第22戦・まとめてかかってこい!
一ヵ月程度の休載を頂きました。
更新を再開しましたので、またよろしくお願いいたします。
あらすじ
地上軍の侵攻への対処で、反人間側が活気づいた。
地上軍の侵略を許したことを教訓に、ゲートの警備を強化した魔王軍。魔王は警備の責任者として、四天王が禁戦ケラヴスを任命した。
部下として信頼のおけるケラヴスを擁立した魔王だが、一つ懸念していることがあった。そのことがあって魔王はゲート付近にある魔王軍駐屯所にやってきたのだ。
食の都『グラトニー』の近辺に設立されている駐屯所の砦は、さほど大きな建物ではない。強固な岩造りではあるが、あくまでゲートを監視するのを目的としており、先に来た大軍と戦うことは想定されていない。
それでも監視するには充分な機能を有している。主に食事が充実しており、兵士たちのモチベーションは他の駐屯所に比べて高い水準を保っている。
砦の中に入ると花の香りがふんわりと漂ってくる。男くさい場所だと決めつけていた魔王は、意外な事にいささか驚いていた。よく見れば艶やかな生け花があり、見る者の心を豊かにしてくれる。
「ままま、魔王様! ど、どのようなご用件でッ!」
魔王の姿を認めた兵士のひとりが、背筋を限界まで伸ばして震える手で敬礼してきた。もしかしたら、先日の四天王の働きを目撃していた兵士かもしれない。
「用ということでもないが……ケラヴスはいるか?」
「は、ハッ! ぶ、部隊長ならゲートにいらっしゃいます」
裏返りそうな声を上げる兵士は硬直していた。そんなことはどうでもいい感じで、魔王は眉を顰めた。ここは詰所であって責任者であるケラヴスがいないのはおかしい。しかも、監視対象のゲートにいることも解せないことであった。
「報告ご苦労。ちなみに、あの生け花は貴様の仕業か?」
「は、はいィッ! そ、そうであります!」
「感心した。そんな素晴らしい心構えの貴様には飴ちゃんをやろう」
緊張で絶命しそうな兵士の手を取り、飴を一つ握らせた。兵士は陸に打ち上げられた魚のような過呼吸で、いつ死んでもおかしくない有様だ。握った飴を家宝にでもしそうな勢いである。
駐屯所を後にした魔王は飛んでゲートへとやってくると、ゲートのその前に立ちつくすケラヴスを見つけることができた。その様は魔王の想像するところと同じであった。
微動だにしないケラヴスはただ独りで立ちつくしていた。たった一人で任務を全うするその姿に魔王は頭を痛めた。
魔王の予想が最悪の形で実現してしまっていたことに、溜息まじりの息を吐いて、彼の正面に下り立った。
「ケラヴスよ。務めご苦労である」
「ハッ、魔王様もご苦労様です」
ゲートの警備役としていつもと異なる軍服を着たケラヴスは、襟を正して模範的軍人といった様相である。実際、ケラヴスは過去に軍人として任務に就いていたこともある。名実ともにベテラン軍人であった。
「時にケラヴス、お前独りか? 他に警備の者とかおらんのか?」
「ええ。必要ありませぬからな」
即答されたことに、魔王はさらに頭を痛めた。彼を四天王にスカウトしたときと何も変わっていない。大きな役職に就くことで少しでも変化があればいいと考えていたのだが、それは思惑通りにいかなかったようだ。
「あー、あー、ケラヴスよ。砦には多くの部下がいたであろう? 自主的に生け花をしたりと、結構優秀ではないか。警備に使ってやったらどうだ?」
「ええ。なかなか有能な部下です。ですから、安心して砦を任せられますな」
魔王はもどかしさで身体をうねらせた。違う、そうじゃない。もっと直接的に言いたいのだが、ケラヴスの心情を考えると強くは言えない。ここまで遠回しに言っていては、彼にまったく響いていない。ここはもう少し直接的に言うべきだろう。
「その有能な部下だ。共に警備をしてみてはどうだろうか。四天王であるお前をここに釘づけするわけにもいかんし、負担も減らせていいことずくめではないか」
「そうですな。考えておきます」
これは絶対にダメだ。と、魔王は直感した。『考えておきます』ほど、頼りない返答はない。完全に否定するわけでもないが、絶対に肯定しないという強い意思を感じるのである。
「ハハハ……。そうか。まぁ、考えておいてくれ」
魔王は力なく手を振ると空に向かって浮き始めた。これは何か手を打たなければいけないと考えながら、風に吹かれるようにゲートから去っていった。
ゲートでのケラヴスのやり取りに疲れた魔王は、空を漂いながら魔界を見下ろす。今日もどんよりとした曇天で実に魔界日和だ。爽やかに晴れた空なぞ気持ちよすぎて魔界には相応しくない。
何をするともなしに風に身をまかせていると、街から外れた場所にある『竜人の里』へとやってきたことに気付く。木造の家屋が並ぶ田舎と呼ぶに相応な里であり、特に名産などはない。しかし、竜人は他の種族より戦闘能力がはるかに高い。それを利用し傭兵の里として営んできた。
傭兵として里を出たとしても、帰巣本能が強い竜人は、仕事を終えると自然と里に戻ってくるという。それは、アングリフも同様で、仕事がなく暇なときは里に帰ってくることがあるらしい。
そんなことをぼんやりと考えていると、本当にアングリフを発見してしまった。小さな木造の家屋の前でごそごそと何かをしている。彼の性格を考えると悪さはできないのだろうが、何か気になって魔王は家屋の近くに下りることにした。
「アングリフよ。何をしておる?」
アングリフの背後越しに小さな家屋を見ると、何やら張り紙があるようだった。
よく見れば『ザコ』『負け犬』『竜人の面汚し』『敗者は去れ』『死ね』など、見るに堪えない戯れ言が書かれている。この悪意ある張り紙に魔王は胸糞の悪さを覚えた。
「魔王様。この貼りつけられた紙を破り捨てているところです。何か用事があるのですか?」
「いや、そんなことより、これは一体なんだ? ずいぶんと勝手が書かれているようだが?」
振り返ったアングリフに張り紙のことを問う。彼がこんな仕打ちを受ける理由が分からない。それとも、ここは別人の家なのだろうかと魔王は頭を働かせた。
「ああ、これですか。魔王様も知っていると思いますが、竜人は強さを最も尊んでいるのです。ですから、四天王であるオレが勇者に負けたザコだと思われたようですね。まったく、困ったことです」
少し困ったような顔でアングリフがそう言った。
確かにアングリフは勇者に負けた(参照:第6戦)が、あの勇者の強さは反則だったと魔王は知っている。強さに固執する竜人だから、アングリフが負けたという事実だけを晒上げているようだ。
「まったくくだらん! 竜人はこんな陰険なことをするのか」
「いえ、これはオレがあまり家に帰らないから貼っているだけで、面と向かえば直接言ってきますよ」
「それはそれで酷いな! 裏表がないにも程がある! お前も反論した方がいい」
「まあ、負けたことは事実ですし」
竜人も相当酷いが、負けを受け入れているアングリフにも責任がありそうだ。岩のような巨体に似合わず真面目なところがあり、何々だから仕方ないと考えている節がある。すべての非は自分にあると考えてしまっているのだ。
「アングリフよ胸を張れ。お前は間違いなく最強の竜人だ。こんな幼稚なことしかできん他の奴らがクソ雑魚なのだ」
魔王はアングリフの少し下がった肩をポンと叩いた。それから、息を大きく吸い込むと、大声で叫び出した。
「おらぁッ! 聞いているか、クソ竜人共がッ! 貴様らが自分を強いと思うのなら正々堂々かかってこい! 我が王座をかけて勝負をしてやろうッ!」
魔王の言葉は小さな竜人の里に響き渡った。その声を聞いたのか家屋から竜人がぞろぞろと顔を出してくる。その様子は怯むどころかやる気充分といった感じに見える。
「ま、魔王様……そんなことを言うと、我々竜人は本気にしてしまいますよ?」
「なに、ただの悪口しか言えん臆病者だ。我に戦いを挑む者などいるわけがないだろうが」
魔王は胸を張り、腕を組んで堂々とした様子で笑ってみせた。
「おい、王座だってよ」
「魔王を倒すだけでいいのか! 楽勝だぜ」
「何だよ、チャンスじゃねーか」
表に出てきた竜人達は魔王に注視しながらやる気を見せている。片手に斧や剣、槌に鉈を持ってこちらににじり寄ってくる。
「行くぞッ! 王座はオレのモノだーッ!」
誰かの声が口火となって竜人達が魔王に殺到してくる。その勢いは凄まじく魔王も少し気圧されてしまう。
「マジか!! マジで襲ってきやがった! よーし、やってやろうじゃねーか。行くぞ、アングリフ! 現魔王と四天王の力を見せつけるぞ!」
「はい、魔王様!」
ヤケクソ気味な勢いで魔王は突撃してくる竜人の群れの前に躍り出た。それを見たアングリフは少し驚いたが、すぐに頷いて後に続いた。
「うおおおー! なんぼのもんじゃーい!」
結果、魔王とアングリフは竜人の里にいる全員を叩きのめし、王座を防衛した。
その後、アングリフを嘲るようなことはなくなったと、魔王は風の噂で聞いたのだった。




