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第25戦・敗北の代償

前回のあらすじ

勇者から地上土産を頂きました。

 恋人の聖地『ラスト』

 魔界で最も娯楽施設が多い街で、恋人はもちろん家族も多く訪れる。休日ともなれば人でごった返すほどの人気のある街である。


 そんな街で魔王は頭上の看板を見上げていた。『ラスト魔界動物園』と大きく描かれた看板は門の役割も担っており、その下を賑やかな家族、恋人が通過していく。門の奥からは独特な獣臭をのせた風が魔王の黒く長い髪を揺らす。


われは何をしておるのだ?」


 ひとり佇んで自問している。そんな、魔王の服装はいつもの黒づくめではなく、青い色のデニム生地のズボンに灰色のパーカーという珍妙な格好をしている。その姿は頭に生えたツノとは致命的なまでに噛み合わない。

 何故、こんな場所でこんな格好をしているのかというと――


「あははは。まおーさーん」


 薄手の白いワンピースを着た女性が手を振りながら、魔王へと駆け寄ってくる。そんな彼女を見つけた魔王は深く息を吐いた。


「遅いぞ、ハナコ」


 ぶっきらぼうに言う魔王の下に勇者ハナコが到着する。彼女は魔王とは違い満面の笑みを浮かべていた。

 そう、魔王はハナコとデートすることになっていたのだ。




 デートの数日前、魔王とその側近は『ラスト』にあるカフェテラス「甘い接吻」へ勇者一行に呼び出されていた。魔王一行と勇者一行の計九人が一つのテーブルに集結していた。

 一体何の用があるのかと、魔王は先ほど注文した「トレントミルクティー」を口に運ぶ。大きなストローでトレントの木から取れたでんぷんを丸めたモノを吸い上げた。


「それで、何の用でしょうか? 魔王様を呼び出すなど、本来は有り得ぬことですが」


 早速、大臣が勇者一行を威圧する。前科のある大臣にこの場にいる全員が、ヒッと声を上げる。その様が気に入るはずもなく、さらに大臣の顔が不機嫌に歪む。


「それは前回のゲームの罰ゲームを受けてもらうからよ」


 少し気圧されつつもナディスが答えた。その返答に魔王は不快そうに眉を顰めた。


「待て、その件はわれが地上軍を死者なしで追い返したことで、終わっておるだろう」

「しかしじゃ、儂らはそんな”命令”をしてはおらぬぞ。お主が勝手にやったことじゃ」


 いつも無関心な様子のアンネが珍しく、魔王に言い返してきた。

 魔王は地上軍が侵攻してきた時のことを思い出す……と、確かに”命令”はしてない。だが、ゲームの勝者に敬意を払ってやったことである。それ以上を乞われることに魔王は少々不躾なのではないかと不快を露わにした。

 それでも、ルールはルール。こちらから仕掛けたゲームで屁理屈を言えるはずもない。


「……仕方ないな。では勝者は敗者に命令するがよい」

「じゃ、ハナコ、魔王に命令しなよ」


 魔王は忘れていた、自分が最下位だったことを。今さっき吐いた唾を呑む訳にはいかない。魔王は手に持っていたミルクティーをテーブルに置いて受け入れる姿勢を作る。


「じゃーね、デートしよ。魔王さん」


 勇者の発言に、テーブルを囲む全員が凍りついた。

 どうやら、勇者側にもこの命令は予想がいだったようである。



 命令に逆らってはいけない魔王は、こうして勇者とデートすることになったのだった。

 ハナコは満面の笑みで近づくと、魔王の目の前でくるりと身体を回転させた。着ている白いワンピースの裾がふわりと浮いた。


「へへへ……どう? 可愛いでしょ?」


 薄い白地のワンピースにはふんだんにレースが編み込まれており、可愛いデザインでありながら白の清純なイメージを同時に持ち合わせる。髪が短く少年寄りの彼女の溌剌はつらつさが相まって純朴な少女らしさを引き立てている。


 このワンピースはハナコの願いのひとつで、現代風の衣装を身に纏ってデートしたいとのことだった。そのために、魔王も似つかわしくない服を着せられていた。

 地上界にも魔界にもないその衣装は町娘の布の服より艶やかで、貴族のドレスよりおとなしい。

 この世界のどこを探してもありはしないその服を着たハナコに魔王は目を奪われた。


「ああ。素晴らしいな」


 魔王の視線はおっぱいに釘づけだった。

 いつも冒険用の厚手の生地の服しか着ていなかった為に、身体のラインがまったく表に出ていなかった。


 しかし、薄手のワンピースはその肢体をあますことなく見せつけていた。とても十六歳の少女とは思えぬおっぱいが、たゆたゆと弾み揺れるのである。この世の男性なら視線を外すことなど出来ようもない。


「えへへ……あんまり見つめられると恥ずかしいよ」


 勇者の肌に朱が差した。

 それを誤魔化すように魔王の腕を取ると、動物園へと引っ張っていく。


 動物園の文字の主張が大きすぎる看板の下をくぐって、園内へと入っていった。


「うわー……ひろーい!」


 ハナコは掴んでいた魔王の手を放すと、園内を駆け足でぐるぐると回り始めた。

 そう、この『ラスト魔界動物園』は魔界で最も広く、飼育数も魔界一である。歩いて観て回るだけでも半日以上は余裕でかかってしまう。ハナコがはしゃいでいても、他の来園者とぶつかることもない程に通路も広いのだ。


「そんなに慌てるな。転んでも知らんぞ」

「えー、大丈夫だよ、この程度なら――ッ」


 魔王に気を取られていると、ハナコはつまずいてしまう。前のめりに倒れそうになるハナコを魔王が抱きとめた。それは、ハナコが魔王の胸に飛び込んだかのように見える。


「ほら、言わんこっちゃない」

「ん……ありがと」


 体勢を直したハナコはそのまま魔王にくっついたままでいた。それを気にするでもなく、魔王は園内へと進んでいく。


 少し時間がかかったが、ようやく動物を囲う檻にまで辿り着く。そこには、大きな翼を広げるライオンのような動物が駆け回っていた。


「すごーい――って、これ、魔物じゃん! あたし倒したことあるよ!?」


 檻の中にいたのは、鷲の上半身と翼、ライオンの下半身を持つグリフォンだった。正確に言えば、白いたてがみを持った「キンググリフォン」で、魔界でもここ魔界動物園でしか飼育をしていないという、とても珍しい魔物である。


「まぁ、魔界の動物園だから、当然、魔物を展示しているぞ? しかし、このキンググリフォンまで狩っていたのか……こいつ、かなり強んだが」

「えへへ、あたしの剣とナディスの矢があれば楽勝だよ」


 勇者はともかく、エルフの射手も地上の駐屯所を壊滅させたメンバーの一人。それなりの実力を持ち合わせているようだった。


「ねぇ、ここにはあたしが倒したこともないような珍しい魔物もいるの?」

「ああ、いるぞ。確か、突然変異で鋼鉄化した上に群れからはぐれて液状化してしまった単細胞生物がいる。こいつは非常に珍しくてな、捕まえるのに難儀したと聞いたことがある」

「え? なにそれ? 倒してもいい? 何だかいい経験になりそう!」

「ダメに決まっているだろうが。まぁ、倒せば貴重な体験になるだろうが、絶対にやめろよ」


 口を尖らせてぶーぶーと言って不満を漏らす勇者を宥めながら、動物園を巡っていく。最初こそ倒したことがあると、文句を言っていたハナコだったが、そのうちにそんなことを忘れて、純粋に楽しみだした。


 そんな中、ハナコがふと足を止めた。そこには、現代のサイよりも五倍ほどの巨体を持つ「サイゴンヌ」がいた。そのサイをハナコはじっと見つめていた。


「どうかしたのか? ハナコよ」

「……昔のことを思い出してた」


 ハナコの横顔を見た魔王は、その視線が「サイゴンヌ」に向いているわけではないことを覚った。彼女が見つめるのは、そこには有り得ないはずの異世界にほんの動物園だった。


「動物園。昔はよくみんなと行ったんだよ。そこでさ、何もかも忘れて、動物たちに没頭して、どうでもいいお喋りで盛り上がって……」

「……」


 ぽつりぽつりと、つぶやくようにハナコは言う。

 まだ彼女は高校生で、友達と一緒に遊んでいる時期である。それが、今は戦いに明け暮れている。世界の平和のために過酷な状況に身を置いている。だから、ふと昔を思い出してしまったのだろう。楽しかったあの時を。


「……元の世界に帰りたいか?」

「ううん。あたしは魔王さんを倒さないといけないから」


 魔王が勇者の肩にそっと手を置くと、ハナコは黒曜石のような黒い双眸で見つめてきた。そこには強い意思を感じるとともに、寂しさも感じ取れた。


「ね、魔王さん。お腹が空いたから何か食べに行こうよ」

「もうそんな時間か。ならば、とっておきの店を紹介してやろう。ここで最も人気の店だ」

「楽しみ」


 二人は連れ立って動物園内の施設に入っていった。


「ここだ。結構美味いらしいぞ」


 魔王が薦める店の前には看板が立てかけられていた。


『園内でご覧になった魔物をご注文下されば、調理してご提供いたします。見て楽しい、食べて美味しい、是非あなたの思い出に』


 それを見た勇者は硬直した。


「え、えーと、もっと普通のがいいかなー、なんて」

「そうか、残念だ」


 流石の勇者も先ほどまで見て楽しんでいた魔物は食べたくないらしい。

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