものから、豪奢ごうしゃなものまで、玉石混交ぎょくせきこんこうといった有様なので、二人はより良いものを探している。


「「これよ!」」


 大臣が見つけて手に取ろうとした御守りを、エルフも握っていた。


「え? 相手のいないエルフがこんなものに何の用があるのですか?」

「は? 大臣こそ、無駄な努力ってやつじゃない?」


 ひとつの御守りを取り合う様子を見て、童女は溜息をついた。



 大臣とその他二人は焦って辺りを見回していた。


「見事に見失ってしまったのぉ」


 露店で御守りを奪い合っているうちに、肝心の二人の行方を見失っていたのだ。まだ遠くには行っていないはずだと、あたりをつけて顔を寄せ合った。


「この辺には何がありましたか?」

「確か、『むふふ横丁』があったはずじゃ!」


 大臣と童女が同時に頷いた。


「待って!? 『むふふ横丁』って何? というか、何でアンネがそんなことを知ってるの!?」


 続けざまに現れる知らない情報に、エルフはひとつひとつツッコミを入れていく。


「『むふふ横丁』っていえば、『むふふ』をするところに決まっています」

「そうじゃな……何せ『むふふ』じゃからの」


 もう疲れたと、エルフがツッコミを諦めたところで、三人の次の行動が決まった。

 身に纏っていた僧侶服を脱ぎ捨てていつもの恰好に戻ると、颯爽さっそうと『邪神社』から去っていった。



 三人が訪れた『むふふ横丁』は夜の歓楽街であった。休憩処や売春宿が軒を連ね、男女が行き交い、娼婦は男性を誘惑している。

 エルフが『むふふ』の意味を理解して顔を赤くしているのを見て、大臣はほくそ笑んだ。


「早くあのクソガキを見つけんと、ハナコの純潔が危ういのじゃ」

「はぁ? 魔王様の貞操が危ないんでしょ?」


 童女につい張り合ってしまったが、一刻も早く魔王を見つけなければならない。こんなところで言い合っていても問題は解決しない。


「これって、宿に入られたら見つけられないんじゃない?」

「まさか。あのヘタレにそんな度胸なぞないに決まっておるじゃろ」


 やけに魔王をけなす童女に、大臣は顔を歪めて不快を露わにする。まるで親族か友人かの如き馴れ馴れしさ、どうしてただの人間の童女がそこまで言えるのか、それがどうにも気に入らない。


「黙って聞いていれば――」

「待って、あそこ!」


 全然黙っていない大臣が童女に食ってかかろうとする瞬間、エルフが声を上げた。その指し示す方を見ると、大臣はすべての言葉を失って黙ってしまう。


「あれって、四天王の二人……よね?」


 黒いスーツを纏って左目を眼帯で覆った竜人。派手な服装にサングラスをかけたヤクザ風の男。

 変装をしてはいるが、アングリフとケラヴスに違いなかった。

 その二人はあろうことか、休憩処から出てきたのだ。しかも、息切れをしており、先ほどまで激しい行為をしていたとしか思えない。そして、息を荒げたまま、次の休憩処へと入って行った。


「あの二人ってそういう関係だったんだ……」


 三人の視線は男性二人に釘づけになっていた。

 変装してまで男二人で『むふふ横丁』にまで来ている。つまり、二人はきっと、おそらく、そういう関係なのだろう。しかも、かなりハードな行為をしているに違いない。


 魔王と勇者のことを忘れて、三人はつい息を呑んでしまう。

 四天王の二人の事で頭の中がいっぱいになった三人は、魔王と勇者のことなどどうでもよくなっていった。

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