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第23戦・ラブ・アンド・ピース

あらすじ

竜人をボコボコにのして王座防衛。

 温泉の街『グリード』と恋人の聖地『ラスト』そのちょうど中間点にある寂れた喫茶店『名もなき喫茶店』

 古ぼけた建物ではあるものの、異国情緒のある『グリード』とは違い、テーブルにソファという魔界では一般的な喫茶店である。天井にはランプが灯っているが、明かりとしては弱く店内は薄暗い。店内にあるテーブルを挟んだソファには男女の客が座っていた。

 店内にはその男女の他にも客がいるらしく、何やら話し声が聞こえてくる。それでもあまり気になる程の大声ではない。


「実況、お疲れ様でした。まぁ、ゲームは無茶苦茶になってしまったが」


 ランプの弱々しい光を禿げ上がった頭で反射させている男は、勇者一行の一人、ジューディア・セグランサである。テーブルとソファの間が狭いのか、熊のような巨体を小さく縮こまらせている。


「あーあ……上手くいかなかったなぁ……。やっぱり、下心があるのがバレてたんだ……」


 対面に座って肘をついて、疲れた表情の顔を支えている少女は魔王の愛娘、四天王が絶戦ロザリクシアである。その小さな口からため息が漏れる。

 先日開催された『幸せラブラブちゅっちゅ大家族計画ゲーム大作戦』が失敗のうちに終了したことを、主催者である二人は振り返っていた。


 開催したゲームはただのスゴロクにお金稼ぎと特有のイベントを付けただけの、人生をシミュレートする楽しいものであったはずだ。ノリノリで始まったはずだが、いつの間にか皆から笑顔が消え、最終的には実刑を言い渡す直前の裁判所のような重く沈んだものになっていた。


「ねぇ、ジューディア様、どうしてこんなことになっちゃったのかな?」

「いや、アレは大臣殿が九割悪いと思う。何が気に入らなかったか知らないが、私怨丸出しだったからな」


 悲観に暮れるロザリクシアに対して、ジューディアは慰めというよりは事実を口にしていた。

 あのゲームが終了したときは、大臣が何かいい感じの雰囲気がする言葉で締めくくっていたが、アレはまぎれもなく言いがかりだった。しかも、軍隊が攻め入ってきたこともあり、うやむやにされて尻切れトンボで終わってしまった。


「やっぱり……魔族と人間が仲良くするのは、無理だったのかな?」


 ロザリクシアの口から再び溜息が漏れる。いつも笑顔で元気な彼女が暗い顔をしているのは、ジューディアにとってとても心苦しいものであった。可愛い女の子が悲しがっている姿は、老若男女誰もが明るくしてあげたいと思うものだ。それは、ゴリラのようなジューディアも同じである。


「いや、無理なんてことは無いと思う。神の奇跡なんかよりも、ずっと可能性がある」


 ジューディアはとても僧侶が言うべきではない言葉を口にした。彼は僧侶というより神官に近い。王国にいた頃は役職があり、神官に従事していた。勇者と共に魔王討伐に向かう際に、神官職を返上している。


 彼はより神に近い職にありながら、その実、まったく神を信じてはいない。まだ若い頃、見聞を広げるために王国中を巡回していた。

 王都から離れた土地では、飢えに苦しむ村もあった。魔物に怯える村もあった。人と人とがいさかい合う街もあった。それを見て彼が知ったことは、神にいくら祈りを捧げても、神は何もしてくれない、ということだ。


 神が本物だと言うのなら、王都にある大きな神殿だけが富み、他の教会が貧しいなど赦すことはないはずである。結局、神とは人間にとっての集金装置でしかない、というのがジューディアが行き着いた結論だった。


「ううー……もっと現実的な例えで慰めてよ」


 ロザリクシアの言い得て妙に、これはジューディアも苦笑い。なんだかんだでロザリクシアに余裕があるようで少し安心した。


「いや、もう俺たちが充分仲良くやっているじゃないか」

「でも、こんなのわたしのわがままだし、ジューディア様もそれに付き合ってるだけでしょ?」


 口を尖らせていじけてしまうロザリクシア。それを見てジューディアはつるつるの頭を撫でる。自分の想いをどう伝えればいいのか困っていた。もともとジューディアは女性と接する機会がなかった。神殿は基本男性ばかり、修道女と接点があったくらいである。

 ジューディアは眉を寄せて悩みながら言葉を選ぶ。


「ええと……ロザリクシアさんの提案ではあったが、俺もそれを受け入れたんだ。人間と魔族が致命的に相容れないというのなら、俺はロザリクシアさんと一緒にいられないはずだ」


 照れて顔を赤くする様は、まるでゴリラらしくない。少し気持ちが悪いくらいだ。

 ジューディアは自分がこんなセリフを言う機会があるとは思っていなかった。王国で神官をしていた時は魔族は神に背く敵としか認識がなかった。


「そうかもしれないけど……わたし、迷惑かけてばっかりだし」


 ジューディアは丸くつるつるな頭を掻きむしった。自分の想いが相手に伝わらないのがもどかしい。自分がもっと気の利いた言葉を口にすることができたなら、と苦悩する。


 実はこの二人がお互いに惚れたように口裏を合わせることを提案したのはロザリクシアだった。

 作戦『勇者一行の赤裸々な日々』で、ロザリクシアは調査対象になったジューディアにお願いをしたのだ。『自分は人間と仲良くしたい。それに協力して欲しい』と。その一環として人間と魔族で想い合う関係を作ったのだ。


 ロザリクシアはジューディアを、ジューディアはロザリクシアを。それぞれ仲間の前でそのことを仄めかして、お互いの意識を変えようとしたのだ。その結果は考えていたより芳しくなかったが、このような背景があった。

 つまり、ロザリクシアとジューディアは偽りの想い人という関係なのだ。実際には惚れた腫れたということは一切ない。ただ、お互いがふりをしていたというだけのことである。


「め、迷惑をかけられるのは、男の甲斐性。このぐらい、むしろ勲章だ」


 赤くなった坊主頭をさらに赤くしてジューディアは恥ずかしい台詞を口にする。内心、臭くわざとらしい口説き文句みたいなことを口にしてしまって後悔している。もっと、いい台詞を言いたかったと。


「ジューディア様?」

「その、だな……もし、ロザリクシアさんがよければだが、俺と本気でお付き合いしてはくれないだろうか」


 大胆なジューディアからの申し出に、ロザリクシアはしばし、ぽかんと、呆然としてしまう。

 その言葉の意味を頭の中でじっくりと吟味して、ロザリクシアは自分に対して何を言われたのかを理解しようとした。


 そして、今まで俯き気味だった顔をバッと上げてジューディアを正面から見つめた。ぼっと、火が付くような音が聞こえるくらい顔を真っ赤にして口をぱくぱくと動かした。


「俺みたいなゴリラから告白されても困るだけだろうが……か、回答は今すぐじゃなくていいんだ。その、君の決心がついたら、応えて欲しい」


 真摯な眼差しを真っ向から受けたロザリクシアは、せわしなく視線を泳がせて明らかに動揺している。まさか、自分がそんな風に見られているなどと、思ってもみなかった。自分から言い出したことなのに、人間と親しい関係になるということを、まったく想像していなかった。

 ロザリクシアの考えは、あくまで『魔族と人間』であり、個人の関係についてはまったくの想定外であった。

 慌てふためくロザリクシアにジューディアはさらに言葉を続ける。


「あ、あの、今さらだが、ゲームで使った手作り人形を俺にくれないか? 実はずっと欲しかったんだ」


 ジューディアは髪のない頭を両手で押さえつけて内心『なにいってんだー』と叫びながら悶絶する。なぜ、このタイミングで、どうしてこんなことを口走ったのか。これではまるで、子供を欲しているかのようではないか。


「あ、あげる……大切にしてよね」


 ロザリクシアが震える手でおずおずと人形を差し出してくる。ジューディアも震える手で人形を掴む。その二人の手がそっと触れ合った。ふと、両者が顔を上げると目と目が合った。


「お待たせしました。ご注文のブレンドコーヒーとホットティーになります」


 突如現れた店員に気付き、両者は飛び跳ねるかのように距離を取った。それぞれの注文をテーブルの上に置くと、店員はさっさと帰っていった。

 ジューディアは受け取った人形を傍らに置いて、コーヒーを口に含んだ。それは今までで最も甘い味がした。

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