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第20戦・地上軍との戦い

あらすじ

ゲームの結果発表は、優勝が勇者、最下位が魔王であった。

ゲームは終わったかに思えたが、地上軍が魔界に侵攻してきたのだ。

 勇者とのゲーム勝負『幸せラブラブちゅっちゅ大家族計画ゲーム大作戦』が終わりを迎える直前にやってきた一人の魔王軍兵士。彼が告げた言葉によって穏やかな場は一転、騒然に包まれた。


「人間の軍隊がこの魔界に攻め入ってきました!」


 長らく平穏に保たれていた魔界は、争いとは無縁であった。たまに発生するテロも魔王軍が速やかに対処し無事解決しており、大規模な戦闘は起こっていない。そんな中に突如、明確な『敵』が現れたのだ。


「そうか……」


 兵士の深刻な様相とは違い、魔王は実に落ち着き払ってまるで動じていなかった。


「ちょっと、どういうこと? 魔王は私たちが倒すんでしょ? どうして、軍がここに来るの?」


 動揺していたのは、勇者側の方だった。

 彼女たちからしたら、存在意義を問われるような事態である。魔王討伐を目標に今まで旅をして、魔界くんだりまで来たのだ。


 しかし、今さら軍隊が魔界制圧をするためにやってきた。魔王など関係ない、武力を以て魔界を統べようというのだ。


 ナディスは目を細めて、最も事情を知っているであろうジューディアに視線を向けてきた。勇者パーティーの中で、唯一王国から派遣された人物だからである。


「すまない。こんなことは俺にも知らされていない」


 僧侶はかぶりを振って否定した。

 ナディスは視線を移動させる。

 ハナコは辛そうな表情で俯いている。アンネはわれ関せずといった風でそっぽを向いている。


「成る程、貴様らは何も知らされていないのか。ていよく利用されたな」


 狼狽する勇者一行を魔王は冷めた目で一瞥する。

 勇者たちが魔界に来てから軍隊が攻め入ってくるまでの時間があまりにも短い。地上界の連中にとっては、駐屯する魔王軍さえ潰してくれればよかったのだろう。それを、勇者たちは知らない。


「フン! 本来なら侵入してきた敵は皆殺しにするのだが、今はゲームに負けたばかりだ。勝者である勇者の顔を立て、ここは奴らにお帰りいただくことにしよう」


 そう言い放つと魔王は宙に浮かび上がった。そして、勇者たちを見下ろしながら口角を上げた。


「貴様らはそこで待っているがいい。なに、悪いようにはしないさ」


 そうハナコに告げると、魔王は宙を駆けた。目的地は魔界と地上界を繋ぐ唯一の場所であるゲートである。一瞬でグリード、プライド、グラトニーを飛び越した。



 情報にあった通り、ゲートは地上軍に占拠されていた。無数にひしめく人間は、その数、三〇〇〇を超える。どの兵士も鉄の装備で身を固め、和平に来たようには見えない。

 ゲートの付近にはグラトニーの魔王軍の駐屯所がある。そこの軍隊は地上軍と対峙しており、何かきっかけがあれば戦端が開かれるであろう、一触即発の状態になっていた。


 その魔王軍と地上軍の間に魔王は降り立った。腕を組み漆黒のマントをはためかしたその姿は傲岸ごうがん不遜ふそんであった。

 その姿を見た魔族も人間もざわめき立った。


「聞け! 人間よ。貴様らを八つ裂きにすることは容易い。しかし、今回のところは見逃してやろう。寛大な心に感謝せよ」


 三〇〇〇を超える兵士を前にして、魔王はいつもと変わらない態度をとる。その言葉は人間側からみたらただの戯言たわごとにしか聞こえない。誰一人として狼狽えることはなく、むしろ戦意を高揚させるだけだった。


「四天王よ」


 魔王がその名を呼ぶと、自身の陰から三つの人影が現れた。


 巨岩を思わせるその巨体よりさらに大きな斧を持った竜人。死戦アングリフ。

 腰に刀を帯び、静かにたたずむ初老の男。禁戦ケラヴス。

 猫ミミのついた赤と白のローブを羽織り、先端にルビーを備えたロッドを手に持つ少女。絶戦ロザリクシア。


 魔王が信頼を置く魔界最強の四天王である。


「地上軍にお帰り願おう。怪我人を運んでもらわなければならんからな、半分は傷つけるなよ」


 魔王の言葉を受けて、三人の四天王が動き出した。




 彼は戦場において恐怖で身を竦ませている。

 戦場が初めてというわけではない。魔族と対抗するために設立された、地上軍の兵士のひとりである。兵士として充分な訓練を受け、鉄の装備で身を固め、魔王軍との戦闘も経験している。


 何が彼に恐怖を与えているのか、それは彼自身も分からない。大軍を率いての魔界へと攻め入り、魔族と戦うことも覚悟していた。だが、何かが違う。今までの戦闘とは何かが致命的に間違っている。


 彼を含めた地上軍はまだ接敵していないはずだ。遠くで戦端が開かれた様子もない。戦闘が始まっていないのなら、戦いようがない。だというのに、彼の遠くで爆発音が炸裂した。

 高く昇る砂煙に混じって飛来した小石が鉄の甲冑に当たって弾かれる。砂煙が上がった場所は遥かに遠く、何が起きればここまで小石が届くのか理解ができない。


 爆音に気を取られていると、背後で雷鳴を纏った稲妻が落ちた。耳をつんざく鋭い音に鉄の兜越しの耳に手を当てる。その音だけで身体がすくみ、とても戦える状態ではない。


 軍隊に起きた異変はそれだけではない。誰とも戦っていないはずの兵士が次々に倒れていく。さきほどのような音がする訳でも、激しい衝撃があるわけでもない。

 ただ立っていただけの兵士が急に倒れたのだ。それは目視できるほど近いはずだが、何が起こっているのかまるで理解が追いつかない。


 瞬間、味方の間を何かの影が動いた。普段なら全く気が付かないのだが、戦場にいるという緊張感が神経を尖らせたのだろう。


 その影が動くたびに味方が倒れる。地に伏せる仲間を見ると、手と足が有り得ない方向に曲がっている。どうしてそんな状況になったのか、冷静に考えることができない。


 鉄がカチャカチャと擦れる音が聞こえる。その音はどこから来るのか彼は理解できない。自分の甲冑が震える音を。


 ふと、目の前を影が横切る、と感じたときには視界が地面で埋まっていた。兵士は自分が倒れて地面に対面していることに一切気付けない。ただ、目の前に地面があるという事実しか受け入れられなかった。


 その後も爆発音は続き小石が降ってくる。雷鳴が轟き雷が落ちている。意識ははっきりとしている彼は何も分からないという恐怖に支配されていた。




 アングリフは斧を振るいつぶてを飛ばし、ケラヴスは一人一人関節を外し骨を折り、ロザリクシアは稲妻を召喚して感電させる。数分と経たずに勝敗は決した。三〇〇〇の兵士を綺麗に半分、行動不能にして見せた。


 呆然とする地上軍の指揮官へ向かって、魔王はわらう。その背後には戦闘を終えた四天王が控えていた。


「さっさと魔界から出ていってもらおう。もちろん、誰一人として残すなよ? もし、そうしたなら、解っているだろう?」


 魔王がささやかに放つ殺気が地上軍全員を震わせる。言葉にしなくとも解る、命が奪われるのだと。


 地上軍が撤退を始めた。しかし、たった半分しか残らなかった地上軍は戦闘不能者を連れて帰るのに長い時間を要した。

 魔王はその様子をあくびをしながら眺めていた。見ていてつまらなかったが、全員が帰るところを見送らねば失礼というものだ。

 魔界から人間が一人残らず撤退したところを確認して、グリードに取り残された勇者たちの元へと戻っていった。


 しかし、ゲーム会場は綺麗に片付けられ、勇者一行はもちろん野次馬の一人も残ってはいなかった。魔王が帰ってくるのが遅かったので、ロザリクシアとジューディアが後片付けをしたことを後に知った。

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