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第21戦・反省会 その2

あらすじ

ゲーム対決の勝敗が決したところで、地上の軍勢が魔界に侵攻してきた。

その人間の軍隊は、三人の四天王に完膚なきまでに叩きのめされたのだった。

 日が沈んでも分厚い雷雲に覆われた魔王城は薄暗いままだった。

 ステンドグラスから日の差さない暗い玉座の間には、疲れきって玉座に身体を預ける魔王と、その隣に控える大臣の二人がいた。


「なぁ、大臣よ。われが『グリード』に戻ったら、誰もいなかったんだがどうしてだ?」

「魔王様のお帰りが遅かったので、こちらで表彰式を終え無事ゲームは終了しました」

「そうか……」


 ゲームが既に終わっていて寂しい思いをしたことを魔王は黙っていた。自分も表彰式に参加したかったと思うのと同時に、最下位として辱められることもなったことにほっとする気持ちもあった。


「それより、よく人間の軍隊を半日で撤退させられましたね」

「ああ。なんか時間がかかりそうだったからな、後半はアングリフに人間をゲートに投げ入れさせて退散願ったのだ」


 思い返してみると、地上軍の半分を潰させたがもっと少なくてもよかった。徒に戦力を削りすぎて撤退に要する時間がかかりすぎた。四天王の三人を差し向けただけで相手の戦意は喪失していた。四分の一程度でよかったかもしれない。


「この件、本当にこれでよかったのですか? 軍を差し向けて徹底的に叩き潰したほうが、後々に良い結果になると思われますが」

「その理由は?」


「反人間側の魔族です。勇者への対処にフラストレーションがつのっているところに、人間の軍を強制退去。今は中立を保っている勢力も反人間側に傾くことも考えられます。それが、魔王様への謀反につながる可能性もあるかと」


 大臣の言葉に魔王は頷いた。

 魔族の魔王への不満が溜まっているのは、以前のプライド刺殺事件ではっきりとしている。大臣の言うことは的を得ているし、反論しようもなく正論だ。


 それでも、魔王は地上軍と真っ向からの戦争を避けることを選択した。あの場はゲームで勇者に負けたから、という理由を付けた。しかし、勇者から願い出たことではない。


「ふん。もし反抗する奴がいたなら、われが叩きのめして従わせてやる。それで文句はあるまい」


 魔王はフンと、首を振る。

 どんな相手が歯向かってきても魔王は負けない自信がある。ハナコとアンネに対しては少々不安が残るが、他の魔族を相手にした方がよっぽどいい。


「魔王様、勇者たちに情が湧きましたか?」


 魔王は口を閉ざした。すぐに、答えることができなかったからだ。

 勇者が魔界にやってきた時は、とにかく倒してやる、と意気込んでいたのだが、何度も作戦を失敗する内に相手がただの『侵略者』ではないことが分かってきた。

 魔王を殺すという目的はあるものの、手当たり次第に魔族に襲いかかるようなことはしない。むしろ、友好的とさえ感じるところがあった。


「その通りだ。すべての人間が善人であるとは思わないが、少なくともハナコらは悪人ではない。いつも言っているが、ただ戦うだけが解決策ではない」


 平静を保っていた大臣だったが、魔王の言葉に紫の瞳を閉ざした。


「魔王様がそう仰るのであれば、私は従います」


 大臣の言葉に含みがあると感じた魔王だが、追及することはしなかった。


「ですが……」

「ああ、解っている。ゲートの見張りを強化しよう。人間に対する警戒は必要だ」


 これ以上、魔族と人間の関係が悪化するのは、魔王の望むことではない。魔王は見極めなければならないのだ、人間というものの本質を。





 グリードの宿屋「業突ごうつり」。

 その一室で勇者一行は畳の上で正座してちゃぶ台を囲んでいた。ちゃぶ台の上には山の幸、川の幸、海の幸が豪華に盛り付けられた夕食が並んでいた。

 高級宿ではないと味わえない美食であるのだが、一行の顔色はあまりよくない。折角のご馳走も、さえない顔をしていたのでは台無しだ。


 何故このようなことになっているのかは、今日あった地上軍の侵攻が原因である。

 魔王とその部下とゲームで遊んでいて、楽しい気分になっているところに水を差されてしまったのだ。


「ねぇ……やっぱり、あたしたち、利用されてたのかな?」


 沈んだ食卓でぽつりとハナコが口から漏らした。誰もが敢えて口にしなかった言葉だった。


「儂は人間のことをよくは知らんのじゃが、人間の軍はひとつの国のものではないそうじゃ」


 アンネは今回の件について甥の魔王と念話で情報のやり取りをしていた。

 これは魔王からの提案であり、アンネはただそれを受け入れていた。人間の情勢に疎いアンネには魔王が伝えんとしていたことに、いまいちピンとこなかったのだが、ハナコの落ち込んだ様子を見てその理由がようやく理解できた、


「それはつまり、地上の国々が手を取り合って俺たちの手助けに来たとも考えられないか?」


 ジューディアの考えは、打倒魔王を掲げて地上は一丸となり勇者の援軍にきたのではないか、というものだ。

 勇者たちの世界を巡る冒険が国家間を繋げてきた。だから、各国が手を取り合って勇者を助けにきたという可能性を示唆していた。


「そんな都合よく手助けが来るものかしら? エルフの私は人間に偏見を持っているからだけど、それは楽観的だと思えるわ。何の利益もなく人が手を取り合えるかしら?」


 ナディスの考えの根底には人間は下心で動いているというものがある。

 今回の侵攻に複数の国家が混じっていたのも、魔界を手に入れた後に自国を有利に進めるという裏があるのではないか。

 結局は、自らの利のために動いているだけに見えているのだ。


 軍隊は、応援に来た、か、利用しに来た、かで意見は二つに分かれた。

 今までは魔王討伐を掲げてひとつになっていたが、どちらとも取れる今回の出来事に勇者一行は大きく揺れていた。


「今回の侵攻じゃがの。国の意向はこの際無視してみてはどうじゃ? どちらにしろ、魔王を討伐するという目的は一致しておる。儂らは今まで通りにするだけじゃろ?」


 とても、外見年齢が一二歳の童女が言うような台詞ではないが、その意見はもっともだった。それに納得したのかナディスもジューディアも頷いた。

 しかし、リーダーでかつ勇者であるハナコはかぶりを振った。


「あたしは魔王さんを討伐したくない。話が通じない魔物じゃないし、悪いことをするような人じゃない」

「いや、魔王はいきなり襲いかかってきたし、毒殺もしようとした極悪人なんだけどね」


 ハナコの認識のズレにナディスが口を挟んだ。

 だが、ナディスもハナコの言うことを理解できない訳ではない。魔王と会うたびに、その人柄が知れてきて、根っからの悪人とは言い難くなってきた。

 平和な魔界の様子を見れば、ただの暴君ではないことが分かる。


「俺はハナコの意見を支持したくなった。魔王を倒すということは、ロザリクシアさんのお父さんを手にかけるという訳だしな。そんなことはできれば避けたい」


 ジューディアはロザリクシアとの話を思い出した。魔族と人間が仲良くできないか、という想いは、魔王を殺しては実現できない。むしろ手を取るべきなのだ。


「ふむ。どうやら、意見は一致したようじゃの」


 アンネが今回の話を纏めた。

 魔王と仲良くしたいハナコに、ロザリクシアという想い人がいるジューディア、魔王を嫌いになり切れないナディス、元魔族にして魔王の伯母であるアンネ。

 アンネはこの意見に落ち着くと、最初から考えていたのかもしれない。


「じゃあ、ごはん食べよ! 何だかお腹が減ってきちゃった」


 晴れやかになったハナコはお刺身に箸をつける。そして、大きな口を開けて食べ始める。その様を見ていた一同も食事を始めた。


「もう、ハナコもそんなにがっつかないの」

「ナディスも早く食べなよ、本当に美味しいから」


 迷いの消えた勇者一行は料亭料理に舌鼓を打ちながら、賑やかに騒いでいた。

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