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第26戦・勝者の特権

前回のあらすじ

魔王と勇者のデート。

 恋人の聖地『ラスト』

 恋人が集うのは何も娯楽施設に限ったことではない。恋人同士ならずっと一緒に添い遂げたい、そう思うものである。

 それに、恋人の聖地だからといって、恋人同士しか訪れないわけではない。独り身であっても、恋を願うこともあるだろう。恋を求める者もまた、恋人の聖地にあやかろうとするのは当然の理である。


 ここ神殿『邪神社』に集まる人は若者が多い。男女のカップルから、遊び半分で来る男子の群れに、ガチの願いを胸に秘めた一人の女性など、『魔界動物園』ともまた違った客層を呈している。


「はえー……すごーい」


 勇者ハナコは巨大な建築物を見上げて感嘆の声を上げる。

 その建物は神殿であり、外見は写真で見たパルテノン神殿に似ている。数々の冒険を経てきたハナコであったが、これほど現実の神殿とそっくりな建造物を見たのは初めてだった。

 あまりの神性に今までのファンタジーから現実に引き戻されたような錯覚を覚えた。


「待たせたな、ハナコ。お腹が空いていたのであろう?」


 少しの間、離れていた魔王がフランクフルトを持って帰ってきた。その様子にハナコは別の意味で現実に引き戻された。


「ほれ、出店で見つけたアースドラゴンの腸詰を焼いたものだ。ドラゴンの肉は滅多に獲れないものでな、かなり美味いぞ」


 もう少し神殿にまつわる食べ物が欲しかった、と肩を落としつつも魔王からフランクフルトを受け取りひとくちかぶりついた。


「んー! おいしー!」


 まず、皮がパリッと音とともに破れると、内側の肉汁が口の中に流れこんでくる。これが実に濃厚であり、肉の旨味が口の中に広がる。肉を食べているという充実感を味わえて、空いた腹にはまたとないご馳走であった。

 お腹が満たされたハナコと魔王は神殿の中へと入っていく。


 神殿は大理石で作られており、床に自分の姿が写る程によく磨かれている。ふと、自分の足下を見ると、床が反射してスカートの中身が見えていることに気付いた。普段なら気にするまでもないことなのだが、魔王を意識してしまい、妙に恥ずかしくてスカートを押さえてしまった。


「ん? どうかしたか?」

「な、なんでもないよ」


 ごまかしつつ神殿内を見回す。高い天井に光差すステンドグラス、壁に備え付けられた燭台など、雰囲気は抜群であったが、気になるものがひとつ。神殿内に入ってからずっと目に入っていたが、敢えて気にしないようにしていたのだが――


「魔王さん、あの禍々しいのは何?」

「あれがここで祀ってある邪神像だ」


 長い角が二本突き出て、目は憎しみに歪み、口から牙が見え、腕が六本、その指先の爪も鋭い。まさに、邪神と呼ぶに相応しいのだが、この神殿にはあまりにも似つかわしくない。


「ここはな、恋愛成就、安産祈願、家内安全、と、恋人がよく訪れる神殿だそうだ。ほら、あそこでお祈り出来るみたいだぞ」


 魔王が指す先には小高い台座があり、そこには片膝をついた男女が邪神像に祈りを捧げている。


「痛ッ!」


 その様子を見ていたら、急に目が痛くなり片手で押さえてしまう。何かをされたわけではないが、痛くて涙が零れてしまう。


「ハナコ、目を見せろ」


 手を放して目を見てもらう、顔を近づけて手を差し出してくる。その様子は真剣で、こちらを心配してくれるのが分かる。そのままじっとしていると、まつげに触れられる。すると、痛みが消えた。まつげの先が目に引っ掛かっていたようである。


「ありがとう、魔王さん」

「うむ。礼には及ばん」


 相変わらず尊大な態度をとる魔王だったが、ハナコは悪い気はしなかった。


 その後、ハナコと魔王は共に邪神像の前にある高台までやってくると、片膝をついて両手を合わせ祈りを始めた。


(こういうところって何を祈ればいいんだろう。相手が邪神だから悪いことじゃないとダメなのかな? ううん、今、本当に願っていることを祈ればいいじゃない)


 祈りを済ませた二人は高台から下りて揃って歩き出す。行き先は魔王に任せてハナコはただその導きに従って歩いて行く。


「ねぇ、魔王さんは何をお祈りしたの?」

われは、魔界のさらなる発展だな。神頼みするものではないが、悪いことではないし問題なかろう」


 意外な答えに見上げた魔王の顔は顔は冗談を言っているようには見えない。今度は魔王が上からハナコの顔を見下ろしてくる。


「ハナコはどうだ? 何を願ったのだ?」

「うーん。あたしはみんなが仲良くなりますように。って」


 その答えに魔王は「ハナコらしい」と少し笑ってみせた。


 魔王が先導した場所は、アクセサリーが数多く飾られた露店だった。露店とはいえ神殿にまつわるものらしく、『邪神の加護があらんことを』と看板に書かれている。

 店主と言葉を交わした後、魔王がハナコに向かって手を差し出してきた。魔王に求められるがまま手を伸ばすと、青い宝石のついたブレスレットのようなものを渡された。


「アミュレットだ。ここのは効果があるらしいぞ」


 つい、ハナコは眉を顰めてしまった。なにせ、邪神の加護である。人間にとっては呪いになりそうな気がしてしまう。

 それに魔王が察したらしく、同じアミュレットを手に付けて見せた。


「安心しろ。これは、幸運を呼び寄せるアミュレットだ。人間に害する代物ではない」


 こちらの心配を見透かされたようで、ハナコは微笑んで少し俯いてしまう。それを気にしないかのように、魔王はニヤリと笑ってみせた。



 神殿から離れて、別の雰囲気が漂う場所にやってきた。

 そこは多くの宿屋があるのだが、今まで泊ってきたものとは雰囲気が違う。腕を組んだ男女が入っていったり、男性を誘惑する女性もいる。誘惑する女性の衣服はとても煽情的で、見てるだけのハナコの心拍数が上がっていく。

 ここにある宿屋は男女が『致す』ためのものだと、理解してしまい顔が熱くなる。この様子では、顔が真っ赤になっているだとだろう。


「むう……ここには何もないではないか。『むふふ横丁』に何か楽しい施設はあったかな?」

「ねぇ、このデートコースって、誰が組んだの?」

「ああ、ロザリーだ。自分にまかせて欲しいと言ってな。だが、いまいちよく解らんな」


 魔王はどういう意味があるのか、解らずに頭を悩ませている。コース作成者がロザリクシアであることで、ハナコは苦笑いをしてしまう。察することに、つまりは、そういうことなのだろう。

 ハナコはどんな顔をすればいいのかわからずに、視線をグルグルと回してしまう。それに気付いたのか、魔王から声をかけられた。


「娼館か……やはり、女性としては嫌悪感があるか」

「うん。魔王さんも利用したりするの?」

「いや、そういうので、家庭にトラブルがあったのでな、そんな気分にはなれん。だがな、こういうところは男性にとっても、女性にとっても必要なのだ。人の生き様は多角的で、一方からだけでは見えんこともある」

「……」


 十六歳のハナコにはまだわからない。どう考えても、いけないことだし、不潔だと思ってしまう。清濁せいだく併せ吞むにはまだまだ若いのだろう。


「ま、魔王さん、ちょっと耳貸して」


 魔王はハナコの意図が分からずに、渋々といった様子で屈んでハナコの顔の前で耳を向けた。

 目の前にある魔王の横顔に顔を近づけて、ついに唇がその頬に触れた。


「――!!」


 バッと魔王はハナコと距離を取る。その顔は紅潮しており、視線も定まっておらず、明らかに挙動不審である。先程、大胆な行動を起こしたハナコも同様で魔王を真っ直ぐに見ることができない。おそらく、ハナコの顔も真っ赤に染まっていることだろう。

 ハナコ自身、何故このような行為に及んでしまったのか、判らなかった。ただ、その場の雰囲気にてられたようだった。


「は、ハナコよ。こっちにこい」


 魔王に手を握られたハナコは、なすがままに引っ張られていく。その先は、宿屋の合間にある細道だった。少し怖かったが、ハナコは覚悟を決めてその後に続いた。



「んー、おいしー!」


 ハナコは感嘆の声をあげる。こんな場所に屋台があるとは思わなかった。 しかも、異世界こっちに来てから、初めてのラーメンだった。

 おそらく魔王の照れ隠しで連れてこられたのだろう。その結果、ラーメンに出会えたのだから、あんな行為に及んでしまったのも悪くはなかったはずだ。


「やっぱり、ラーメンは最高だよ!」

「いや、これはヌードルなんだがな」


 二人が食べているのは、カップにスープと食べやすくしたパスタが入った簡易的なスープスパゲッティである。フォークでパスタをすするのが、このヌードルの食べ方なのだ。決して、ラーメンではない。


「ハナコよ。われにはよく解らんかったが、デートは楽しかったか?」

「ん?」


 ヌードルをすすっていて、よく聞いていなかったハナコであったが、何となく雰囲気で察することができた。


「うん。いつもと違って、とっても楽しかった。今度はみんなと一緒に来たいな。もっと楽しくなると思う」


 パスタが入ったままの口でハナコは言う。


「いや……全員は無理だな。色々な意味で。だが、確かに楽しそうだ」


 ハナコは魔界らしからぬラーメンっぽい食べ物が食べられて満足だった。剣を持って戦うよりは、こっちの方がずっと楽しいと思いながら最後のパスタをすすった。

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